第13話 森で迎える朝
東の空が白々と明けてくる頃、ランシャルは目を覚ました。
夢は見なかった。ただ真っ暗な世界から今になった、ただそれだけ。それなのに目尻から耳にかけて涙で濡れていた。
涙をぬぐって見上げた天井はいつも見るそれじゃなくて、ごつごつとした岩肌だった。
(・・・・・・夢じゃないんだ)
そっと辺りを見回すと騎士たちの姿が目に写った。6頭の白馬と1頭の斑馬も見える。
(夢だったらよかったのに)
体を起こすとあちこちが痛かった。
「ラン、おはよぉ」
寝転がったままのコンラッドが体を伸ばしながらあくび混じりにそう言った。
「おはよう、ラッド」
「ランシャル様、もう少し寝ていていいんですよ。昨日は色々あって疲れたでしょう」
近くにいた騎士が声をかけてきた。彼は黒パソを懐かしいと言っていた騎士のひとりだ。
「大丈夫です。いつも夜明けには目を覚ますんですよ」
「こんなに早くですか?」
「俺もこれくらいには起きてる」
騎士ラウルは「偉いな」と言ってコンラッドの頭を撫でた。
「あぁ、動物たちどうしてるかな」
飼っている動物たちに餌をあげるのはランシャルの仕事だった。
今ごろは彼らもお腹を空かせている頃だろう。扉を開けてあげられなかったことが悔やまれる。
「安心しろ、ラン。それも父ちゃんに頼んでおいた」
「本当? 良かったぁ、ありがとう」
ランシャルの安心した顔を見てコンラッドは嬉しそうに笑った。
「田舎の子はみんな早起きで働き者ですね」
ランシャルの頭に手を伸ばしかけてラウルは手を引っ込めた。
「家の子に爪の垢を飲ませたいです」
溜め息混じりに言いながらもラウルの表情はやわらかい。騎士とは違う父親の顔がそこにはあった。
「実家も裕福ではなかったので親の手伝いをよくしてました。こんなに朝早くではありませんでしたが」
微笑むラウルにふたりも笑顔を返す。
「馬の様子を見てきます」
ランシャルは立ち上がるラウルを見ていた。
「裕福じゃなくても町育ちなんだろうな」
「そうかもしれないね」
コンラッドの言葉にうなずく。
『母さんも色々困ったのよ』
母の言った言葉がふいに浮かんだ。
不馴れなことが沢山あったと母が言っていたことを覚えている。
(母さんも町の子だったのかな。どんな子供時代を過ごしたんだろう)
この騎士たちのように火をつけるのに困ったりしたのだろうかとランシャルは思う。いま思えば母のことを知っているようで案外知らないことが多いのかもしれなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
昨夜と同じスープに干し肉といった簡素な朝食を済ませて支度を整える。
「シリウスさん。これ、お返しします」
マントを手にランシャルは声をかけた。
「今日は町へは行かず森を進みますから使ってください」
「ラッドが家から持ってきた上着を譲ってくれたので、大丈夫です」
自分でも声が尖っていると感じた。
シリウスの腰にはあの短剣が見えていた。返してもらえなかった短剣。力で奪い返すことは無理だとわかっている。だからせめてマントを返したかった。小さな抵抗だ。
ランシャルはシリウスの手にマントを押し付けるように渡し、すぐにコンラッドのそばへと戻っていった。
「気分を損ねてしまいましたかね」
すぐそばで聞こえたロンダルの呟きにシリウスは顔を上げた。
「短剣のこと話してみては?」
「いまは時間がない」
「嫌われてしまいますよ」
「いいんじゃないか?」
「え?」
シリウスの返答にロンダルが彼を見つめる。
「距離をとられる方が、いいかもしれない」
「仲良くならない方がいいと?」
「近づきすぎると辛くなる」
ランシャルに背を向けてシリウスは馬の鼻をなでる。その横でロンダルはランシャルを見ていた。
「ランセル王を思い出すから?」
シリウスは答えなかった。
「王と彼女のことを知っているのは私たちふたりだけになってしまいました」
そっと振り返ったシリウスはすぐに視線を落とした。
騎士ルークスがランシャルたちのそばへ斑の馬を引き寄せてきた。白地に茶色の斑の馬は賢そうな瞳でこちらを見ていた。
「ランシャル様。この馬を一通り確認しましたが、よく躾られています。しばらくはこの馬をお使いください」
「俺は? 今日もルークスさんと?」
「コンラッドはランシャル様と一緒にこの馬へ」
騎士達の乗る白馬よりがたいの良い斑馬は、子供ふたりくらい問題なさそうに見える。
「わかりました」
「2人乗りで申し訳ありません」
「え? なんで謝るんだよ」
「だって、王様だぞ。2人乗りなんて普通はありえない」
「そっか」
笑うコンラッドにルークスも笑う。
ルークスはラウルより4つ下の37才。年齢差だけを見るとコンラッドと親子ほどの違いがあるけれど、不思議と年の離れた兄弟のように見えた。それは彼が若々しく見えるせいだろうと思えた。
(ルークスさん優しそう)
彼が兄だったらねだられるままに何でも買ってくれそうだ。裕福な家庭でそだった人のような印象がそう思わせるのかもしれない。
楽しそうなコンラッドの横でランシャルは馬の首をなでていた。
「2人を乗せると歩きにくいだろうけど、これからよろしくね」
ランシャルがそう言うと馬は軽くいなないて頭を下げた。お辞儀をするように左前足を折って前傾姿勢をとる。
「ほぉ」
「馬がこんなことをするなんて」
「指示もなしにするとは珍しい」
驚く一同にコンラッドが胸を張る。
「ランは動物と話ができるんだ」
「動物と話を?」
「ラッド、やめてよ。言っても信じてもらえないよ」
ランシャルは困り顔でコンラッドの手を引く。
「なんとなくわかる程度ですから」
「信じますよ」
「え?」
この場にいる全員の表情が肯定していた。
「ランセル王は草花と話ができるとおっしゃられていました」
ダリルも続けて言う。
「勇者の血族なら、なにがしかの
騎士のなかでも一番若いダリルは目を輝かせながらそう言った。
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