第6話 血濡れの旅立ち(4)

「なぜ守護者ガーディアンが王に剣を向けるッ!?」


 声と共に高らかに近づいたひづめの音が黒騎士の向こうで立ち止まり、そそり立つ黒馬の足の隙間から白馬の足が見えていた。


「やれやれ、やっと追いついたか」


 ため息混じりに霊騎士が言った。


「チビ、助かったな。ヒーローのお出ましだ」


 やや見下みくだした気配が声に混じっている。それでも霊騎士たちは手綱を操って左右へと分かれ、追いついてきた者たちに道を開ける。


 白馬にまたがる彼らが神々しく見えて、ランシャルとコンラッドは目映そうに見上げた。実際、傾きかけた太陽の光は黄色を含んで、白いマントも白馬もふたりには輝いて見えていた。


(ヒーロー? 誰? 僕らを助けに来てくれたの?)


 洞窟で迷った者が光を見つけて駆け出すように、ランシャルとコンラッドは白馬の足元へ転がり込んだ。

 冷たい霊騎士と違って人肌を感じる。自覚なく体の緊張がほどけてゆく。


「あの時の下っぱが隊長か」

「15年という時間は・・・・・・人を変えるものだな」


 霊騎士が話すたびに冷たい空気が辺りに漂う。少年ふたりを間に白と黒が互いをうかがっている。

 夕方が近づいている。

 木々の隙間から差し込む光を背に受けて、霊騎士の闇色が濃さを増してゆく。


 フードの中、表情の読めない霊騎士がこちらを見ている。

 白馬の騎士たちが剣に手を掛けるのがわかった。この場から離れるべきか迷ってランシャルはコンラッドの腕をにぎりしめた。


「おい、チビ」


 低い声に呼ばれてランシャルに肩がびくりと跳ねる。

 リーダーらしき1人の霊騎士が馬から下りてランシャルの目の前で片膝をついた。覗き込むような姿勢にランシャルはわずかに身を引いた。


「人には気をつけろ」


 ひそめた低い声が獣の唸り声のようで、冷気とあいまってランシャルの体を震わせた。

 フードの中でわずかに光を反射する白目がちらりと上を向く。


(え?)


 視線の先は白馬に跨がる青年。

 シリウスへ向けられていた。

 視線の意図を探してランシャルは霊騎士へと目を戻した。その直後、ランシャルたちの目の前から霊騎士たちの姿が消えた。森に染み込むようにゆるりと。


「嘘・・・・・・」


 4人の黒い影たちは黒馬と共に消えた。それを見ていた自分の目が信じられない。


「消えた」

「嘘だろ?」


 残された冷たい空気が彼らがいたことを伝えている。そして、耳の奥に居座る言葉をランシャルは反芻はんすうしていた。



 人には気をつけろ



 深い闇の声が妙にきわだって感じられた。


「あなたが新王ですね?」


 問われてはっとする。

 いつの間にか白馬の青年、シリウスは馬から下りていた。振り返ったランシャルの左肩にシリウスの注意が注がれている。

 ランシャルは左肩に手を置いてシリウスに向き直った。


「ぼ、僕は王様じゃありません」


 否定するランシャルの前に白馬の騎士が膝をつく。他の騎士も馬から下りてランシャルの前に膝をついた。


「頭を上げてください。間違いです。僕に印なんてありません」


 ランシャルがそう言っても誰ひとり頭を上げる者はいない。コンラッドまで彼らの横に並んで頭を下げた。


「ラッドなにしてるんだよッ、やめてよ」

「だって」


 大人たちの様子にどうするかとコンラッドがまごつく。


「私は王付きの護衛隊隊長シリウス・フォン・ブレア。お迎えに参りました」


 かしづく騎士たちにどうしていいのかわからず、ランシャルはただ首を横に振っていた。


「私は王の印を知っています」


 顔を上げたシリウスの瞳がまっすぐ見つめていた。


「死んだ王の印とまったく同じものです」


 そう言われたからといってすぐには信じられない。

 肩の後ろにあるという印をランシャルは見ることができないから。そんなものがあると知らずに3ヶ月も暮らしてきたから。


「嘘だ・・・・・・。そんな冗談を」


 シリウスの真剣なまなざしにランシャルの瞳がゆれる。


「王の命を狙う者たちがいます」


 シリウスが告げた。

 血まみれの母の姿がふいに頭をよぎった。


「・・・・・・僕のせいなの?」


 床や壁に飛び散った血を見た。


「僕の、せいで?」


 光を失った母の瞳がこちらを見ている。


「王だったら、なんで? なんでこんなことに?」

「正式に戴冠を終えれば危険が減ります」


 朝、笑顔で送り出してくれた母。

 明日はランシャルの誕生日で、きっとそのために頑張って織物を仕上げてくれた母。

 一緒に食べようと買ったふわふわの白パソ。


「白パソは? そうだ、ラッドと分けようと思って飴を買ったんだった」


 あるはずもないのにズボンのポケットに手を突っ込んで周りに目を走らせる。


「王様」

「・・・・・・はっ」


 シリウスに腕を取られてランシャルは驚き彼を見つめた。


「お名前をお聞かせください」

「ラ、ランシャル」

「ランシャル様、我々と一緒に玉座の間へ向かいましょう」


 無表情のランシャルが首を横に振る。


「帰らなきゃ。母さんが待ってる」

「それは危険です。このまま出発しましょう」

「嫌だッ」


 シリウスの手を振りほどいてランシャルが走り出す。


「駄目です!」


 すぐに捕まえられて引き留められた。


「嫌だ! 帰る!」

「いけません!」

「母さんが! 母さんが!」


 泣き出しそうなランシャルと目を合わせてシリウスが言った。


「お別れが言えないのは辛いでしょうが、我慢してください」

「嫌だぁ!!」


 シリウスの手をほどこうとランシャルがもがく。もがくほどにシリウスの力は増した。




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