第4話 血濡れの旅立ち(2)

 バキッ!


「うっ・・・・・・!」


 ランシャルは背中から地面に叩きつけられ、背負っていたかごが音を立てて壊れた。


「ランッ!」


 走り寄ろうとしたコンラッドは男たちに押さえつけられて動けない。見回すとランシャルは見知らぬ男たちに取り囲まれていた。


「誰!?」


 男たちはどう見ても荒くれ者だった。子供でも一目でそうだとわかる。


「お前が王子様か? ああ!?」


 正面で見下ろしている男にドスの効いた声でそう聞かれてランシャルは縮み上がった。


「それとも、こっちか?」


 そう言った男はコンラッドを見ながらランシャルの目の前にしゃがんだ。


「・・・・・・!」


 唐突に顎をつかまれてランシャルは反射的に男の腕をつかむ。

 日に焼けたいかつい顔が迫ってきてランシャルの体が逃げた。けれど、男の力は強く万力で固定されたようにびくともしない。


「はぬして!」


 顎が動かない状態で抵抗するが、ひ弱な少年の力ではどうしようもなかった。

 じっと見つめる男の目は獣のよう。


「ううっ! ううッ」

(助けて! 誰か!)


 うめく声は遠くには届かない。

 ギラギラとした目がランシャルの瞳を射貫くように見ていた。


(怖い! 誰か、誰か助けて!)


 赤く染まった母の姿がちらついて体が震える。


「目の中に金の光が見える」


 にやりと笑って男はそう言った。

 ランシャルの虹彩こうさいには砂金のような細かい光がわずかに確認できた。


「女は違ったが、子供は血族の者か」


(・・・・・・はっ!)


 母を殺したのは間違いなくこの者たちだ。そう確信するほどにぞっとして恐怖に縛られる。


「脱がせろ」

「んんッ!?」


 ランシャルはびくりと体を震わせた。皮を剥がされそうな勢いにおびえて体をよじる。

 ランシャルの上着にかかった手が荒っぽく服を引き上げた。すっぽりと上着を剥ぎ取られてランシャルの上半身があらわになる。


「見ろッ、これじゃないか!?」

「これか?」


 ランシャルの体を地面に押し付けるようにして男たちが見つめる。視線はランシャルの左肩の後ろに集中していた。

 ひとりの男が親指を舌でぺろりとなめてランシャルの肩に押しつけた。汚れを落とすようにぐいぐいとこする。


「落ちないな」

「焼きごてを当てたようでもない」

「入れ墨でもなさそうだ」


 物珍しそうに代わる代わるランシャルの肩に触って感想をもらす。

 ランシャルの肩には王の印があった。それはアザに似た直径10センチほどのもの。円形の縁取りの中にドラゴンを思わせる柄が浮かんでいる。


「見ればわかるって言ってたな」

「王族の家紋に似てると言ってたぞ」

「間違いないだろう」


 男たちは肩を叩きあい嬉しそうに笑った。


「これでやっと残りの金がもらえる」

「すぐ殺すか」


(・・・・・・!)


「死体を運ぶのは難儀だ」

「殺してここだけ切り取って持ってきゃいいだろ」


「うぅうッ!」


 逃げようともがいても男たちの手から逃れられずじたばたとするばかり。ただ、じたばたとするランシャルを男が引き上げる。


「やめろ────!」


 コンラッドも叫んでじたばたもがく。


「うるせぇ! 黙れガキがッ!」


 獣の咆哮ほうこうのような声にランシャルもコンラッドも動きを止めた。


「悪いな、恨むなら自分の血を恨め」

「お前も間の悪いときに一緒にいたな」


 コンラッドも引っ張りあげられて男たちの輪の中にふたりは立たされた。

 カチャリと金属音がして男の1人が剣を手にする。光る刃を見てランシャルとコンラッドは互いの腕を握りあった。


「・・・・・・嫌だ、嫌だッ」


 ランシャルは泣き声をあげて、コンラッドは男たちに噛みついた。


「やめろッ! 殺したって嘘つきゃいいだろ!?」


 男たちがせせら笑う。


「あちらさんもそうそう馬鹿じゃない。俺たちにだってそれなりのルールってもんがある」


 寝かせた剣で手のひらをとんとんと叩きながら男は笑った。


「さぁ、お喋りはしまいだ」


 振り上げられた剣が光を反射する。まぶしくて恐くてふたりはぎゅっと目を閉じた。その時・・・・・・。


 冷たい一陣の風が吹き抜けた。


 ギィィン!!


 金属がぶつかり合って弾き飛ばされる音が響いた次の瞬間、ランシャルの体は宙に飛ばされた。

 それは逆バンジーのようで、内蔵を持っていかれる嫌な感じがした。


「うっ!」

「わぁ!」


 金属音を耳にして一瞬目を開いたランシャルは黒い手を見た。その直後、冷たい感触が腰のベルトをつかんでランシャルを引き上げたのだった。


(なに!? 誰!?)


 黒い馬の足が激しく横を動いていた。

 地面が迫り空がちらりと視界に入る。上下に揺さぶられ馬上の人物を確認することができない。かろうじてコンラッドの姿だけは視界におさめることができた。


 ランシャルは自分のベルトを掴まえている手を掴まえようと腰に手を伸ばす。でも、何度手を回してみてもそれを掴まえることはできなかった。


(なんで? どうして?)


 確かにベルトを掴まれている感触がある。あるのに手のあるはずの場所に手が見つからない。氷のように冷たい空気に触れるだけ。


 ひづめの音は鳴り止まない。

 馬の太ももが激しく躍動して迫る。頭を蹴られそうで両手で頭をかばった。


 狩った獲物を持つように横に伸ばした腕に掴まえられて激しく上下に揺すぶられる。

 馬は止まることを知らないように走り続け、ランシャルは二度吐いて意識を失った。




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