第9話 追走をかわして(2)
ピッ! ヒューイ!
口笛が鋭く鳴った。
ちらりと目を走らせるシリウスの視界の隅で、口笛を吹いた男の手が動くのが見えていた。
(
追手の男は手の動きで仲間に指示を出している。その手の動きは軍隊特有のものだとわかる。
追う群れが3つに分かれた。
まっすぐに後ろについているグループと左右に展開した者たち。左右に3人ずつ、真後ろに2人。
展開している間も馬と馬との距離はぶれることがない。
(・・・・・・訓練が行き届いている)
森の中で襲ってきた者たちより人数ははるかに少ない。・・・・・・が、手慣れた感じがする。ただ人を襲う無法者とは違う。
(こんな辺境でやっかいな)
スリムで優雅な白馬に対し、追走してくる馬のがたいの良さが気にかかる。肉厚で重みを感じさせるが速い。スタミナの半端なさがうかがえた。
左右の馬がじりじりと追い付きはじめる。
「セイッ!」
シリウスは馬へさらに声をかけた。
ぐんとスピードを上げる4頭を睨み付けて、追手のリーダーが呟いた。
「幽霊どもには出し抜かれたが、人が相手なら逃すものか」
ピリィ! ピッ!
リーダーが口笛を鳴らす。同時に後方の2人も左右へ分かれた。
「ルゥイ、準備を」
「はい」
シリウスが薄紫色のマントの人物へ声をかける。
「落としてくれ」
飛び道具を想定してシリウスはそう言った。
その時、ランシャルたちは唐突に光の中へ突っ込んだ。視界いっぱいの明るい世界に目が眩む。
木々が後退していき馬は草地を疾走して行く。ランシャルたちは森を抜けていた。
「シリウスさん!?」
ランシャルはひょいと持ち上げられてルゥイと呼ばれた人の馬の背へ移された。
「手綱をお願いします」
「え? 僕が?」
シリウスに言われるままに手綱を握る。ルゥイの手が綱から離された。
(やるしか、ない)
心の底から体がぞくぞくする。冷える手で手綱を握りしめた。
ルゥイの馬を中央に、残りの3頭が左右としんがりをつとめる。
「来るぞ」
ヒュンヒュンと音がする。
見れば数名の男が重りの付いたヒモ状の物をぐるぐる回転させていた。
(馬にあれを?)
ランシャルは目を疑った。
あれは鳥や動物を獲るとき使う道具だ。両端におもりのついたヒモを投げると、複雑な動きをしながら飛んで、当たると絡み付く。
男の手から放たれた重りが飛んでくる。
両端についた重りが互いを回転させてこちらへ飛んでくる。
狙いは確実に馬の足。
ブウォン ブウォン
鈍い音をたてて見る見る近づいてくる。
(あれが足に絡んだら・・・・・・!)
馬は前のめりに倒れるだろう。
馬の体が人の上に乗れば死ぬ可能性は低くない。彼らはそれでもかまわないのだ。
ぞっとするランシャルの後ろでルゥイは小声で唱えていた。
「サァラクイット、サァラクイット」
一直線に飛んでいた軌道がカーブを描いた。2弾3弾と次々に飛んでくる物をルゥイが撃退していく。
(すごい!)
目を見張るランシャルの回りで3人が剣を抜いた。
「うをおぉぉぉ!」
間を詰めた男たちが剣を繰り出す。
ジャギィィーン!!
シリウスたちの剣が迎え撃って、ふたつみっつと火花が散り金属音が鳴り響いた。
ルゥイは唱え続ける。
馬へ向けられた剣を弾き石つぶてをぶつける。
一瞬、目をつぶった隙をついてシリウスが男を切り捨てた。
「ぐはッ!」
男は崩れ落ち騎手を失った馬は鞍を空にしながら走り続ける。
「どけッ!」
別の男の指示に馬が減速しようとしかけた。だが、シリウスはすかさずその馬に飛び移った。
馬1頭を間にその向こうで戦いは続く。
ランシャルはときどき前を確認しながらシリウスを見ていた。
シリウスの金色の髪が踊り剣が
「あっ!」
シリウスの動きがわずかに乱れた。どこかに傷を負ったように見えてランシャルは身を乗り出す。それでも剣を持つシリウスの手は動きを止めなかった。
「あぁ!!」
次の瞬間、岩を避けて白馬が跳躍した。ランシャルの体は浮き上がり落ちた弾みで体がずり落ちる。
「うわぁ」
必死で手綱をつかみ鞍にしがみつく。
ルゥイは額に汗をにじませて手を組んだまま。ランシャルを引き上げる余裕もなく唱え続けていた。
ランシャルは半分体を落としたまま片足をかけて懸命にしがみついていた。
剣の擦れあうとこも音も怒声も続いている。
(お・・・・・・落ちるッ)
激しく走る馬の振動で足がずるずるとずれてゆく。
「ああぁ!!」
ランシャルはとうとう足を滑らせてぶら下がった。
風と振動に翻弄されたランシャルは木の葉のようにもてあそばれている。その間にもシリウスたち騎士は1人2人と敵の数を削っていった。
最後の1人を切り捨ててなお走り続けた。
ルゥイに引き上げられてほっと胸を撫で下ろし、まわりに目を配る。誰1人欠けていないことを確認してランシャルは笑顔を見せた。
後方に目をやったけれど追ってくるものは見えない。
「・・・・・・助かった」
走って走ってだいぶたった頃、ランシャルたちは馬の足をゆるめた。
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