第7話 血濡れの旅立ち(5)

「おばさんをあのままにしては行けない!」


 コンラッドがシリウスの腕に手をかけた。


「よせッ」

「放せぇ」


 別の騎士がコンラッドを引き剥がす。


「ランシャル様」

「放して!」

「ここから早く離れなければ危険です」

「帰る!」


 シリウスの手をほどこうとランシャルはもがく。それまで抑えていたシリウスが声を荒らげた。


「死にたいんですか!?」


 シリウスの言葉に頬を叩かれて、ランシャルの動きが止まった。


「貴方の命を狙う者は彼らだけじゃない、他にも沢山いるんですよ!?」


(・・・・・・ッ!)


 シリウスの目がいかっていた。事態は切迫している、事実を言っているとランシャルにもわかった。



『恨むなら自分の血を恨め』



 耳障りな声がいかつい顔と一緒に浮かんでゾッとする。あんなならず者が他にも迫っているのかと思うと恐ろしい。


「でも・・・・・・だけど、母さんが・・・・・・」


 凍えたように小さな声でランシャルは呟いた。


「なにも言わずに行くなんて・・・・・・」


 せめて母を抱きしめて別れを告げたい。母親の顔を思い出した次の瞬間、


「くッ・・・・・・!」


 血まみれの母の姿とすり変わって悲しみが押し寄せる。


(・・・・・・母さんッ)


 ぎゅっと目を閉じて、小さく首を振って、母の最後の姿を打ち消す。笑顔の母を引き寄せて心の中で抱きしめた。


 抵抗するのをやめて縮こまるランシャルの背をシリウスが優しく叩く。そして、シリウスは振り返りコンラッドへ目をやった。


「その少年を家へ送り届けなくては」

「では、私が」


 腕を引かれたコンラッドが声を上げた。


「だめだ! ランと一緒に行く!」


 小さく体を丸めるように立つランシャルに飛びついて、かばうように抱きしめてそう言った。


「ラン大丈夫だ。俺がついてる」

「・・・・・・ラッド」


 ほろほろと涙をこぼしながらランシャルはコンラッドの手をにぎっていた。

 コンラッドにしがみつくランシャルを包み込んで、コンラッドはシリウスを見上げる。


「俺、おばさんと約束したから。一緒に行く!」


 口を真一文字に強い意思のこもった瞳がシリウスを見つめる。勢いで言っているのではない。伝わる真剣さにシリウスは考えを巡らせた。


「わかりました」


 シリウスのその一言に、抱き合うふたりの力がゆるむ。


「でも、私は子供を誘拐したと思われたくはありません。親御さんも心配するでしょう」


 親のことを持ち出されてコンラッドの心が震える。


「いったん自宅へ帰ってご両親の許可をもらってください。許可を得られなかったらその時は」


 わかるよね、と見つめられてコンラッドは唇を噛んだ。


「・・・・・・わかった」


 危険な旅になることは大人なら誰でもわかるはずだ。反対しない親はいないだろうとシリウスは予想していた。


「ここで待ってて、必ず戻るから」

「わかった」


 シリウスが頷くのを見てコンラッドはランシャルから離れる。


「ラッド」

「大丈夫、絶対に戻ってくる」


 ランシャルに笑顔を見せたコンラッドはランシャルの頭をくしゃくしゃとなでた。


「戻ってきてね」

「うん」

「絶対だよ」

「うん、絶対だ」


 不安そうなランシャルの鼻を弾いてコンラッドがにっと笑って見せる。


「待ってろ」

「うん」


 馬に引き上げられて、騎士の後ろでコンラッドが手を振る。遠ざかるコンラッドの背をランシャルは見つめていた。

 コンラッドとは1つしか違わないのに、こんな時はいつも頼もしかった。その背を心配そうに見送る。


「ランの母ちゃんのこと父ちゃんに頼んでおくからなぁ!」


 小さくなるコンラッドがそう言って、ランシャルは手を振りながら何度も頷く。

 木々に隠れて姿が見えなくなっても見つめているランシャルにシリウスが声をかける。


「さぁ、行きましょう」

「え? ラッドがここで待っててって」


 ランシャルは戸惑い逃げ腰になる。


「大丈夫です。あとで合流できますから」

「どうして? 動いたらわからなくなるじゃないですか」


 シリウスは自分のマントをランシャルの肩にかけてひもを結び、ランシャルの両肩に手を置いた。


「途中の町で服を買いましょう。まずはこの森を抜けます」

「待って」


 ランシャルの訴えを受け流し馬の背に担ぎ上げて、シリウスが後ろにまたがる。


「私たちを信じてください」


 手綱を持つシリウスがランシャルを包む形で馬は歩き始めた。

 しばらく進むと獣道のような小道に出て視界が広がる。馬の歩調を早めて道を急いだ。


 歩きやすいその道は追手にも都合が良い。ガサリと音を立てて邪魔物が現れた。馬に乗った男が前に10人、後ろにも10人ほど。


 挟まれてしばし立ち止まる。


「通してもらえないか?」


 シリウスの穏やかな声にせせら笑う声が返答する。


「金目のものを見過ごすわけにゃいかねぇな」


 シリウスと部下たちは静かに男たちの装備を観察していた。


「そのガキが王様なんだな?」


 シリウスは黙っていた。


「人数が減るのを待ってたんだ。騎士3人と見習い1人なら俺たちに分があるってもんだ」


 前後と木の影から剣を握る音と気配がする。

 取り囲まれている。


(こんなに沢山じゃ・・・・・・だめだ)


 ランシャルは馬具を握りしめて青ざめた。


「シリウスさん」

「お守りします。ご安心ください」


 リーダーらしき前方の男が片手を上げる。

 不適な笑みをもらしながら、手を下ろした。


「わあ──っ!」


 男たちの雄叫びが上がり四方から光る刃が迫ってきた。




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