第11話 短剣と出自(1)
「ロンダル」
「遅くなりました」
50代に見えるその男は白いマントを着ていて、騎士の仲間だとすぐにわかった。ランシャルは知らなかったが、彼の家へ向かったあの騎士だった。
「点々と死体が転がっていて心配しました」
「誰も欠けていません。安心して」
シリウスは笑顔で迎える。その腕に巻かれた布にロンダルはすぐ気づいて尋ねた。
「シリウス様、怪我を?」
「大丈夫、気にしないで」
笑うシリウスに困り顔で笑ってロンダルは馬を繋いだ。そして皆に目を配り、ランシャルで目を止める。
「彼が?」
「ええ、新王ランシャル様です」
「ほぉ・・・・・・」
身なりを整えたロンダルがランシャルの目の前に膝を着く。
「私はロンダル・ドゥオ・グリフ。亡くなられたランセル王の父君、ランシール王の時から王直属の護衛隊に所属しています」
頭を下げられて間が空いた。
その場の皆の目がこちらを見ている。けれど、彼になんと言うべきかランシャルにはわからない。だからランシャルはコップをにぎったまま彼を見ていた。
顔を上げたロンダルに見つめられてランシャルは不思議な感じがした。
彼の瞳にはどこか懐かしむ気配が含まれている。そう感じた。
「ロンダルさん、初めまして」
そっと伺うように言ったランシャルにロンダルの表情が砕けた。
「ふふふ、似てらっしゃる」
「え?」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします。ランシャル様」
白髪がまばらに入った茶色の頭、髭もじゃの顔。笑顔を見せる目尻にはいくつものシワがある。
ロンダルは落ち着いていて貫禄があって、隊長ではないことが不思議に思える。
「シリウス様と我々が王様をお守りいたします。一緒に玉座の間を目指しましょう」
深みのある声に安心感が漂う。ランシャルはこくりと頷いた。
(見た目は怖いけど優しそう)
他人にも自分にも厳しそうな人に見える。
ロンダルが立ち上がるとランシャルは他の者たちへ目を向けた。それぞれがコップを片手にぽつぽつと話をしている。
(この人たちが僕を守ってくれる)
少し安心しながらも悲しさの波に心を引っ張られた。
彼らのことを頼もしく思えばこそ唇を噛む。
(もっと早く来てくれてたら母さんは・・・・・・)
死ななかったかもしれない。
そう思うとやるせない。
熱かったスープは人肌くらいにぬるくなって、ランシャルの手元で波紋を広げる。頬をぬぐってランシャルは顔を上げた。
(・・・・・・?)
他の騎士から少し離れた所でシリウスとロンダルが顔を合わせて話をしている。短く交わされる声はここまでは届かない。
(あれは!)
ロンダルが懐から取り出した物にランシャルは反応した。
(あの短剣は家の!?)
シリウスが短剣を目にして驚いている。
「それは家の物ですよね?」
駆け寄ったランシャルは不安げにそう聞いた。
それは宝石の散りばめられた剣。そんな物がこんな田舎のボロ家にあるとは想像できない。どうみても高価なものだった。
「そうです」
「これをどこで手に入れたんですか!?」
ロンダルが答え、シリウスが短剣を手に質問を投げ掛けた。
貧乏人の持ち物であるはずがない。誰でもそう思うだろう。きっとそれが自然の流れだと思えた。
「拾ったわけでも盗ったんでもないですよ。それは母さんが大切にしているものです」
それまで冷静だったシリウスから隊長らしい落ち着きが消えている。
「大事な人からもらった、母さんの大切なものです。返してください」
手を差し出すランシャルをシリウスが信じられない表情で見つめていた。
「返してください」
短剣を見つめるシリウスがなにかを迷っている。
「これは・・・・・・しばらく私が預かっておきます」
「え!?」
シリウスは短剣を腰のベルトに差した。こちらからは見えない後ろの方に。
(まさか、この人も・・・・・・役人と同じ?)
『人には気をつけろ』
「シリウス様、これを」
ロンダルが小声で言ってもうひとつシリウスへ差し出した。
「・・・・・・!」
ランシャルは目を見張った。
「それは母さんの!」
ロンダルの手からぶら下がる細いチェーン。その先には見慣れたペンダントが揺れていた。
ランシャルはコップを投げ捨てて、手を伸ばすシリウスよりも先に奪い取った。
(これだけは渡さない!)
両手でにぎりしめて胸元で抱きしめる。二人を見つめるランシャルの瞳は睨むように見えたかもしれない。
「ランシャル様、それを少しだけ貸して・・・・・・」
「いい、いいんだロンダル」
「しかし」
シリウスはロンダルへ首を振って見せた。
「お母様の物なのですね?」
「そうだよ! 母さんが肌身離さずつけてるペンダントだよ、これは渡さない!」
背を向けるランシャルへシリウスは哀れみの表情を向けた。
『母親らしき人物が死んでいました』
ロンダルの報告を聞き霊騎士とそれを追う者を思い浮かべれば、母親の死を目の当たりにしただろうと容易に想像できた。
「お母様は・・・・・・残念なことで、言葉もありません」
シリウスの言葉にランシャルの背が小刻みに揺れる。
声を殺して泣く少年の姿は母の死を知っていると告げていた。
ランシャルは体を丸めてしばらく泣いていた。涙が引く頃、自分の名前を呼ぶ声を耳にした。
「ラン、ランシャル」
「ラッド?」
ぱっと立ち上がったランシャルにコンラッドが飛び付く。
「ラッド!」
「ラン。あはは、待たせて悪かった」
笑顔のコンラッドを見てランシャルも笑顔を見せた。
「泣いてるのか?」
「泣いてないよ」
「え──? そうかぁ?」
覗き込むコンラッドを押しやって顔を背ける。泣き顔は見られたくなかった。
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