第3話 血濡れの旅立ち(1)

 町を出たランシャルは村へ帰る一本道をきょろきょろしながら歩いていた。


(こんな所で霊騎士ガーディアンとか他の町の兵に出くわしたりしないよな?)


 高い壁に囲まれた町の中にいたときにはそれほど気にしていなかった。けれど、いまは不安にけしかけられるように急ぎ足で歩いている。


 森の中の一本道。

 木の落とす影がいつもより不気味に思えた。ランシャルは村が見えてくると走るように早足になる。

 ランシャルがにぎる紙袋の中で飴がカラカラと音を立てていた。それは秒針の音に似てランシャルを急げ急げとあおるようだった。


 織物店を出たあとお菓子屋で悩みに悩んで選んだ飴。手のひらに乗るほど小さな紙袋の中には飴が5個。

 町の子が袋いっぱい買っているのを見たことがある。袋いっぱい分買っても今日は怒られないだろう。そう思ったけれど、止めた。そのかわり白くてふわふわの甘い菓子パソを2つ買った。


(お母さんと一緒に食べよう。お母さんどんな顔するかなぁ)


 母の喜ぶ顔を想像してランシャルは嬉しい気分で店を出た。そんな楽しい気分もいまはどこへやら。


「あっ、ラッド」


 村の入口に親友コンラッドの姿を見つけてランシャルは笑顔で駆け出した。


「ラン、お帰り」

「ただいま。待っててくれたの?」

「うん、町はどうだった?」


 ランシャルは少し嫌な顔をして首をすくめて見せた。


「まだ噂してた?」

「うん」


 前日に町へ出かけていたコンラッドからその件を聞いていた。


「誰かになにか言われたのか?」

「うん、例のあいつら」

「ああ」


 思い当たる面々にコンラッドが眉間へシワを寄せる。

 ふたりは家へと歩きながら真剣な顔で話をしていた。


「あのこと、母ちゃんに話すのか?」


 ランシャルの様子を気にしながらコンラッドが王の死について聞くと、ランシャルは小さく唸った。


「僕の父さんが王様ってのは違うと思うけど。お母さんが王様を見知っててさ、すごく憧れてたとしたら・・・・・・ショックだよね」


「そうだな」


 コンラッドも真顔でうなずく。


「あなたのお父さんは王様なのよ、あなたは王子様なの」


 母が語って聞かせてくれたことをいまでは信じていなかった。でも、それは苦しい生活を明るく生きるための嘘だ。そう思ってランシャルは否定しないでいままで過ごしてきた。


 複雑な顔をしているランシャルを見てコンラッドが話を変える。


「あ、そうだ。おばさんにお礼言わないと」

「なに?」


 手を叩いて明るい声で言ったコンラッドをランシャルは見つめた。


「父ちゃんが領主様のとこで仕事してて手伝いに行ってるって話したろ?」

「うん、聞いた」

「おばさんのお陰で美味しいものにありつけたんだ」

「なんで?」


 嬉しそうなコンラッドにランシャルの表情も明るくなる。


「行儀がいいって誉められてさ、使用人の休憩所で残り物だけどって食事をもらえた」

「へーっ」

「めちゃくちゃ美味しかったし、マナーが良いって誉められた!」

「それは良かったね」


 笑顔になったランシャルを見てコンラッドの笑顔も増す。


「次の仕事ももらえたし、リアが下働きさせてもらえそうなんだ」


 弾むようなコンラッドの口ぶりをランシャルは笑いながら聞いていた。


「お前の妹なら行儀良さそうってさ。お前の母ちゃん口うるさくて厳しくてさ、文字とかマナーとかなんになるんだって思ってたけど、助かった」


 一気に話すコンラッドの嬉しそうな様子に、ランシャルも一緒になって笑った。


「お前の母ちゃんに足向けて寝れないな」


 母の厳しさに村の子供は誰も家に寄りつかなくなって久しい。いまでは遊びに来るのはコンラッドだけだ。


「そうだ、これ」

「ん?」


 コンラッドが頭に乗せた物を手に取るとそれは花冠だった。


「13才おめでとう。1日早いけどさ、俺からのプレゼント。買う金ないから・・・・・・こんなもんしか作れないけど」


 手先の不器用なコンラッドが作った不格好な花冠。不格好だけど嬉しくて、ランシャルは笑った。


「笑うなよ。これ、苦労したんだぞ」

「ありがとう」

「おう」


 そんな会話をしているうちにランシャルの家が見えてくる。村から少し離れた丘の上に小さな家がぽつんと建っていた。


「先に着いた方が勝ちー」

「あ、待ってよ」


 ゆるやかな坂道をコンラッドを追って我先にと走る。


「わぁ、負けたぁ」


 ランシャルが残念がるのを尻目にコンラッドが窓から家の中を覗き込む。中を見たままコンラッドの動きが止まった。


「どうかした?」


 ゆるりと後退したコンラッドの手が窓を指差す。なんだか様子が変だった。


「なに? どうしたの?」


 後ずさったコンラッドの顔を覗き込むと青ざめていた。


「・・・・・・なに?」


 なにか嫌な感じがした。

 わけもわからず、ただ、妙な胸騒ぎだけがしていた。


 ゆっくり家に近づいてドアを開ける。


「お母さん、ただい・・・・・・ま」


 ランシャルはそれ以上声が出せずに固まった。

 部屋の気配にゾッとして総毛だっていた。


(なに? これ・・・・・・嘘だ)


 頭の中を同じ言葉がリピートしている。


(・・・・・・嘘だ。なに? これ)


 最初、ランシャルには赤い花びらが散っているように見えた。

 花びらが散った部屋の中で母が目を見開いて椅子に座っている。そう思った。

 持っていないはずの赤い服を着て、口紅をさしたことのない唇を赤くしてこちらを見ている。そう錯覚した。


「お母・・・・・・さ」


 ガクガクと震えながらランシャルは後ずさった。

 錯覚する目とは裏腹に体が危険を感知している。危険信号が足をすくませた。


(死んでる? まさか、そんな!)


 怖くて信じられなくて足が逃げる。こちらを見つめる母と目を合わせながらランシャルは外へと後ずさっていった。


 外は明るくて、家のなかが闇のように思えた。

 背を外に向けたまま立ち尽くすランシャルのその襟首を誰かがつかんだ。とたんに後ろへ引かれた。


(・・・・・・ッ!?)


 強い力で勢いよく後ろに引かれ、ランシャルの体が中に舞う。




 ランシャルはゆっくりと流れる空を見ていた。

 さっき見た光景が嘘だと思えるほど、空は青く綺麗だった。





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