第23話 日没(2)
ランシャルの叫び声にコンラッドが振り返ると、20メートル後方の岩の上に魔物の姿を見つけた。左右に4本ずつ、胴体から突き出た細い足とずんぐりとした丸い腹。
「ス・・・・・・スパイドゥ」
人間の大人くらいの大きさの蜘蛛に似た魔物がランシャルに覆い被さっている。ランシャルの姿は、鳥籠の中の小鳥のように細い足の隙間から見えていた。
(ラン!)
すぐに助けに行きたい。でも、足がすくんで動けなかった。手元に武器もなく、それらしい物を探して辺りを見回す。
スパイドゥがギチギチと歯を鳴らしている。その音がコンラッドの心をひりひりと削るようだった。
(気をそらすだけでもいい、何か、何かないか!?)
目に止まったのは石。
手のひらサイズの石を拾い上げてグッと握りしめる。武者震いする手に力を込めて、投げつけた。
「ば、馬鹿やろぉ────!!」
大声を張り上げて力いっぱいに投げつける。
スパイドゥの横っ腹に当たった石は堅い音をたてて弾かれた。
続けざまに2つ3つと投げつける。次々と弾かれて投石4つ目。とうとうスパイドゥの真っ赤な目に命中した。
ギギャ────!!
「やった!」
悲鳴をあげるスパイドゥにコンラッドが拳を突き上げて跳び跳ねた。
・・・・・・が。
「ひっ!」
コンラッドは一目散に逃げ出した。
スパイドゥがこちらへ向かってくる。こちらへ体の向きを変えたスパイドゥが軽々と跳ね上がった。ランシャルを岩に残したまま、弧を描いてコンラッドへ跳んでくる。
コンラッドが立っていた場所へ的確に着地してまた跳ねた。
「うわぁ!!」
逃げるコンラッドを追ってボールが弾むようにスパイドゥが追いすがる。
「やめて! やめろぉ!!」
ランシャルは声が割れるほど叫んだ。だが、ウルブたちのように動きを止めることはなかった。
「ウルブには通じたのにッ」
右往左往と逃げ回るコンラッドに2匹3匹とスパイドゥの数が増えていく。
「ラ──ッド!!」
倒木を潜り木々を回り込んでコンラッドが走り回る。
「ラッド! こっちに・・・・・・痛ッ」
ふくらはぎにジリッと焼けるような痛みが走った。
「なっ・・・・・・なに!?」
半透明のナメクジに似た物が足に張り付いていた。足を振り回しても剥がれない。ふと、ランシャルは気づいた。
(取り囲まれてる・・・・・・)
岩の上も周りの地面にも手のひらサイズの半透明なものが埋め尽くしていた。
「来るな! あっちへ行け!」
足に張り付いている物を剥がして捨てる。指にもジリッと痛みを感じた。ぬめぬめの液がランシャルの肌を溶かしているようだった。
岩の上のナメクジ状の物を足でこ削ぎ取って蹴り捨てる。
「ラ────ン!!」
コンラッドの叫ぶ声が聞こえる。
焦ったランシャルは岩を蹴って跳んだ。地面には無数のナメクジ達が待っている。
(行かなきゃ! ラッドを助けなきゃ!!)
ナメクジが敷き詰められた地面に着地する。ランシャルはぬるりと滑って転がった。
驚いて跳ねるナメクジがぶつかる。
手を着いた地面がぬめってまた転ぶ。体のあちこちがひりついて、もうわけがわからなかった。
(・・・・・・!)
ナメクジが跳ねた。
次々と跳ね上がって飛び付いてくる。
目標は間違いなくランシャルだ。
ランシャルの手が腰に伸びる。
(短剣じゃどうしようもないのにッ)
そう思いながら剣に手を掛けた。
ナメクジの先陣がランシャルの体に到達する。ヨダレを垂らすように溶解液を吐きながら飛び付いてくる。その姿がスローモーションで見えていた。
ランシャルが剣に触れたその時、剣は仄かに光を発した。
ナメクジがジュッと音をたてて消えた。
溶解液が霧散する。
光の届く範囲のナメクジが消え失せた。
「き、消えた」
ランシャルの顔に笑みがこぼれた。しかし、それは束の間。
新たなスパイドゥが赤い軌跡を描いて飛びかかってきた。走り出すランシャル。コンラッドは岩の隙間に逃げ込んでなんとかやり過ごせていた。
「ラン!!」
コンラッドの声は届いている。呼び掛ける声に返事をする余裕もなく、ランシャルは短剣を鞘から引き抜いた。
キィィ────ン ンン・・・・・・
そんな音を聞いた気がした。
抜かれた刃から光が溢れている。そのことに驚くことすら忘れて、ランシャルは闇雲に剣を振り回していた。
剣の光が触れるか触れないうちにスパイドゥの足が切断されて宙を舞った。あるものは腹を裂かれて腸をぶちまけ、地面をのたうち回っている。
後方から駆けつけた物たちが後ろへ跳びすさって逃げた。
「ラッド!」
すぐさま走り出したランシャルを、距離を置いてナメクジやスパイドゥが追って来ていた。
コンラッドの隠れている岩場に近づくとコンラッド狙いのスパイドゥが慌てて飛び退いていく。後ろが気になりながらも、ランシャルはコンラッドの隠れている岩を覗き込んだ。
「ラァ・・・・・・ン」
コンラッドの声が震えてる。ランシャルが手を伸ばすとコンラッドが腕をつかんだ。
空は濃い青。
足元はもう影深い。
ランシャルはコンラッドが頬をぬぐうまで泣いていることに気づかなかった。
「行こう」
ランシャルが声をかける。
「うん、行こう」
コンラッドが口の端を上げてこわばった顔で笑って見せた。
香木の薫る橋へ向かって歩き出す。
妙な物達を引き連れて、ふたりは暗い森の中を進んで行った。
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