第8話 追走をかわして(1)

「しっかり掴まえて」


 鞍をつかまえるランシャルの手にシリウスの手が乗せられる。そのまま上から包み込むようにぎゅっと握らされた。


「わああッ!」


 男たちの声が四方から壁のように迫ってくる。

 馬にまたがり剣をふるう者たちが前後から襲いかかる。左右からは木々の影から躍り出た沢山の男が走り込んでくる。


(ああッ、やられちゃう! 無理だッ)


 大人数に囲まれてどう考えても太刀打ちできるとは思えない。


「ハッ! ヤアッ!」


 シリウスが鋭く声を発して手綱を引いた。


(え!?)


 ランシャルの乗る白馬が前肢も高々と立ち上がった。


(うわ────っ!)


 心で叫んで鞍にしがみつく。馬のたてがみに顔を埋めて必死に耐える。

 馬は高く掲げた足でくうを掻いた。


 空へ駆け上がろうとするように足がもがく。馬の足首につけられた装飾が光を反射してキラキラと光を放つ。


 男たちの乗る馬が飛び上がった。


「どうどうッ!」


 馬たちの動きが乱れる。


「落ち着け!」


 男たちの声は馬の耳に届かない。

 眼前の馬が立ち上がった事に動揺し、突如出現した光に驚いて馬たちが逃げる。


「うわッ」


 人を振り落とし悲鳴のようにいなないて馬たちが逃げていく。


 シリウスは冷静に白馬を操った。立ち上がった馬は前肢で空中を掻きながら反時計回りに回転した。


「うわあ!」

「ぎゃああッ!」


 木々の間から走ってきた男たちが悲鳴を上げる。

 振り下ろされた馬の足が男の頭を割り、ある者は背を蹴られ、踏みつけられて逃げ惑う。


 4頭の白馬が1度に同じ動きをした。一糸乱れぬ動きで半回転して着地し、進行方向へ向き直ってすぐさま走り出した。


「待て!」

「やめろ!」


 馬から振り落とされた男たちが地面でもがく。


「ぐはッ」

「げッ!」

「わああああ!」


 迫る馬の足に蹴られ踏まれ頭上を飛び越えられて男たちがうずくまる。

 馬の後続にいた男たちは左右へと散っていった。


 ザン!!


 嫌な音がしてランシャルは血飛沫ちしぶきを浴びた。

 そして、見たのだ。


(はっ・・・・・・!)


 人の頭が宙を回転して飛んでいくのを。


 シリウスは敵のリーダーの首を捉えていた。横を過ぎる一瞬を逃さず一撃で男の首をはねた。


 白馬の動きは止まらない。

 ランシャルは馬に体を預けて身を縮めたまま後ろを見ていた。わずかに見える隙間から。


(凄い! 切り抜けた!)


 まばらになりつつある木々の間から彼らの動きが透けて見える。

 慌てる男たちが馬を呼ぶ口笛の音。馬に跨がる者、追い始める者、小さく怒鳴る声が聞こえていた。


 彼らとの距離は大きく開いている。


(逃げきれそう)


 ほっと息をつくランシャル。その目に黒い点が見えた。


(ん?)


 無数の点が矢だと気づいたときには目の前に迫っていた。


(あんなに沢山!)


 もう矢の音が聞こえている。

 すぐ後ろを走る馬の乗り手が馬上で後ろを向いた。並走する騎士がその馬の手綱を取っている。


 後ろ向きで馬に跨がるその人は白に近い薄紫のマントをしていた。白いマントの騎士たちとは違うように見えた。


(なにを?)


 ランシャルからはよく見えない。けれど、両手を組んで何かを呟いている様だった。


 もう矢じりすら見える。


(・・・・・・!)


 矢が体に突き立つ様を思ってランシャルはきゅっと唇を噛んだ。・・・・・・が、そうはならなかった。


(矢が!!)


 見えない壁に弾かれたように矢が向きを変えた。来た時と同じ軌道を描いて戻っていく。


「うそっ! ・・・・・・魔法!?」


 遠くの追手が右往左往している。

 後ろ向きに馬に跨がっていた人物が前に向き直る。と、同時に4頭の白馬は加速していった。


(速い!)


 まばらになった木々の間を風のように走る。

 このまま走れば逃げきれるだろう。安堵したランシャルは音を聞いた。ヒュンヒュンとなにかが回転しながら近づいてくる音だった。


(んッ!?)


 シリウスにぐいと頭を押さえ込まれて身を低くする。同時に彼も身を屈めた。


  ザクッ!


 鈍い音をたてて頭上を過ぎた物が木に刺さる音がした。音の方向へ素早く目を走らせる。


(斧?)


 木に深々と刺さる斧の大きさに目を見張る。飛んできた方向へとランシャルは目を向けた。


(あの男たちはッ)


 一目でわかった。

 あいつらだ。

 頭に布を巻いた男たちが馬を走らせていた。顔を覚えてはいない。けれど、あれは家で待ち伏せていた男たちだ。


 母を殺した者たち。

 ランシャルを殺そうとした男たちがすぐそこに近づいていた。


 怒りと恐れで体が震える。


「セイッ!」


 シリウスが馬の尻を叩く。


「逃さねぇぞ!!」


 怒鳴る声が耳障りで、ランシャルは耳を覆いたかった。でも、馬から振り落とされないようにしがみつくだけで精一杯だった。


(嫌だ、嫌だ、嫌だ!)


 血に染まる母の姿が浮かぶ。

 乱暴な男の手。

 地面に押し付けられて殺されそうになったその瞬間。

 闇のような霊騎士。


『すぐ殺すか』

『ここだけ切り取って持っていきゃ・・・・・・』


 真っ黒な霊騎士の顔が見下ろしている。


『ふさわしい器がこれか?』

『子供に国を良くなどできぬ』

『いっそこの場で』


 荒らげた男たちの声と地の底から響くような霊騎士の声が体をすくませる。


 シリウスと騎士たちに囲まれながらも、ランシャルの震えは止まらなかった。




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