第5話 血濡れの旅立ち(3)

 村を抜けた小道を白い一団が進んでいく。

 丘の上に建つランシャルの家へ向かうのは、王の護衛隊隊長シリウスが率いる者たちだった。


 シリウスの後ろを部下4人ともう1人が馬に乗ってついていく。

 傾きかけた太陽を背に緩やかな坂を登る。緑の中に白い馬と白いマントが映えていた。


「あれは?」


 部下の1人が右側の丘の上へ視線を投げる。

 彼らが目指す丘から右へと連なる丘陵きゅうりょうを黒い者たちが走っているのが見えていた。

 丘のラインから見え隠れしているのは黒い馬のようだ。


(黒い騎馬隊?)


 シリウスの知る限り名のある部隊で黒を基調にした服装はない。


「追われているようですね」


 部下が見たままを口にした。

 一糸乱れぬ黒い騎馬隊の後ろを、色もまちまちな者たちがついていくのが見える。追う者たちから殺伐とした空気が感じられた。


(ん? 何かを持っている?)


 黒い騎馬隊の中にちらちらと明るい色のものが見えている。シリウスはそれをめざとく見つけて目を凝らした。


「ロンダル、例の家を確認してきてくれ。我々はあれを追う」

「はっ」


 シリウスより年上の部下、右腕の彼をランシャルの家へ向かわせて馬首ばしゅをめぐらせる。シリウスについて他の者たちが後に続いた。草地を駆け上がり後を追う。


(遅かったか?)


 シリウスは心の中で舌打ちをした。


 黒の騎馬隊が持っていたものは人に見えた。サイズ的に子供。

 羊かなにかであれと思うが、殺気だって追う者たちをみれば十中八九あれが探している少年に違いない。そう思えた。


「ん!?」


 まだらの馬が草をんでいる。その馬を過ぎた先に地面に転がるものが見えてきた。


「どうッ」


 馬の足をゆるめて止める。馬上から見たものは仰向けに倒れている男だった。

 裾の擦れた服を重ね着した男はならず者に見える。頭に巻いた布に知った印があった。


「気絶しているだけです」


 ひとりの部下が馬から降りて確認する。


「この印は地方の豪族のものでは?」


 シリウスは黙って頷いた。


「ギャレッド様が贔屓ひいきにしてる者の1人だ。急ごう」


 部下が素早く馬にまたがるのを見てシリウスは走り出した。


(急がなくては)


 王都を出てしばらくはまとまりのある部隊が確認できた。

 地方に行くにしたがって私兵へと代わり自警団になり、国境に近づくにつれて雇われ者の集団になってきている。


(目的のためなら手荒なまねもするだろう)


 手綱に力がこもる。


(こんな所で新王を殺されてたまるかッ!)


 ぽつぽつと地面に転がる男たちを横目に馬を走らせる。黒い騎馬の群れを追って急く思いを馬に乗せて。




  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 森の中を4つの黒い影が走る。

 伸ばした腕に少年を掴んだままで疲れなど感じさせず走り続ける。

 重みを感じさせる肉厚の馬がひづめの音も力強く駆けていく。馬上の黒き者たちはフードを目深に被り顔は影に溶け込むようだった。


 黒い影が駆け抜ける。

 ときを止めたように森が黙り込み、見つめる動物たちの瞳が不安げに影を追う。


 追っ手はあと1人。

 しんがりを走る影が剣を振るった。鞘に入ったままの大振りの剣を横薙ぎに一振。追っ手の男は馬上から消えて、落ちた。

 影たちは後ろを確認すらせずに走り去っていく。しばらく走った彼らはわずかに平坦な場所で馬を止めた。そして、ランシャルとコンラッドを投げ下ろした。


「ぐっ!」

「ううっ・・・・・・!」


 落ち葉が降り積もった場所とはいえ、馬の背丈から落とされれば痛い。気を失って真っ黒だった世界から引きずり戻されてふたりは呻いた。


「────あぁ」

「く・・・・・・そッ」


 頭がくらくらして胃がムカつく。ふたりは最悪な気分に顔を歪めながら辺りに目を向けた。


「どこ?」


 森の中であることはわかった。傾きかけた日が木々の影を濃くしはじめている。

 木々の落とす影よりもなお黒い柱が周りに何本も立っていた。いや、それは・・・・・・。


「馬?」


 黒々とした馬の足をたどって仰ぐ。


「・・・・・・!」


 漆黒の男たちがこちらを見下ろしていた。


「ラッド!」

「ラン!」


 互いに抱きしめあいながら辺りに目を走らせる。逃げ場を探したが四方を取り囲まれて隙が見つからなかった。


(寒いッ)


 氷室に入ったような冷えを感じる。それは周りに立つ黒い者たちから漂ってきていた。


 彼らは黙っている。

 耳が痛いほどの静けさがこの場を支配している。

 同じ場所にいながら彼らはどこか異質で、全身の毛がぞわぞわと立つのを止められない。ランシャルは町で耳にしたあの単語を思い出していた。


  霊騎士ガーディアン


 それは王を守るもの。

 それは器に値しない者を殺す存在。


 その言葉は寒さだけではなくランシャルを心から震わせた。


「違う、違う。僕じゃない」


 首を振りながらか細い声で否定する。


「・・・・・・これが新王か?」


 地獄から這い上がってくるような声にランシャルは激しく首を振る。


「違います。僕は王様なんかじゃ」


 ランシャルの小さな声は彼らに届いていないようだった。


「子供か」

「ひ弱そうだ」

「また王宮の魔物に飲まれそうだ」


 4つの影がぼそぼそと呟く。期待も悪意もそこにはない、諦めと残念感がじわりと滲みてくる。

 目深に被ったフードの中から息だけが白くこぼれていた。


 黒くそそり立つ影たちはランシャルを観察している。表情どころか顔もわからないのに、それだけはわかった。


ドラゴンは何を考えている?」

「また子供とは」

「ふさわしい器がこれか?」


 正面の男が剣を引き抜いてランシャルへと向けた。


「子供など大人の言いなりだ」

「・・・・・・っ!」


 ランシャルの首元に剣先が触れる。氷のような冷たさに心が凍みた。


「いっそのことこの場で」


 カチャリ


 剣を握り直す音が響いたその時、


「動くなッ!」


 光のような声が割って入った。




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