第14話 王印と霊騎士と

 森の中を白馬と斑馬が進んでく。

 ランシャルとコンラッドを乗せた斑馬を中央に6頭の白馬が囲んで歩いていた。


霊騎士ガーディアンだ)


 ランシャル達から見て左側に4つの黒い影があった。こちらとは距離をとりながら同じ歩調でついてくる。

 ランシャルの視線の先をルゥイも見ていた。


「王を奪い返す気はないようです」


 ふたりの視線に気づいてロンダルがそう言った。

 ランシャルの真後ろ、しんがりを行くロンダルをランシャルはちらりと見やった。


(僕に手出しはしないなら、なんでついてくるんだろう)


 ランシャルの側にはすでに護衛がいる。守護者としての役割はもうないはずだ。左にいるルークス越しにランシャルは霊騎士に目を向ける。


(・・・・・・!)


 霊騎士の仕草にぞっとしてランシャルはうつむいた。

 リーダーらしき男は自分の顔へ向けた2本の指を、そのままランシャルに向けた。


「お前を監視しているぞ」


 ランシャルにはそう言っているように思える。


(怖い)


 鞍を握る手に力が入る。


『ふさわしい器がこれか?』

『いっそのことこの場で』


 霊騎士の言ったことを思い出してランシャルは身を固くした。


(僕を殺す隙を狙っているの?)


 不安がもたげて思考が闇へと向かう。そんなランシャルの思考をダリルの声が遮った。


「霊騎士はどこまでついてくる気なんだろう。まるで我々では護衛として不足だと言わんばかりだ」


 誇りを傷つけられた。ダリルはそう感じているのかむっとした表情で彼らを睨み付けている。


「彼らは我々の動きをどこまで知っているんでしょうか」


 疑問を口にしたのはルークス。

 ランシャルの左側にいる彼は常に霊騎士を気にしながら馬を歩かせていた。


「彼らは我々が追いついた時に、やっと追いついたと言っていた。まるでこちらの動きを知っていて待っていたみたいに」


 ルークスの後ろに続いて進むラウルが話を受けた。


「我々を待つ必要はなさそうだが・・・・・・。確かにそう言っていたな」

「彼らの馬の足は早い。我々より早く王を連れて行けるでしょう?」


 後方のラウルにルークスが話しかけ、ラウルは言った。


「ああ、早いな。我々より先に王を見つけた。我々に託すより早く仕事を終えるだろうな」


 腑に落ちない点ではあった。


「そんなに霊騎士の馬は早いんですか?」


 騎士達の会話を聞いていたランシャルが控え目な声で聞いた。

 ルークスはうなずき、他の者も眉を上げ口をへの字にして驚き呆れた顔を作る。


「恐ろしく早いんですよ」


 そう言って首を振って見せた。


霊騎士ガーディアンは霊峰レイラーンで眠っていると言われています」


 ダリルに続いてラウルが言い、ルゥイが補足する。


「王都よりさらに遠く離れた西側に連なる山々がレイラーン。ドラゴンが住んでいると信じられている山です」


 それまで黙っていたシリウスがおもむろに口を開いた。


「あの夜、王から抜け出たドラゴンの光は東へと流れました」


 先頭を進むシリウスの表情は読めない。けれど、その声は物思いにふけるようだった。


「我々は王の死を確認してすぐに出発しました。準備の間もおしんで護衛隊25人全員ではなく、この人数で」


 シリウスについで話してくれたのはロンダル。


「光が流れたって?」


 ランシャルはルゥイに尋ねた。


「王宮から昇る光を私も見ました。都は昼のように明るくなって・・・・・・やがて太い光の筋を引いて流れ星のように空を駆けていったんですよ」


 初めて聞く話をランシャルとコンラッドは目を丸くして聞いていた。


「その光を追って我々は東へ向かいました。途中で町や村の人に方向を確認しながら」


 ランシャルは後ろに乗っているコンラッドと目を合わせる。


「あいつらも同じようにしてランの家を見つけたってことか」

「僕が町にいた時に、来てたのかな・・・・・・」


 霊騎士の噂話に怯えていたあの時、ランシャルを殺そうと家まで来た男達は町にいたのだろうか。あの男達と出くわしていた、そう思うと恐ろしい。


(僕が町で捕まってたら、母さんは助かってたのかな)


 自分が殺されて母が生きている未来もあったかもしれない。そんなたらればを思いながら、心のどこかであの男達に町で出くわさなかったことにほっとする自分がいる。


(僕は、自分勝手だ)


 自分を責める心のなかで『これがふさわしい器か?』と霊騎士の声が問う。ランシャルは唇を噛みしめていた。


「王様が死んだら印が体から抜けるんだよね?」


 コンラッドが急に話を戻した。


「そうだよ。体から印は消えて新王の体へ移るんだ」


 ラウルが答える。


「じゃあ、ランを殺したらあの印は消える?」

「そうなるな。でも、我々が守る。守ります」


 コンラッドは笑顔を見せたあと、ふんと鼻を鳴らした。


「あいつらランを殺してから皮を剥ぐとか言ってたけど、そんな事できないじゃん」


 コンラッドの話に騎士達が見交わす。


「皮を剥ぐだなんて意味がない。間違った情報でそんな・・・・・・馬鹿馬鹿しい」


 ラウルの言葉にコンラッドが笑いだした。


「あいつらランを殺して残りの金をもらうとか言ってたけど、騙されてるんだな。馬鹿だなぁ」


 騎士やルゥイが苦笑いする。でも、ランシャルは笑えなかった。


(僕が死んだら別の人に印が移る)


 王を殺しても次の王となる者へ。


(本当に、器なんだ)


 逃げられない運命さだめ

 死か王として立つか。

 どちらにしても元の生活には戻れない。


(王になるしかないの? どうして僕が?)



『いっそのことこの場で』



 霊騎士の声が繰り返す。



『これがふさわしい器か?』



 王として玉座についたとしても、王らしからぬことをしたら殺されてしまうのだろうか。


 心の中を冷たい風がよぎった。

 霊騎士の放つ氷のような冷たい風が心を覆った。




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