第2話 霊騎士《ガーディアン》

「王様って体弱かったのか?」

「さぁね」

「後ろからバッサリ切り殺されたそうだ」

「毒を盛られたって聞いたぞ」

「王妃様がやったって?」

「王族の誰かだって話だ」


 若い王の死は憶測の尾ひれがついて都から遠い東にあるこの町まで届いていた。


「次の王様はどんな人だろうな」

「子供が継ぐんじゃ?」

「馬鹿だな、ドラゴンが決めるんだ。それに王様には子供はいないよ」


 道のあちこちで大人たちが噂をしている。ランシャルは聞くとはなしに聞きながら黙々と歩いていた。


「先の王様みたいに農民に優しい人だといいが」

「どうせ汚い事をしてるやつらの反感を買ってまた殺されちまうよ」


 荷物を背負って歩くランシャルに大人たちの会話がいくつも降ってくる。

 ランシャルは顔をうつむかせてそっと歩き続けていた。噂話の矛先がこちらに向かないように、できるだけ気配を殺して歩く。でも、呼び止められたらそうもいかない。


「おい! 王子様」


 かけられた声にびくりと肩を震わせたもののランシャルは足を止めない。彼にかけられた声に意地悪さが漂っていた。


「おい、止まれよランシャル」

「庶民の声には耳を貸さないんですか? あ?」


 視線を地面に落としたままランシャルは歩き続ける。

 声でわかる。

 相手は16・7才の少年たち、12才で小柄なランシャルに勝ち目はない。聞こえないふりをして無視する。いままでランシャルは戦わない事を選択してきた。


「頭のいかれた母ちゃんはどうしてる?」

「お迎えが来るって厚化粧でもしてるか?」


 ゲラゲラと笑い声が取り囲む。それでも無視を続けた。


「父ちゃんの葬式の案内届いたか?」

「届くわけないよな」

「いかれ頭の母ちゃんが言ってるだけだもんな」


 嘲笑する声にランシャルは背負った荷物のひもをぎゅっと握った。


(母さんはいかれてなんかないッ)


 心のなかで反論の声を上げなら奥歯を噛む。


「王様は殺されたんだってよ。お前のとこにも殺し屋が来るんじゃないか?」

「ああ、怖い怖い」


 からかう少年たちがどっと笑った。


「あんた達! バカなこと言ってないで親の手伝いでもしてきな」


 店先から見ていた貫禄のある女店主に怒鳴られて、少年たちは囃し立てながら逃げていった。


「まったく、霊騎士ガーディアンがどこで聞いてるかわかりゃしないのに」


 呆れ顔の女店主は奥へ引っ込む前にそう言った。


(ガーディアン?)


 顔を上げたランシャルは、ちらちらとこちらに目をやる大人達に気づいてまたうつむいた。


「あの子だろ? 例の王子様」


 噂話のせいでいつもよりも奇異な視線がランシャルへ注がれる。

 少し頭のおかしい母を持つ少年。いままではただそれだけだったのに、今日はずいぶん居心地が悪い。


霊騎士ガーディアンを見たってやつがいたが・・・・・・。まさかな」


 初めて聞く単語が気にかかる。


(何だろう?)


 守護神ガーディアンと聞けば頼もしい味方のようだが、大人たちからは不気味な印象を感じる。言葉の意味を知らないランシャルには不気味さだけが届いた。


 ランシャルはその言葉の意味が気になりながらも尋ねることはせずにやり過ごした。母が仕上げた織物を店へ届けるのが先決だ。




  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




「はい」

「え? こんなに?」


 店主から代金を手渡されてランシャルは目を丸くした。


「お母さん頑張ってくれたな。凄く込み入った柄を綺麗に仕上げてくれたから、色をつけておいたよ」


 帰りにお菓子を買っても良いと言った母の言葉を思い出して、ランシャルは自然と笑顔になった。


「確か、あんたの誕生日は明日だったね」


 主人に続けてその妻もランシャルに声をかける。


「コインを1つ足してあげるから、なにか甘いものでも買ってお食べ」

「いいんですか?」


 まごつくランシャルに店主夫婦はにこにこと笑顔を返した。


「都の格式ある柄を織れるのはあんたの母さんくらいだもの」

「高く売れてこっちも助かってるんだ。これくらいは、なぁ」


 夫婦が顔をあわせてうなづき交わす。


「ありがとうございます」


 母を誉められてランシャルの表情がぱっと明るくなった。嬉しくて気恥ずかしくて、はにかむランシャルはうつ向いた。


霊騎士ガーディアンが出たっていうから、気をつけるんだよ」


 また出てきた例の言葉にランシャルは顔を上げる。


「あの・・・・・・霊騎士ってなんですか?」


 ランシャルの問いに夫婦が声をひそめた。


「この町から近くの村に新王様がいるらしい」

「新王・・・・・・様?」


 話の繋がりが見えずぽかんと見つめるランシャルに、夫婦の声はさらに小さくなった。


「新しい王様を守って王宮に連れていく者たちさ」

「守ってくれるの?」


 守ってくれると言いながら恐れているような店主たちにランシャルは首をかしげた。


「彼らはまっすぐ走る。邪魔になるものは切り捨てられるって噂だよ」

「恐ろしく足の早い馬に乗っていて、あっという間に目の前にやってくるそうだ」

「避ける間もなく殺られてしまうってさ」


 店主と妻が我先にと噂話を聞かせてくれる。


「印を持った者が王にふさわしくなければ・・・・・・殺すって話も」


 怪談話のようなうすら寒い話に、ランシャルは口を真一文字にして店主たちを見上げていた。


「なんにしたって彼らは幽霊さ。関わるもんじゃないよ」


 妻に続いて声を落とした店主が言った。

 顔を近づけて、真顔で。


ドラゴンの呪いで生かされたしかばねだ。影のように真っ黒でボロボロの身なりをしているって話だ」


 ランシャルの頭のなかで黒いもやのような霊騎士ガーディアンが不気味に浮かび上がる。店主のおどろおどろしい口調にランシャルは身震いした。


「もぉ、あんたッ。よしなさいよ」


 妻に突っ込まれた店主が楽しそうに笑う。


「すまんすまん。怖がる顔が可愛いからつい」

「とにかく、気をつけてお帰り。遠い町の兵士もうろついてるって聞くし、物騒だからね」




 ふたりに頭を下げて店を出る。


霊騎士ガーディアン


 2つの相反する印象を持つ言葉。

 それはランシャルの心に強く残って、聞こえるはずもないひづめの音がどこからともなく近づいてくるように思えた。





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