第29話 斑、点と点

「ラン、なんだよその顔。ぷぷっ」


 寝起きでコンラッドに笑われてランシャルは手を顔に近づけた。


「なんなの?」

「触らないほうがいいぞ」


 コンラッドが袖を引く。


「顔に地図ができてる」

「地図・・・・・・?」


 そう言われては確認せずにはいられない。

 両手で顔に触れてみる。ぷくぷくとした感触があってあちこちに段差を感じた。


「ええぇ? なにこれ」


 そう言えば、先程から身体中にひりひりとした感じがしている。そして、なんだか痒くもあった。

 腕をまくってみたランシャルは手の甲も腕にも赤い斑ができているのに気づいた。


「うわ・・・・・・これ、もしかしてぬるぬるのせい?」

「たぶん」


 コンラッドが苦笑いしながらこくこくと頷いた。


「あぁ、酷いことになってますね」


 覗き込んだルゥイが残念そうな顔になる。


「きれいに洗い落としたつもりだったのに。・・・・・・痛みがありますか?」


 ランシャルは首を振った。


「痛いと言うよりむず痒いような・・・・・・」

「掻かないほうがいいですよ」


 そう言って腕を掻こうとするランシャルの手をルゥイが止める。ランシャルの手に触れたルゥイが真顔になった。


「ランシャル様」


 触れた手から熱が伝わってくる。ルゥイはすぐさまランシャルの額に手を当てた。


「やっぱり熱がある」


 その一言で騎士たちの視線が集まった。


「大丈夫。これくらい平気」


 ランシャルはとっさにそう言った。


「本当か?」

「うん、ほんとう」


 心配そうなコンラッドへランシャルは明るい顔でうなづいて見せた。それでもコンラッドの心配そうな顔は変わらない。


「あ、心配だったら半分もらう?」


 ランシャルはいたずらっぽくそう言って、コンラッドの体へ腕をすり付けるような仕草をした。


「よせよッ。うつすつもりか?」


 体を傾げてコンラッドが体を逃がす。


「ほら」

「よせって」

「ほらほら」

「やめろって・・・・・・あははは」


 座ったままふざけ合いが始まって、そんなふたりを見たルゥイも笑いだす。




 少し離れた所からシリウスとロンダルは彼らを見ていた。


「追いかけっこするほどの元気はなさそうですね」


 そう言ったロンダルへ「そうだな」とシリウスが短く返す。

 コンラッドの話からすると、昨日はふたりで走り続けて奮闘したらしい。子供ふたりだけで乗りきるには精神的な疲労も大きかっただろう。


「薬を買う必要がありそうですね」

「体を休ませる必要もありそうだ」


 ロンダルにシリウスも頷く。


「確かこの辺りの領主はハウンディー・・・・・・。ハウンディー・ハグルド様だったか」


 夜のうちに現在位置は確認済みだ。

 稀石を使ってダウジングすると、地図上で領地ハドローの端を示していた。


「穏健派で中立な立場をとっている方だったと記憶しています」


 ロンダルの補足にシリウスがうなづく。


「寄ってみるか」

「少し町で整えてから館へ向かいましょう」


 シリウスの案にうなづいたロンダルがそう提案した。ここから馬の足でそう遠くない所に町があったはずだ。


「ラウル」

「はい」


 シリウスの呼び掛けに小気味良い声が返ってくる。


「食事が済んだら出発だ。途中で薬屋へ行ってくれるか?」

「はい」

「私はコンラッドを連れて雑用を済ませてきます」


 ラウルに続いてロンダルがそう言い、名前のあがったコンラッドが目を輝かせた。


「俺も行っていいの!?」

「替えの服はランシャル様にあげたんだろ? 2人分の替えの服を買っておかないとな」


 裁縫セットなど持っていない。破けた服を仮縫いすらできず、ランシャルはコンラッドの替え着を着せてもらっていた。


「俺はマネキン代わりってこと?」


 少し不満そうなコンラッドにロンダルが笑う。


「ランシャル様は熱もある。休ませてあげてくれないか?」

「うん、わかった。まぁ、背格好は同じくらいだしランの顔はひどいことになってるからしかたないな」


 にっと笑ってちらりと見たコンラッドをランシャルが小突いた。


「待ってください。雑用なら私が行きます」


 話に割って入ったのは騎士最年少のダリル。


「副隊長に雑用だなんて」

「いいんだよ」


 笑顔のロンダルに肩を叩かれて渋々とダリルは引いた。


 ロンダルとコンラッド、ラウルが町へ向かう。その後ろ姿をランシャルは見送った。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




「そうかい、それは災難だったね」


 薬屋の女店主が軟膏を棚から取りながらそう言った。


「熱も出てるならこれも」


 と、薬屋の亭主も粉薬を机の上に置く。


「ここら辺には多いんだよ。うちの娘も触って酷い目にあったんだよ」

「動くときのぬめぬめにも多少毒があるからなぁ」


 町としては小規模だが旅人や商人の通りはわりと多いらしく、店主たちはラウルへ気さくに話かけてくれた。


「あんた王都から来たのかい?」

「ええ、まぁ」

「竜の光を見たの?」

「いえ、あの晩は都にいなかったので・・・・・・」


 興味津々なふたりにやんわりと答えを濁して、ラウルは質問を返した。


「新王様の話はなにか聞いてますか?」

「え? あんたも王様探し?」

「遅い遅い、もう沢山東に向かったらしいよ」


 軽くあしらわれる。


「竜の光は太い流れ星だったそうだが見逃した」

「私らも見たかったね。残念だよ」


 言いながら別の品もどうかと差し出されてラウルが断る。


「新しい王様は子供だって噂を聞いたけど・・・・・・本当かね?」

「さぁ、どうでしょう」

「子供は嫌だね」

「子供は嫌ですか?」

「嫌って言うか・・・・・・。何代か前の王様が10才くらいで、大人の良いなりになって大変だったって話じゃないか」


 亭主が呆れ顔でそう言った。


「うちの領主様は気が弱いから」


 話をしながらも店主の手は止まらない。紙袋に入れられた薬を渡されて金を払う。


「領主様は、お優しい方なんですね」


 気弱と言う単語を置き換えて話を進める。


「あぁ、優しいよ。色々住みやすくしてくれるけど・・・・・・お人好しって言うか、押しが弱いって言うのか」


 亭主の答えに女店主が付け加える。


「難題を言われても領主様は断れないだろうし、皺寄せはあたしらしもじもにくるだろ?」


 女店主がため息をもらす。


(民から心配される領主か・・・・・・愛されてるいのか信用がないのか)


 曖昧にうなづいて間を埋める。


「新王様はまだ見つからないんですか?」

「見つかったとか逃げたとか・・・・・・霊騎士ガーディアンを見たって話は聞いたよ」


 店主夫婦は眉間にシワを寄せていかにも嫌そうな顔をしていた。


「東に行くなら気を付けてな」

「ありがとうございます」


 ラウルは礼を言って店をあとにした。


(都から東へのルートより北側なのに、意外と噂が早い。あいつらバラけて追ってるのか?)


 ラウルがランシャルたちのもとへ帰ってしばらくしてからロンダルとコンラッドも合流した。




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