第21話 竜《ドラゴン》の力

 背を木の幹にあててしゃがみこんでいるランシャルへ白銀のウルブが近づいて行く。

 森に溶け込むような黒灰色こくはいしょくのウルブたち。その群れの中を銀色に輝くウルブが歩いてくる。

 割れて2つに分かれたウルブたちは敬意を表するように頭を低くして後方へ下がった。


 群れの他のものの倍はあるだろう白銀の姿が神々しく迫ってくる。


(で、でっかい・・・・・・)


 気圧されたランシャルは幹に体を添わせながらずるずると立ち上がった。立ってもなおそのウルブの頭はランシャルより高かった。


「ランッ」


 駆け寄ってきたコンラッドと2人でウルブと対峙する。射貫くような鋭い視線を向けられて、ランシャルは総毛だっていた。


 グルルルゥゥ


 唸り声に重なってランシャルの耳に言葉が届いた。


《かなり薄くなってるが、ドラゴンの血の匂いがしている》


 ランシャルの胸元に鼻を近づけてクンクンと嗅いだウルブはそう言った。


《勇者の血族か》


 そう言ってウルブは鼻を鳴らした。


《しかし、我らの動きを止めるとは。なんと稀な・・・・・・》


 大きな金の瞳は探るようにランシャルに注視している。


《さては、お前・・・・・・印持ちだな?》


 印、それは王印のことだろう。

 ランシャルの心臓がぎくりと跳ねてウルブの耳がそれを捉える。目の前のウルブは嬉しそうに目を細めた。


《これまでに数人、話せる者に出会ったが。そうか、それならば》


 深くゆっくりとウルブは頷く。


 勇者が身に受けたドラゴンの血は世代を経るごとに薄れ、授かった力も弱まっている。そのことをこのウルブは知っていた。

 金色の瞳がやわらかな琥珀へと変わった。そう感じて、ランシャルはウルブに尋ねた。


「ぼ、僕の他にも動物話せる人が?」


 おずおずと言ったランシャルにウルブは頷いて見せる。


《勇者の血族には時々この力を持つ者が生まれる》


「僕が・・・・・・勇者の、血族ってこと?」


 いままで考えもしなかった。


「動物と話せるのは特技じゃなくてドラゴンの力ってこと?」


 王が父だということも信じがたくて、そこまで考えが及ばなかった。

 祭りで吟遊詩人が語った勇者伝説と似たことをウルブの口が語る。


《あの者が手を掛けたのは虹竜こうりゅうだった》


 深く響く喉鳴りと共にウルブの言葉は続く。


《虹竜の力は数多い。お前の力はその中のひとつにすぎない》


 吟遊詩人がドラマティックに語っていた竜と勇者の闘い。そして、この国の初代王が勇者であることの輝かしさと誇りにわくわくしながら聞いた物語。


「・・・・・・嘘みたい」


《自分が何者かも知らぬとは・・・・・・。王族の者ではなさそうだな》


 ランシャルの服装を眺めながら呆れたような声でウルブはそう言った。


「僕は王様の子供だと、聞いています」

「そ、そうだぞッ。ランは王様の子供で新王様だ」


 コンラッドが助太刀に入った。

 唸り声が聞こえているだけで会話の内容はわからないけれど、コンラッドはランシャルの力になりたくてとりあえず声を張る。


《最近亡くなった王か? あれの父王は農夫だった。印を受けられる血は持っていても王族ではない》


 白銀のウルブは人間であるランシャルよりも多くを知っている。そのことに驚いてランシャルは彼を見つめた。そんなランシャルを見てウルブは笑う。


《竜の血に敬意を表して、今回は牙をかけずにおこう》


 銀のウルブは低く喉を鳴らした。


《我が領地の端まで送らせよう。これをお前の物として持って行くがいい》


 後ろに控えていた黒灰色のウルブが咥えていた物をランシャルの足元へ置いた。


「これは?」


 それは短剣だった。

 宝石が2つ付いているだけの簡素な造りの剣。ウルブが持っているは不思議に思えた。


《昔々、血族の者からもらった物だ。お前が手にすればドラゴンが助けになってくれることだろう》


 ランシャルはそろりと身を屈めた。いまにも首元に噛みつかれはしないかと怖々剣へ手を伸ばす。


「あっ」


 手が剣に触れた直後、剣が光を放った。

 驚いて手を引くと剣の光は消えた。もう一度触れるとまた光を放つ。


「うぁ・・・・・・すげぇ、勇者の剣みたいだ」


 コンラッドが感嘆の声を上げる。

 短剣はランシャルの手の中で仄かに光っていた。


《ふぅむ、やはり光は弱いな。だが低級の魔物なら逃げていくだろう》


 言いながらウルブは視線をそらす。2匹のウルブが群れの中から出てきた。


《あの者たちに端まで送らせる。その先は香木の香を頼りに橋を渡れ》


「香木の、橋?」


《日が落ちる前に辿り着け。魔物はあの香りを嫌う。橋を渡れば追っては行かぬだろう》


「他に道はありませんか?」


《人が歩ける道はそこ以外にない》


 ウルブはきっぱりと言った。


《巣で夜が明けるのを待たせてやりたいが》


 他のウルブたちが反対の唸り声をもらした。


《竜の血を食らえば魔力が使えるようになると信じる魔物や獣は多い。すまないが、守って戦う気はない》


 ランシャルは口を引き結ぶ。


(ラッドと2人で乗り越えなくちゃいけない)


 緊張した面持ちでランシャルは短剣を握りしめた。そんなランシャルの様子を見たコンラッドも落ち着かない。


「どうした? なんだって?」

「途中まで道案内してくれるって」

「うん、それから?」

「日が暮れると魔物が出てくるから日があるうちに橋を渡れって」


 うんと頷きかけてコンラッドが目を見張る。


「え!? じゃ急がなきゃ」


 ランシャルの手を引くコンラッドを見て案内役のウルブが歩き出す。


「ちょっと待って」


 呼び止めたランシャルは辺りに目を走らせた。そして、唐突に木を登り始める。


「なにしてんだよ。早く行こうぜ」


 急かすコンラッドを置いて鈴生りの実を2房もいで軸を口に咥えた。そして直ぐに下りた。


「なんだグレーブじゃないか、そういやお腹空いてきたな」


 丸い実が房状に付いた濃い紫の実にコンラッドが手を伸ばす。


「いてっ」


 その手を叩いて、ランシャルはウルブへ恭しく差し出した。


「見逃してくれてありがとうございます。案内人をつけれくれることに感謝します」


 白銀のウルブは目を細めて笑った。


《子孫繁栄を表すグレーブの実か。・・・・・・受け取ろう》


 栄養価の高いグレーブは木に上れないウルブにとっては嬉しい贈り物だった。白銀のウルブは牙が触れないようにそっと咥えて仲間へと渡す。


《その心根、忘れぬように》


 ウルブたちに見送られてふたりは走るように歩き出した。




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