第17話 魔女の輪(3)

「はっ!」


 騎士たちは息を飲んで見上げていた。

 草が消え失せた後には2人の姿が見えていた。空の中にぽつりと。


「ランシャル様!」


 やりのように尖った針葉樹。その木々が作る集中線の中央に、2人が浮かぶように見えていた。

 点だった彼らが急速に大きくなってゆく。

 2人は落下していた。

 しかし、真下から見上げていた一同がその事に気づくのにほんの数秒かかった。


 落ちてくる!


「きゃああぁぁ────っ!!」


 気づいたルゥイが悲鳴を上げ一同が青ざめる。


「ルゥイ! 止めるんだ! 浮遊魔法を!」


 シリウスの声に突かれてルゥイが我に返る。震える指を組んで必死に頭の中を掻き回した。


(浮遊魔法、浮かせる呪文。えっと、なんだっけ、早く思い出さなきゃ! 早く、早く)


 普段ならすぐに言える呪文が出てこない。

 焦るルゥイの横で騎士たちはマントを広げ端を握って見上げていた。受け止められるかはわからない。しかし、可能性に望みを託して落ちる場所をとらえようとしている。


「ルーフィッス!」


 ルゥイが叫んだ。ようやく口にした呪文が駆け上がる。


「・・・・・・をぉ」


 2人の体が空中で止まるのを見て、騎士たちの口から安堵と喜びのため息が漏れた。


「ルーフィッス」


 ルゥイは呪文を繰り返す。

 正式な魔法使いなら呪文を1度唱えれば済む。けれど、彼女の力では持続時間が短かった。それでも繰り返すことで2人の姿がゆるく降りてくるのが見てとれる。


「ルーフィッス、ルーフィッ・・・・・・うぐっ!」


 詠唱が呻き声に変わった。

 ルゥイに目を転じると彼女の首に蔓が巻き付き締め上げていた。


 蔓を取り払おうとラウルが手を伸ばす。しかし、蔓は彼女を後ろへ引いた。ラウルの手をかすめルゥイはそのまま馬から引きずり落とされて地面の上を引きずられていく。


「ルゥイ!」


 引かれながらもがくルゥイをダリルが追った。

 地面を這う蔓を走りながら切ることは難しく、ダリルはルゥイに飛び付くようにしがみついて蔓へ剣を振るった。


 サンッ!


 軽い音と青臭い匂いを残して蔓は消えていく。


「げほっ・・・・・・げほっ」

「大丈夫か!?」


「ランシャル様!!」


 馬上の騎士たちの声にルゥイとダリルはすぐさま立ち上がり駆け寄る。彼らの見つめる先へ目を向けた。


「ルーフィッス」


 慌てて再度呪文を唱えたルゥイは目を見張った。


「・・・・・・ランシャル様は!?」


 見つめる先に2人の姿がない。

 ルゥイとダリルはぞっとして辺りに目を走らせた。が、地面に彼ららしい固まりはなかった。


「消えた」

「え?」


 答えたシリウスに驚くルゥイとダリルへ、ラウルが重ねる。


「消えてしまった」

「消えたって・・・・・・」


 シリウスはすぐに懐へ手を伸ばした。その手が稀石きせきを手繰る。


(ランシャルをどこへ飛ばした?)


 敵が目の前にいるならば聞きたい。

 ドラゴンの光は見なかった。殺されてはいないだろうと思いながら不安がよぎる。


(方向を確かめてすぐに向かわねば)


 シリウスは稀石きせきを握りしめた。

 稀石が方向を指し示せばランシャルは生きている。示す石がかすかに振動していたらその時は、命が危ういということだ。


 稀石を取り出そうとしたシリウスの手が動きを止めた。

 周りがざわめいている。


 薄暗い視界の中で地面がうごめいていた。


「王を取り上げてなお我々に用があるのか?」


 冷静なシリウスの声が皆の心を引き締める。

 地面に注視し回りに耳をそばだてて騎士たちが剣を握り直した。辺り一面がざわざわと葉ずれの音をたてている。


(我らを殺したいのか? 狙いは新王ではないのか?)


 王印を手に入れたいなら新王だけが狙いのはず。殺して次の器を探してまた殺す。次から次へと殺し自分へ、あるいは意中の人へ順番が巡ってくるのを狙っているはずだ。


(意外に遠くへは飛ばされてないということか?)


「・・・・・・!」


 槍のように風を切って飛びかかって来た蔓を切り落とす。


(すぐに合流させないために邪魔をしようということか?)


 次々と飛んでくる蔓を切断しながらシリウスは考えを巡らせていた。

 シリウスが考えている間も蔓は次々と襲ってきていた。それを全て断ちきって後続も切り捨てていく。


 上から下から矢継ぎ早に襲ってくる蔓はまるで無尽蔵にさえ思える。


「きりがないッ」


 剣を振るいながらダリルが声を尖らせた。

 切っても切っても蔓は襲ってくる。無限ループのように繰り返し飛びかかってくるばかりだ。


(手加減されている気がする。時間稼ぎ? なんのために?)


 シリウスは剣をふるいながら周りを観察していた。

 騎士たちと引き離したいま、ランシャルを殺そうと思えば簡単だろう。


(致命傷を与える攻撃はない。だが攻撃の手を止めることもない)


「!」


 ヒヒィィン!


 馬がいなないて跳ねた。


(どうした!?)


 見れば馬の脚に蔓が絡んでいる。

 絡む蔓を嫌がって馬がバタバタと動いていた。手綱を握り振り落とされないように体勢を取りながら剣を振るう。

 皆が苦戦し始めていた。

 蔓は剣の届かない絶妙な位置を狙って馬の脚に絡んでいる。まるで思考する蔓のようだ。


 シリウスは馬上から飛び降りて蔓を切り捨てた。

 蔓を切ってすぐに馬の尻を叩く。自由になった馬は勢いよく走り出した。


(よし、馬を追う蔓はない)


 馬の様子を確認する間も攻撃は止まなかった。

 後ろから首元を狙ってきた蔓を避け、足首に飛び付こうとする蔓を切る。腰を狙った蔓を潜ってかわし目の前の蔓を切った。


(埒が明かない。魔女の輪を断たなくては!)


 シリウスは即座に走り出した。

 魔女の輪を切れば魔法の効力は消えるはず。この攻撃も止むだろう。


 飛びかかる蔓を飛び越えて、潜り、切り捨てて先へ先へと走る。やがて倒木が見えてきた。いや、あれは巨大化した魔女の輪。


 細い蔓を絡めて円状にした輪はそのまま拡大されて、1本1本が人の腕の太さをしていた。

 シリウスは迷いなく剣を振り下ろす。

 剣はがっつりと食い込み、それを無理矢理に引き抜いて振りかぶる。振り下ろそうとした剣に抵抗を感じた。


「んっ!」


 剣先に巻き付いた蔓を短剣で切り落として再び魔女の輪に切りかかった。

 輪を断ち切ろうとするシリウスの腕に蔓が巻き付く。彼の動きを押さえ込みながら腕から剣先までしゅるしゅると蔓が伸びる。


「くうぅぅ・・・・・・!!」


 押さえ込まれそうになりながらもシリウスは必死で抗った。しかし、蔓の数は増えていく。


(ここまでか!?)


 諦めが頭をかすめたその時、


「シリウス様!」


 小気味良い音がしてシリウスは蔓の拘束から解かれた。


「ロンダル!」

「こいつらは私が」


 短い会話でシリウスは魔女の輪の切断を再開し、ロンダルは襲い来る蔓を次々と切り捨てていった。





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