第16話 魔女の輪(2)

 木から木へと渡された蔓は、空中で丸く輪を作っている。あの輪を切断すれば先へ進める。


 騎士たちは周りに気を配り、ランシャルとコンラッドは空を見上げていた。高さはビルの20階くらいだろうか。


「ルゥイさんって、あんな高い所まで剣を投げ上げられるのか?」


 ランシャルの耳元でコンラッドが囁いた。


「魔法が使えるんだ」


 見上げたまま答えたランシャルをコンラッドが見つめる。


「うそ・・・・・・」

「本当だよ。僕、見たんだ」


 小声に小声で返したランシャルの顔には、得意気でいたずらな微笑みが浮かんでいた。

 驚きにあんぐりと口を開けたコンラッドが「凄いじゃないか」と言うようにランシャルを小突く。ランシャルは笑顔のまま、顔の横で立てた指先を空に向けた。


 ルゥイが指を組んで小声で呪を唱えている。その姿をコンラッドはまじまじと見つめていた。


 ランシャルたちの住む村の周辺では長らく戦はなかった。戦闘のない場所へ数少ない魔法使いが立ち寄るはずもなく、妖精と同じくらい現実とは無縁の存在だ。

 魔法で輪が切れる瞬間を待つコンラッドの瞳はきらきらと輝いていた。


「・・・・・・」


 近くにいながら聞き取れない声でルゥイが呪文を唱え続ける。


「堅いのかなぁ?」

「しっ」


 呟くコンラッドをランシャルが止める。

 中空に浮いた輪が風もないのに揺れている。小刻みに動く蔓の輪からギシギシと音が聞こえはじめていた。しかし、なかなか切れるようすがない。


 数本の蔓を束ねて作られた魔女の輪は見た目より丈夫なのか。それとも、切れないようにかけられた魔法が邪魔でもしているのか。


 プツン!


 かすかに音がして蔓が切れた。だが、輪は切断されていない。切れたのは木から木へと伸びて魔女の輪を宙吊りにしていた蔓だった。

 それはまるで弾かれた魔法の力が方向を変えて両脇の蔓を断ったように見えた。


 落ちる輪が空中で小さく跳ねてその場に静止する。


「え!?」


 意外な動きにルゥイは思わず声を立てた。

 浮いた魔女の輪が天使の輪のように丸い穴をこちらへ向けた数秒後。唐突に落下しはじめた。


「離れて!!」


 ルゥイの叫びに何事かと彼女を見た騎士たちの視線が頭上へ向く。


「走れ! 散れ!」


 ことを察したシリウスが叫んだ。

 輪は落ちながら見る間に大きく広がっていく。輪の内側から見える空は夕暮れのように暗かった。


 落ちてくる輪は広がり、どんどん拡大していく。

 物理的にはおかしいのに木々をすり抜けて輪は広がっていった。小さかった輪は土俵ほどに広がりさらに範囲を伸ばしていく。


 薄暗い世界に覆われていく。


 四方に散った騎士たちをすっぽりと包み込んで輪は地面へと到達した。

 誰ひとり輪の外へ出ることは叶わなかった。


「魔女の輪じゃなかったのか!?」

「2重3重に魔法をかけてあるとは!」


 再び寄り集まった騎士たちは敵に備えて陣形を固める。斑馬とルゥイを中央に周りを白馬が囲む。


「ただの時間稼ぎじゃなかったわけだ」

「手の込んだ時間稼ぎだよ」


 薄暗い輪の中で周りに目を走らせる。

 真昼の明るさに慣れた目には暗く感じられても、慣れてしまえばさほど暗くはなかった。


 目を凝らし周囲を注視する。

 次に起こることはなんなのか。現れるのは魔法使い本人か、それとも魔物の類いか。


 頭上から風を切る音がする。


 シュシュシュッ!


 いくつもの蔓が四方の木々から矢のように降ってくる。

 目指すはランシャル。


 シャン!

 サン!


 伸びてきた蔓は軽い音を立てて切断されてゆく。次々と騎士たちの剣の餌食になっていった。


(敵は上に?)


 その場の誰もがそう思った。

 地表よりも視界を広くとれる場所からこちらを観察し魔法を繰り出しているのか。あるいは、発動すると自動で指示通りに動くタイプなのかもしれない。


 騎士それぞれが思考を巡らせながら剣をふるい続ける。

 絶え間なく蔓は繰り出されて伸びてくる。先を鋭く尖らせて。


 切り落とされた蔓の先が地面に着くと枯れて風に転がされていった。

 単調だと感じはじめたその時、音を耳にした。それは足下から。


「ん!?」


 頭上だけを気にしていたわけではない。けれど、敵の姿はなく、突如伸びた下草が斑馬を這い上がった。


「くっ!」


 頭上から狙う蔓と同じように切り捨てたい。しかし、馬の体を這い上がられては切るにきれなかった。


「ナトゥリ!」


 ルゥイが草に手をかけて唱えると断ち切られ、はらはらと草は剥がれ落ちた。・・・・・・が、数が半端ない


「ナトゥリ! ナトゥリ! ナトゥリ!」


 息の続く限り唱えて切り落としても、息を継ぐ間に草は馬を駆け上がる。

 ダリルとルークスが馬から飛び降りて下草を薙ぎ払った。上から足下から攻撃を浮けて守備が乱れる。


「ダリルさん!」


 ランシャルが声を上げたときには彼は宙を舞っていた。

 ダリルは真下から突き上げられて弾き飛ばされ、ルークスは蔓に剣をぐるぐる巻きに絡められて身動きがとれなくなってしまった。


「ああっ!!」


 一気に馬を這い上がった草に巻き付かれてランシャルが悲鳴を上げる。そのままの勢いでランシャルは上へと持ち上げられる。


「ラン!!」


 コンラッドは咄嗟にランシャルの肩と服に手を掛けた。


「ラッド!!」


 あっという間にランシャルの体は高く掲げられていた。

 シリウスたちがランシャルを持ち上げる草をどんなに切っても次々と補強する草が現れる。

 ランシャルは噴水に持ち上げられるように高々と上げられた。そして、ランシャルをつかまえたままのコンラッドは宙吊りになっていた。


「ラッド!」


 彼がつかまえた服は伸び、肩にかけた手もすっぱ抜けて片手で不安定に揺れるコンラッド。

 ランシャルは咄嗟に抱きしめた。両脇から腕を回してコンラッドの背後で両手の手首をつかまえる。


 ビルの5階ほどの高さまで上げられただろうか。ここから落ちたらどうなることか。


「ラン」

「ラッド」


 抱きしめるランシャルにコンラッドもしがみつく。

 それはほんの数秒の間。あっという間に高い木々より上まで持ち上げられて、ランシャルは空を見た。


 青い青い空。

 魔法の範囲外の青い空。


「はっ!!!」


 急に草がほどけて支えを失った体が宙に浮く。



 次の瞬間、ふたりは自由落下をはじめた。




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