デート当日



 少しの間があった後、後ろの宵宮が肯定した。


「うん。嫌いだよ、雪。父さんが殺された日に降ってたから。だから雪が降りそうな日は極力外に出ない。任務でどうしてもって時は出るけどね」


 カチリと音がしてヘアアイロンのプラグが車のコンセントに差し込まれる。どうやら髪を巻いてくれるらしい。

 ヘアアイロンが温まるまでの間、仄香は振り向いて宵宮を見た。


「雪降る日、いつもは外に出ないのに、今日はわざわざ出てきてくれたんですか?」

「先にほのぴと約束してたからねー」

「……宵宮先輩、やっぱり優しいですね」

「面白がってるだけだよ。ほのぴと高秋のデート、どう転ぶのかなってワクワクしちゃって。僕がこんな寒い日にわざわざ外出てまでお手伝いするんだから、後でいい報告聞かせてね?」

「が、頑張ります」


 意気込みながら、宵宮は本当に大丈夫だろうかとチラ見する。

 平気そうにしているが、目の前で親を殺されるというのは相当酷な経験だったはずだ。しかも、当時の宵宮は中学生で、まだ未熟な年齢。多感な時期に経験した両親の死は、人生の後々まで続くトラウマになっていてもおかしくはない。


(話を聞いてた限り、宵宮先輩がテロなんてことを考えるようになったのも、結局はトラウマが原因のように思えるし……)


 宵宮のトラウマにアプローチできれば何か変わるのかもしれないが、過去の出来事自体は変えられない。

 ううんと長く悩んでいるうちに、宵宮が「できたよ」と声をかけてくれた。

 鏡を二つ使用して自分の後ろ姿を映す。希望した通りのハーフアップアレンジだ。


「初めてこんなに髪の毛ふわふわさせました!」

「あはは、元カノが置いてったヘアアイロン残しといてよかった~」

「え、それ元カノさんのものなんですか!? 宵宮先輩、彼女大切にするようには見えないし、怨念とかこもってそう……」

「ほのぴ、何気にいつも僕に対して失礼だよね?」

「いたたたたたすみません」


 素直な気持ちを言葉にしてしまったせいで両頬を抓られた。

 頬から手を離された後、「先輩、ありがとうございます」と改めてお礼を言う。

 長年片思いしていた人とのデートなので朝から緊張していたが、宵宮と話せたおかげで少し肩の力が抜けた気がする。


「じゃあデートの待ち合わせ場所までは送ってくね。どこだっけ?」

「はい、よろしくお願いします! ひとまずここの映画館の近くの駅でおろしてもらえたら助かります。うおお、頑張るぞ……!」

「受験生のような張り切り様だなあ」

「気持ち的にはそんな感じです。『必勝!』っていう文字付いたハチマキ頭に付けた方がいいですかね? 私が武塔峰の受験勉強の時に付けてたやつ」

「目立つからやめてあげて」


 宵宮はくっくっとおかしそうに笑いながら、車を発進させた。



 ◆



 志波との待ち合わせ時刻は、午後十二時半。

 待ち合わせよりうんと早く来てトイレで何度も身嗜みチェックをしていた仄香は、いざ五分前に志波と合流すると、その美しさに惚れ惚れしてしまった。


「おはよう」

「かっっっっっこいい…………」


 挨拶すらうまく返せなかった。

 両手で口元を覆い、感動しながら志波の私服姿に熱視線を送る。


 分かっていたことだが、久しぶりに会うと――やはりかっこいい。

 会っていない間は脳内で美化されているはずだ。しかし志波は会うたび期待を上回る美貌で仄香の心を殴りつけてくる。一発K.Oだった。


「服装がいつもと違うな」

「は、はい。志波先輩とその、デートなので、ちょっとお洒落を頑張ってみました」


 本当はちょっとどころではなく、咲や宵宮に協力してもらってまでこの日のために頑張ってきた。

 志波の視線が仄香の姿を観察するためか上から下まで移動する。何を言われるだろうとドキドキしすぎて目を瞑っていると、志波が無言で仄香の手を取った。


「えっ」


 手と手が繋がれている状態だ。しかも恋人繋ぎである。

 心底動揺して足をガクガクさせる仄香を他所に、志波は目的地へ向かって歩き出した。震える足で付いていくだけでも精一杯だ。


「…………」

「今日はおとなしいな。いつも好きだ何だとうるさいくせに」

「て、て、て、手が……」

「手?」

「手……繋がれてるので……」


 消え入りそうな声で俯きながら答えた仄香に、志波はようやく合点がいったようだった。


「ああ、緊張しているのか」

「お恥ずかしい話、好きな人と手を繋ぐのが初めてでして……」

「何を照れてる? 君が送ってきた希望スケジュールに書いてあったことだろ」


 仄香は一週間前、咲に勧められて、志波にあらかじめ行きたい場所についての希望を送ってあった。その中にささやかな希望として、〝できればどこかのタイミングで手を繋いで歩きたいです〟と書いておいたのだ。まさか本当に叶えてくれるとは思っていなかったので幸福を噛みしめる。


「しあわせすぎてしにそう……」

「勝手に死なれたら困る。君は俺が殺す」


 何だか物騒なことを言われた気がするが、気のせいということにして歩み続けた。



 昼食は仄香の希望通り、駅近くのお洒落なカフェのランチセットになった。

 ガレットとクレープで有名な人気店なのだが、昼時にも拘らず到着するなりすぐ席に案内されて驚く。もしかすると予約を取ってくれていたのだろうかとじろじろ志波を見ると、突然「ああ」と返事された。


「……今、心読みました?」

「俺に読心能力はない。君が分かりやすすぎるだけだ」


 志波には仄香の思考などお見通しらしい。

 仄香はサーモンとルッコラのガレットとやらを注文し、志波はローストビーフとマッシュルームのガレットを頼んでいた。


「君は、服装が変わると雰囲気が変わるな」


 ガレットが届くまでの間、じっと見つめられる。

 仄香は照れながら顔にかかった髪を耳にかけた。


「そういえば、私服見せるの初めてかもしれませんね。志波先輩と会う時は、ずっと制服だったから……」

「髪型も違う」

「巻いてもらったんです。先輩に可愛く見られたくて」


 鏡で姿をチェックした時、我ながらいつもよりずっと女の子らしいと思った。志波も少しはそう思ってくれているのではないだろうか。

 期待しつつちらりと正面の志波を見上げる。

 志波は仄香の心境を見透かすように薄く笑った。


「言わせたいのか?」


 そう簡単に褒めてはくれないらしい。

 分かっていてその言葉をくれない志波はなかなか意地悪だと思う。


 そのうちガレットが運ばれてきた。生地はサクサクで噂通りおいしい。

 目の前の志波はナイフとフォークを使って器用にガレットを食べている。その綺麗な食べ方から、育ちがいいんだろうなと感じられた。

 異犯ファンクラブが調べた情報によると、志波の父親は警視総監で、母は名の知れた教授だという。警視総監は言わずもがな、今どきの研究職も国の方針で多職種と比べてかなり年収が高い。

 おそらくこの志波高秋という人間は、仄香とは金銭感覚があまり合わないことが予想される。


「志波先輩って、多分結構お坊ちゃんですよね……?」


 不安に感じて聞いてみた。


「よく考えたらこんな一般的なランチに連れてきてよかったのかなって、今後悔しているところです」

「食事にそこまでの拘りはない。君が食べたいものでいい」

「でも、志波先輩が楽しんでくれないと意味ないし……」

「俺は君という生き物を観察しているだけで楽しい」

「生き物……」


 やはり人間扱いしてもらえていない気がしてショックだが、志波が楽しいならそれでいいかと無理やり自分を納得させ、ガレットをひたすら口に含んだ。



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