第30話 領主ハウンディー
ランシャルたちが森を抜けると、遠くに城壁に似た建築物が現れた。その内側に
「うちの領主様の館よりいかついな」
コンラッドの感想にランシャルもうなづく。
「ハグルド家は元々、王家の出です」
ルークスの説明に「へーっ」と驚き顔のランシャルとコンラッド。ふたりの反応に気をよくしてルークスが続ける。
「国土拡大の後期。王族という呼び方が定着した頃、辺境固めに都を離れたハグルド家は・・・・・・」
「ルークス」
話が長引きそうな気配にルークスの背に手を当ててラウルが止めに入った。
「わかった、わかった。あとでランシャル様とコンラッドに詳しく話してくれないか?」
「ああ・・・・・・すみません、つい」
苦笑いするルークスを見てダリルが笑いを噛み殺す。そんな後輩ダリルをルークスが小突いた。
館の周辺に気になるところもなく、軽い雑談を交わしながら館へと近づく。
開いたままの門をくぐると高い壁の上から笛の音が響いた。最初に長く引く音がして、短いリズムのような音が続く。
「館への来客を知らせているんですよ」
不思議そうに見上げるランシャルとコンラッドへルゥイが説明した。
「注意を引く予鈴に続いて知らせます。いまのは騎士5人、大人1人、子供2人・・・・・・といったところかな」
付け加えたのはダリルだ。
モールス信号の様な笛の音は領地ごとに違う。けれど、伝える内容は同じようなもの。
館へ近づくと、玄関先に兵士が3人立っていた。ランシャルたちが馬から下りるのを見て兵士たちは片手を剣にかける。
「私はシリウス・フォン・ブレアといいます。ハグルド様には王都でお会いしたことがあります。私のことを伝えてもらえますか?」
端に立っていた兵士が中へと入り、残った2人が横並びで仁王立ちする。攻撃的ではないが、ほどよい威圧感があった。
待つ間、ランシャルたちは所在なく庭や建物を眺めていた。
「古い文字だなぁ・・・・・・」
感慨深そうな声でそう呟いたのはルークス。その目は扉を囲むように配置されたレリーフに注がれている。
「文字?」
「ええ、あれです」
ルークスが指し示したのは扉の上部。果物や小鳥のレリーフに埋もれるように、うねる波のように施された装飾。それをルークスが読み上げた。
「守護を必要とする民ならば入れ、戦の渦中にある者は去れ」
すらすらと読むルークスにランシャルとコンラッドは感嘆の声を漏らした。
「あれを読めるなんて凄い」
「知ってる文字じゃないみたい」
「そうですね。装飾文字といって昔々に流行った書き方なんですよ」
遠い昔に造られた建物が目の前にある。どっかりと佇む建物の歳月を思うとランシャルは感慨深く思えた。
「・・・・・・きれいな文字ですね」
「そうですね」
見惚れた様子のランシャルをルークスは嬉しそうに見つめていた。
「でも、こんな難しい文字を昔の人は読めたのかな?」
いまでも文字を読みづらそうにしている人に出くわすことがある。昔の人はどうだったかとランシャルは気になったのだった。
「ハグルド家は民に率先して読み書きを教えてきたんですよ。ここハドローは識字率が高いんです」
説明するルークスの前で、誇らしげに兵士の顎は上がり胸はさらにせりだしていた。こころなしか口元がゆるんで見える。
(ここが町か居酒屋だったら・・・・・・)
ランシャルがそう考えたのと同時にコンラッドが耳打ちをした。
「ここが居酒屋だったら肩を回されて永遠に自慢話さるところだな」
同じことを考えていたことがおかしくて、ふたりして苦笑いしていると扉の開く音が聞こえた。開いた扉の向こうから領主ハウンディー・ハグルドの姿が現れる。
2人の兵士が両側へはけて主に道を開けた。
領主ハンウンディー・ハグルドは60代くらいだろうか。白髪の混じったスリムな紳士だった。
「・・・・・・あぁ、あなたは」
シリウスの顔を見て領主の表情が変化した。物静かな感じに穏やかさが加わった微笑みへ。それでも目は笑っていない。
「王付きの護衛の・・・・・・シリウス様ですね」
王付きのと聞いて兵士たちにピリッと緊張が走る。彼らの目がちらりとシリウスへ向き、子供2人へと流れた。
町の人が知っていたように彼らも新王の噂を耳にしているのだろう。
「今夜・・・・・・泊めてもらうことはできますか?」
「ええ、もちろんですとも。さぁ、どうぞ」
招き入れるハグルドの足が一瞬止まった。
「他言無用だ」
兵士へ言ったハグルドがハンドサインを出す。その指示に従って兵士は「はっ」と短く返事をして行動に移った。
「部屋を整えさせます。しばらく散策などなさってください。庭でも館のなかでもどうぞご自由に」
物腰やわらかく、一見歓迎しているように見える。しかし、これは暗に隠し事はありませんと告げているようなもの。
(警戒されてしまったな)
心で苦笑するシリウスへ領主ハグルドから声がかかった。
「シリウス様、少し話をしませんか?」
領主の誘いにシリウスは微笑んでロンダルへ目配せする。シリウスは他の者をロンダルに任せてハグルドの横をついて歩いて行った。
「さて、我々はどうしましょう」
ラウルが辺りを見回す。案内係として残った侍女はお目付け役だろう。
「ランシャル様は客間で休んでおきますか?」
ロンダルの問いにランシャルは
「一緒がいい」
「大丈夫ですか?」
ランシャルはこくりとうなづいた。
「ではコンラッド様、庭でも散策してみましょう」
「え?」
「ラッド、そうしよう」
「あ? うん」
ふたりを様付きで呼ぶと聞いてはいたものの、急に様付きで呼ばれたコンラッドが目を白黒させる。
「たまには呼ばれるのもいいだろ?」
ルークスが耳打ちをした。
「コンラッド様」
ダリルにいたずらっぽくそう呼ばれてコンラッドは肩をすぼめた。
「なんだかくすぐったい」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
領主ハウンディー・ハグルドがシリウスを案内したのは書斎だった。扉を閉めてしまえがふたりきり。密談には最適な場所だ。
「ここには何か目的があって、いらっしゃったんでしょうか」
物腰はやわらかなままで、ハグルドがシリウスに尋ねた。彼の口調には慎重さがうかがえる。
「一晩休ませてもらえれば明日には立ちます。ご迷惑はおかけしません」
そう言ったシリウスにハグルドはそっと微笑みながら本棚へと近づいた。
「子供連れの騎士は珍しい。どちらが・・・・・・とは聞きませんが、大切な方と一緒なのですね」
語りに慎重さが増す。
暗に新王を連れていることに気づいていると伝えながら、知らせるなと言っている。
振り返ったハグルドのその手には「王家の系譜と紋章」と書かれた本があった。
「詳しく知らなければ嘘をつく必要もない」
そう言いながら開いた本を机の上へと置いた。ハグルドはシリウスからその本が見えやすいように向けて、窓際へと近づいた。
「腹を探られるのは嫌ですが、避けることは難しい」
その言葉と開かれたページに描かれた紋章を見て、シリウスにはハグルドが言わんとするところにピンとくるものがあった。
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