デートプラン



 師走がやってきた。

 今日も外を本格的な冬の到来を感じさせる冷たい風が吹いている。東京はちらほら雪が降る日もあり、積もる程ではないものの朝も夜も底冷えしていた。

 そんな中――寮の一室で、仄香は絶叫する。


「あああっ! 取れない……!」


 本当は東京都で一番有名な遊園地に行きたかったのだが、さすがクリスマス、チケットは既に完売していた。

 パソコンの前で項垂れる仄香を見て、咲が「あんたまだ取ってなかったの?」と言いたげな顔をする。咲には何度も遊園地に行きたいという話をしていたため、てっきりもう準備しているものと思っていたのだろう。


「近所の美容室の予約じゃないんだから、クリスマス当日チケットなんてかなり前から準備してないと取れないわよ」

「遊園地なんて一度も行ったことないから分からなかった……」

「ま、まぁ、仕方ないわ。別に遊園地に拘らなくても、他にもいっぱいあるでしょ、デート場所なんて」


 幼い頃は貧乏で、家族でお出かけなどしたことのない仄香の生い立ちをうっすら想像したのか、咲が少し気まずそうに背中を叩いて励ましてくる。


「このデートプランも考え直さなきゃな……」


 仄香が端末にメモしたデートのためのタイムスケジュールを悲しい気持ちで眺めていると、咲が覗き込んできた。


 〝15:05 悪の組織に襲われる〟


「何で悪の組織に襲われることがデートの予定に組み込まれてんのよっ!?」

「い、いいじゃん妄想するくらい!」

「〝15:38 志波先輩が組織を倒す〟!? 最早内容にはツッコまないけど、分刻みなのこれ!?」


 得意げに頷くと、その部分を無言で消された。

 やはり、妄想ノートのようなノリでデートのスケジュールを考えるのはまずいらしい。


「デートは遠足じゃなくて二人で楽しむものだし、ここまで厳密にスケジュール組まなくても、ざっと行くところと順番だけ決めておいたら? もしくは、行きたいところの希望だけまとめて志波さんに連絡するとか……。あの人なら上手く調整してリードしてくれるでしょ」

「志波先輩の手を煩わせるなんて恐れ多いよ」

「大丈夫だって、向こう大人だし。年下なんだから少しくらい甘えた方が可愛げあるかもよ? それに、男ってのは頼られると気持ちよくなるもんなの」

「そう……かなあ」


 うーん、と少し悩みつつ、咲の言葉に背中を押されて志波の連絡先を開いてみる。

 志波としてみたいこと、志波と行きたい場所について厳選して十個程候補を挙げてから、あまり多く送っても一日では対応しきれず困らせてしまうかもと思い、いくつか消して送信した。



 ◆



 あっという間にクリスマス前日がやってきた。

 武塔峰は冬休みに入った。外出許可を得て家族と泊まりの旅行に出かけた咲と違い、イブとはいえ特に予定がない仄香はトレーニングジムに行っていた。


(最近いいペースで筋トレできてるかも)


 朝はランニング、昼は冬休みの宿題や異能力を扱う練習、夜は筋トレ、政治についての情報収集――といういいルーティンができている。

 特に政治については熱心に調べた。無能力者優遇の風潮がある今の政治を、どうにか大量虐殺以外の方法で変える手段があれば、宵宮もそちらにシフトしてくれるかもしれないと思ったからだ。

 政治については宵宮の話を聞くまで全く興味がなかった分野である。そのため、最初は授業で習っていない新しい制度や言葉の意味などが理解できず難しかった。調べながら進めていくうちに、ようやく日々のニュースの内容が分かってくるようになった今日この頃だ。


「おい」


 ジムから出てすぐある休憩所で水分補給していると、突然尚弥に声をかけられる。


「な……何?」


 結局尚弥との体の関係は続いてしまっているので、イブにまで迫られるのだろうかと少し警戒しながら返事する。

 しかし、尚弥がしてきたのは意外な行動だった。


「これ、お前と茜で食べろ」


 差し出されたのはケーキの箱である。

 受け取って中を覗くとショートケーキが二つ入っていた。


「……何のつもり?」

「イブだろ」

「だからくれるってこと?」


 こんなこと、これまでしてきたことなかったのにと不審に思った。


「俺がケーキやっちゃおかしいかよ」

「何か企んでるとかじゃないよね?」

「あ?」


 鋭い目付きで威嚇され、「ひぃっ」と悲鳴が漏れる。


「ご、ごめん。ありがとう。茜ちゃんのところに持っていっとくね」

「お前さ」


 これ以上話していてもまたいじめられそうなのでそそくさとその場を去ろうとした仄香だが、尚弥に二の腕を掴んで止められた。


「茜と仲良くしろよ」

「……? うん」

「茜のこと、ちゃんと見とけ」


 言われなくても、茜と仲が悪かったことなどない。

 何故そんなことを言うのだろうと不思議に思っているうちに、尚弥の方が先に去っていってしまった。



(どういう意味だったんだろう……)


 ケーキの箱を抱えたまま研究棟へ向かう。

 茜とは冬休み前の授業で何度も会っているし、その時何か変わったことがあったかと言えばそんなことは全くない。いつも通りのマイペースで研究オタクな茜だった。

 強いて言えば、仄香があげたネックレスを嬉しそうに毎日付けてくれているくらいだ。


「茜ちゃん、入るね」


 茜が四六時中籠もっている研究室の戸をノックしてから中に入る。

 茜は仄香を見た瞬間顔を綻ばせたが、その目の下にクマができていて気になった。


「どうしたの……? おねえちゃん。冬休みなのに……」

「尚弥からケーキもらったんだ。一緒に食べない?」

「尚弥が……? ふうん。一緒に来ればよかったのに」

「謎だよね」


 本当に謎だ。しかも、わざわざ茜と仄香の好きなショートケーキ。ちゃんと好みまで考えて買ってくれている。

 茜が立ち上がってふらふら歩きながら紅茶を入れようとするので、慌てて仄香が代わった。ティーパックをカップに入れてお湯を注ぎながら、茜を振り向いて問う。


「茜ちゃんはクリスマスもここにいる予定なの?」

「うん……。研究はわたしの趣味だし、生きがいみたいなものだから……」

「……茜は楽しくやってるのに水さすようで申し訳ないんだけど、少し休む日を作ってもいいんじゃない? ちゃんと寝てる? 姉としては心配だよ」


 ティーカップをテーブルに置き、茜の顔色を窺う。

 やはり少し疲れているように見えた。


(尚弥は私よりも早く茜の変化に気付いて、心配してたのかも)


「おねえちゃん、わたしのこと心配してくれてるの……?」

「そりゃ心配だよ。体調崩したら研究もできなくなっちゃうんだから、食事と睡眠はちゃんと取ってね?」

「……うん。おねえちゃんが言うなら」


 茜が少し照れたように頬を染めて俯く。

 そして、紅茶を一口飲んだ後ゆっくりと顔を上げて聞いてきた。


「あの、さ。おねえちゃん。明日って予定ある……?」

「明日? う、うん。実は、志波先輩と出かける用事があるんだ」


 そういえば、茜にこのことを打ち明けるのは初めてだ。

 隠していたわけではないのだが、研究授業の時はどうしても学術的な話が中心になるので、そこに呑気な恋愛話をぶち込むわけにもいかなかったのだ。



 ――その時、茜の表情がすっと剥がれ落ちた。



「……デートってこと?」




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