第10話 休息
草原を越えて見えてきた森へと足を踏み入れる。
ランシャルは馬の背にゆられながら後ろを気にしていた。追ってくる者は見えない。そして、コンラッドを乗せた馬の姿も見えないままだった。
日の落ちかかった森は影が深くなっていく。
「シリウスさん、どこまで行くんですか? コンラッドたちを待たないんですか?」
空を焦がす茜色が青に溶けはじめる頃、我慢できずにランシャルは尋ねた。
「では、今夜はあそこで休みましょう」
辺りに目を配ったシリウスが指し示しながらそう言った。彼が指差したのは崖の下。岩がせりだして窪みになった所だった。
その場所は大人が立てる高さがあった。馬から下りて野営の準備をはじめる。火を点けることに手こずる騎士達を見かねてランシャルが火を起こした。
「すみません、こういうことに慣れてなくて」
気恥ずかしそうに笑うシリウスにランシャルは首をふった。
改めて彼らを見ると、ランシャルの知る町や村の人たちとは違うことがうかがえた。ランシャルにかけられたマントも彼らの持ち物も高価そうに見える。物腰も洗練されているように感じた。
(火起こしどころか魚も釣れなさそう)
都会的という言葉をランシャルは知らなかった。けれど、自然に不慣れな印象を受けた。
「野営の経験はありますが、火起こしなどは下の階級の者に任せっきりで」
シリウスは苦笑いし、他の者たちも顔を見合わせて苦笑している。
「そう・・・・・・ですか」
(この人たちは上の階級の人なんだ)
家柄が良いと最初から上の階級スタートなのだとランシャルもなんとなく知っていた。
「うっ!」
鞍に付けた荷物をとろうとしたシリウスが腕を庇う。
「シリウス様」
「大丈夫、かすり傷だ」
「手当てを」
言って部下の1人が手際よく裂いた布を巻き付ける。その様子をランシャルは見ていた。
「・・・・・・ごめんなさい」
小さな声で謝るランシャルに一同の視線が集まる。
「僕のせいで・・・・・・怪我をさせてしまって」
うつむくランシャルへシリウスは明るく声をかけた。
「気になさらないでください。私たちは護衛です。これくらいの事はよくあること」
優しく背を撫でるシリウスをランシャルは不思議な気持ちで見上げた。
(今日会ったばかりなのに、僕のことを知らないのに、どうして?)
「守ってくれるのは、僕に・・・・・・印があるから?」
おずおずと尋ねる。
「そうですね。貴方に印がなかったら守りはしません」
すっぱりと言われてランシャルは心を切られた思いがした。
印だけがランシャルと彼らを結びつけている。そう思うと怖かった。まるで薄氷の上に立っているような不安が心を
「印がなければ貴方の命を狙う者はいないでしょう。したがって、守る必要もありません」
(え?)
顔を上げるとシリウスの笑顔があった。
「恐れても嘆いても印は消えません。そして、印がある限り私たちは王を見捨てて逃げるような事はいたしません」
まっすぐな瞳に力強さがあった。
「私たちを信じてください」
シリウスを見上げていたランシャルは他の者たちへ顔を巡らせた。皆、シリウスの言葉に同意すると言うように頷いて見せた。
ぷつっと糸が切れる音を聞いた気がした。
「・・・・・・うっ」
ふいに涙があふれてランシャルは腕で顔を隠した。
「うっ、うっ・・・・・・」
「ランシャル様、どうなさいました?」
シリウスに頭をふって必死に涙をこらえる。
「大した持ち合わせがありませんが、腹ごしらえしましょう」
「湯が沸きました。さぁ、温かいものでも飲んで体を温めてください」
シリウスに続いて別の騎士が声をかけた。顔を上げると彼もランシャルへ微笑んでいた。
「町に着いたら美味しい物を食べましょう」
こくりと頷くランシャルを見て騎士たちが笑顔をかわしあう。
渡されたコップには温かなスープが入っていた。
「簡易な物ですみません」
それはお湯をかけて溶かすだけのスープだった。それでもランシャルが知るどのスープより具が沢山入っていた。
「ランシャル様、紹介が遅くなりました」
そう言ってシリウスが部下を紹介する。
「手前からラウル、ダリル。向こうにいるのがルゥイ。彼女は騎士ではありません」
「彼女?」
ルゥイがフードを下ろすと、その下からオレンジがかった甘い金色の髪が現れた。彼女は色白で凛とした雰囲気があった。品のある空気がいかにもお嬢様といった感じがする。
「剣の腕は騎士の方々には及びませんが、多少魔法を使えます」
シリウスは35才だと言った。ラウルは41才、ダリルは35才。19才のルゥイは明らかに異質だった。
「色々ありまして・・・・・・我々の中に魔法使いはいないのです」
「シリウス様の助けになりたくて志願しました」
ルゥイの声はシリウスに似て凛としている。ちらりとシリウスを見上げたルゥイの瞳が足元へ逃げた。
「危険な場所へ連れて来たくはありませんでしたが、背に腹は代えられない」
すまなそうに見つめるシリウスに、ルゥイが首をふる。
「私の意思ですから、気にしないでください」
シリウスはルゥイの肩にそっと手を置いた。
そんな会話をしているとき、辺りの警戒をしていたダリルが声を発した。
「誰だ!」
緊張が走り皆の手が剣へ伸びる。
夜の闇が落ちはじめた木々の間から、1人の男がぬっと姿を現した。
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