王殺し
天猫 鳴
第1話 王の死
「聞いたか?」
「王様が死んだって?」
「まだ若いのに急な話だねぇ」
王が、死んだ。
あの日、あの夜。
西から東へ空を駆けた光は少年の体へ舞い降りた。
音をひそめて、そっと。
粗末ながら寝心地良いベッドで眠るランシャルのその体に、王の
それは痛みもなく、予言めいた夢も見せなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
王の命が絶たれたのは草木も息をひそめる月無しの夜。ランシャルの住む村から遠く遠く離れた王都でのこと。
王宮からまっすぐに天へと伸びる黄金の光は都を昼のように明るく照らし、多くの人々がそれを目にした。
起きていた者は外の光に驚いて飛び出し、眠っていた者は頭の中に響いた音に目を覚ました。
「あれは・・・・・・
「王様がお亡くなりになられた!」
驚きと不安を胸に見つめる先で、光は全て天へと昇り、しばらく留まってから空を駆けた。それは「行くべき場所を見つけた」と、竜が言ったように感じるほどまっすぐな軌跡を描いて。
人々が王宮へ手を合わせ
「王妃様が泣いてらっしゃる」
「なんと意外な」
「しっ! シリウス様だ」
噂をしていた使用人たちが壁際に並ぶ。
王付きの護衛隊隊長シリウスが、部下4人を伴って歩いてくる姿が見えていた。
「王様は? 王妃様はどうしてる?」
シリウスに問われて使用人たちの視線が王の寝室へ向く。
「王妃様は・・・・・・あの、その」
「ベッドに、ベッドに安置された・・・・・・王様のそばにいらっしゃいます」
安置と聞いてシリウスは部下たちと目を合わせた。あの光はやはり間違うことなくそういう事だったのだと頷き合う。
入室の声掛けを済ませて中へ入ると、奥にあるベッドの脇で王妃が泣いていた。
(泣くほどの愛があったとは)
シリウスと部下の表情に意外さとわずかに
「こんなに早く
言った王妃の声が震えている。それは悲しみに揺らぐ声ではなく怒りからの震えだと彼らにはわかった。
「王様のお顔を確認させてください」
王妃にかまわず、シリウスはそう言ってベッドへ近づいた。
息を確かめて王の上着の胸元を開ける。そこにあるはずの
「我々は新王をお迎えしに行かねばなりません」
淡々としたシリウスの言葉に王妃が噛みつく。
「もう行くのか!? 王が死んだばかりだというのに!?」
寝室に響き渡る彼女の声にシリウスはたじろぐことはなかった。
「玉座は長く空けておくわけにはいきませんから」
感情を抑えたシリウスの声、その表情に王妃はこぶしを震わせた。
「せいぜいゆっくりと探すといいわ」
シリウスは王妃に頭を下げて部屋を出ていった。その背に王妃の声が投げつけられる。
「その者が玉座に収まるまで、私がこの国を治めていてあげるから」
王妃は胸を張り堂々と宣言する。
彼女は王より5つ年上の38才。派手に暮らせるこの地位から退くきなどさらさらなかった。
ドアが閉まりシリウスたちの姿が見えなくなると王妃は部屋に声をかけた。
「いるんでしょ? さっさと行って彼らの邪魔をして! 印を持つ者を消してもかまわないわ」
何もいないはずの壁を影が走る。
「私は永遠にここに居るの、国を統べるのは私よ。そうでなければこんな面白味のない男のそばにいるものですかッ」
ベッドを蹴飛ばして王妃マリーヌは自室へと帰っていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
時を同じく、ある王族の館では光の行方よりも印を気にする者がいた。
「入れ」
執事が扉をノックするとすぐに主から返答があり、彼は静かに入室した。
「ギャレッド様、ご覧になられましたか?」
この時間に起きているのだから光に気づいているだろうと思いながら尋ねる。
「
唸る様な声に目をやって執事は驚き慌てて後ろを向いた。
80才を過ぎる年の主が全裸で仁王立ちしていた。こちらに背を向けた主の向こうに、若い娘が膝をついて座っている。
「し、失礼いたしました。私としたことが」
「待て」
見てはいけない光景を見てしまった。そう思い
「本当にどこにもないのだな!?」
「は、はい。ご主人様、印のようなものはどこにも」
顔を真っ赤にした使用人の娘は怯えた声でそう答えていた。
娘を追い出した主ギャレッドはガウンを羽織ると椅子にどかりと座った。
「光はどこへ行った?」
「東の方へ」
「では、私兵を送れ! 印を持つものを殺させよッ」
一瞬目を見開いた執事はふるえる様に首を横に振った。
「いけません。王を殺すなど、とんでもないことでございます」
「うるさいッ!」
この主が執事の助言に耳を貸すはずもない。
「ついでに、ここから東へ向かう道中の血筋の者たちも殺してしまえ」
「ギャレッド様ッ」
「全部あの
怒って立ち上がった主の形相に魔物の影を見て、執事は身を震わせた。
「いつまでも待たせおって!
上げた拳を震わせる主を恐れて執事は縮こまる。
「早く行け! 兵に伝えよ! 印を持つ者を皆殺しにしてこいと!!」
月無しの暗闇にしわがれた雄叫びが響く。
急かされた執事のように、方々で悪意のさざ波が東へと押し寄せ始めていた。
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