第28話 王族と血族

 ランシャルのすぐ横でコンラッドが寝息をたてている。

 コンラッドは配られた夕食を片手にお喋りを続け、すっかり話し終えたあと1日の疲れに飲まれるように眠りに落ちていった。


 コンラッドと並んで横たわるランシャルももちろん疲れている。けれど、眠れなかった。

 体は疲れはてているのに、心のどこかがぴんと張り詰めてゆるまない。張り巡らせた糸になにかが触れはしないかと、心が耳を澄ませているみたいに。


 ウルブからもらった短剣を取り出して夜空にかざす。鞘に収まったままの剣は暗い空をバックに明るく光っていた。


(ウルブにあげた人が持っていたときには、もっと強く光ってたのかなぁ)


 ランシャルはウルブのおさの言葉を思い出していた。


《やはり弱い》


 ランシャルが短剣に触れたあの時、ウルブはそう言った。


(やはりって、どういうことだろう)


 ドラゴンのことも言っていた。


(王族と勇者の血族って、なにが違うんだろう)


 あの白いウルブは色々なことを知っているようだった。


(もっと話したかったな)


 短剣を見ながらつらつらと物思いに更ける。

 剣を焚き火にかざすと剣の発する光りはやはり弱かった。ふと、ランシャルの視線が剣を越えて奥へと向かう。


 剣の向こう。

 焚き火のその先にシリウスがいる。その姿を見て思考がすり変わった。


(母さんの短剣・・・・・・。返してもらえないのかな)


 今となってはあれは数少ない母の形見だ。

 岩に体を預けて座るように寝ているシリウス。いまなら気づかれずに取り返すことができるかもしれない。ランシャルがそう思った時、


「ランシャル様」


 呼ばれてぎくりと声の方へ目を向ける。


「眠れないんですか?」


 声の主は見回りをしていたはずのラウル。彼は火の番をしていたダリルと入れ替わってランシャルへ目を向けた。


「その剣、見せてもらってもいいですか?」

「・・・・・・返して、くれますか?」


 ランシャルの質問にラウルは笑顔を見せた。


「もちろん」


 ラウルは受け取った剣を焚き火の明かりでしげしげと見ていた。飾りや刻まれた紋様を丹念に眺めるその瞳は記憶と照らし合わせているように思えた。


「この剣、知ってるんですか?」


 ランシャルの質問に難しそうな表情でラウルは口ひげをなでた。


「古文書に描かれた短剣に似ています。ルークスの方が詳しいんですが」


 と、見やった先でルークスは眠っている。

 ウルブから短剣をもらったと聞いたときのルークスの興奮は凄かった。


(これが伝承の短剣?)


 ウルブと勇者の血族の青年との記述が古文書にあるという。

 彼の興奮ぶりに驚いたランシャルは短剣を隠して彼に見せることを拒んだ。シリウスが母の短剣を仕舞い込んだようにルークスもそうするかもしれない。


「ルークスは勉強熱心で、よく古書の部屋で読みふけっているんですよ」


 苦笑いするラウルの表情は温かい。


「王族は勇者の子孫ですよね」

「そうです」

「王族と勇者の血族って、何か違うんですか? ウルブの長がそんなことを言ってたから」


 ラウルは少し難しい顔をしてしばらく黙ったあと、口を開いた。


「国はたいてい力のある者や統率力のある者が民を束ねて作ります」


 そう言いながら彼は火を掻いた。


「この国の初代王はドラゴンを倒した人物で、ドラゴンとの契約により力を分け与えられ、人々が力を頼ってより集まってできた国です」


 ランシャルは黙って耳を傾けている。


「願いを聞き入れて命を取らなかった勇者へ、ドラゴンからの感謝を込めた力分けです」


 吟遊詩人の噺とは違う部分にランシャルは目を丸くした。


ドラゴンは死んでないんだ」


 ラウルはうなずいた。


「王印は契約の印でもあるんですよ」


 ランシャルは自分の左肩に触れながら聞いていた。


「いま、ドラゴンは僕と契約しているってことなの?」

「玉座の間で正式に戴冠を終えれば成立となり、全ての力を自由に使えるようになります。動物と会話する以外の力も全て」


 ランシャルの様子を見ながらラウルは続ける。


「王印は勇者だった王から子へ、またその子へと受け継がれていきました。親から子へと王印は移っていき、王族という呼称が生まれました。王印を受け継ぐ直系と分ける意味で、勇者の子孫を総じて勇者の血族と呼ぶのです」


 ウルブの言葉の意味を理解してランシャルはうなづく。


「でも、王族は揺れています。王印が親から子へと移らなくなったのは20数代続いた後のこと」


 ラウルが息を吐いた。


「王印は王の従兄弟へ移り直系へ戻り、王の姪や甥に移っては直系へ戻ることを繰り返して、ある時その流れが変えた」


 ラウルが焚き火を掻いた先で薪が小さくはぜた。


「直系と近親者の間を揺れるように移っていた王印は、血筋から遠い勇者の血族の体に飛び移ったんです」


 話しについてこれているかとラウルがランシャルの表情をうかがう。


「王都から遠く離れた場所に住む王を迎えに行くために王付きの護衛隊が作られました。当初、王都までの護衛のはずでしたが、王族ではない者を迎えることに反発があって・・・・・・いまもこうして護衛隊が存在しているのです」


 ランシャルは眉間にシワを寄せた。


「どうして嫌がるの? 決めてるのはドラゴンでしょ?」

「ん──・・・・・・。実際のところ、王都から遠く離れた町や村で育った人は政治に疎いことが多い。・・・・・・すみません」


 申し訳なさそうにするラウルへランシャルは首を振る。


「商人ならまだ他国との交渉事に才があることもあったのですが、農夫や漁師、王都から離れるほど日常に追われて政治の良し悪しまでは考える余裕がなくなるようで」


 ラウルが苦い顔をした。


「マナーがなっていない品が悪いと、あからさまな陰口だけならまだしも・・・・・・困ったものです」


 濁すラウルの話を聞きながらランシャルは母の言葉に思い出していた。




『きっとお迎えが来るわ。ランシャルは王宮で暮らすのよ。恥ずかしくないようにしましょうね』




 母がマナーに煩かった訳。その理由がここにあったのかと唇を噛む。


(ただの躾にうるさいだけだと思ってた)


 ラウルは話を続けていた。


「現在、王族と呼ばれているのは最後に印を受けた王族の長兄の子孫。彼らのなかには王印を取り返したいと思っている者も少なくありません」


「取り返すって・・・・・・つまり、それは」


 王印を持つ者を殺す、ということだろう。

 王印が王族へ戻るまで、殺して、殺して・・・・・・。


 ランシャルの顔が青ざめてゆく。


ドラゴンは汚れを嫌う」


 ラウルがぽつりと言った。


「汚れた者のもとへ王印は返らないでしょう」




 青い月が冴え冴えとランシャルたちを照らしていた。





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