第8話 暴虐のヴィルヘルミーネ
「ヴァルター様じゃねえか!」
「おわっ!?」
状況を整理しよう。
俺は小屋の外にいる騎士や、とんでもなく強いらしい聖騎士に対処するために、【魔王召喚】という力を用いて『魔王ヴィルヘルミーネ・ノイラ・シッテンヘルム』を召喚した。
しかし、召喚した直後に、彼女の召喚直後の忠誠度がとても低いことに気付く。
すわ戦闘か。
そう思えた直後、俺はいきなり彼女からそれはもう熱いハグをくらったのだ。
……うん分からん。ドユコト?
「マジモンのヴァルター様じゃねえか! うおぉぉ……!」
件のヴィルヘルミーネは、未だ俺に抱き着きながら、訳の分からんことを喋っている。
そして、当然だが抱き着かれているので、俺とヴィルヘルミーネの顔はほぼゼロ距離と言ってもいい。
つまり、俺の視界いっぱいにヴィルヘルミーネの美貌が映ると言うことだ。
「ちょ、いったん離れて!?」
「おっとっと……」
俺は思わずヴィルヘルミーネを突き飛ばしてしまう。
条件反射で思わず力いっぱい話してしまったのだが、ヴィルヘルミーネは二歩後ろに下がっただけで、すぐに体勢を整えていた。
「あ、す、すまない……」
「あ? ハハッ! ヴァルター様が謝られる必要はないぜ。アタシが感極まって抱き着いちまっただけだからな!」
ヴィルヘルミーネは女性にしては低い声で、快活にそう言い放った。
その様子は俺が突き放したことは本当に気にしていないようで、俺はほっと胸を撫で下ろす。
しかし、俺の胸の激しい高鳴りはまだ鳴りやむ様子がなかった。
俺は、女性が苦手なのだ。
俺の両親はそれはそれは堅物で、なんと大学生になるまで、俺に異性との接触を禁じたのである。
今時、というかどんな時代でもそんな堅物はいないだろうが、学生時代の俺はその縛りに馬鹿正直に従ってしまい――従わなければ躾という名の暴力が飛ぶので――当然の如く、女性が苦手な成人男性が出来上がったのである。
Q.そんな奴が女性に抱き着かれたらどうなる?
A.錯乱して女性を突き飛ばす。
(……いや、もうちょっとやりようはあっただろ……。自分がしたことだけど)
「ねぇ……」
「ん……?」
自分の行いを反省していると、後ろから小さい声が聞こえた。
振り返れば、恐る恐ると言った様子でセレーズがヴィルヘルミーネを見つめている。
「なんか……あんたが言ってたことと違わない? この人、あんたに従わないはずじゃなかったの……?」
確かに、それはそうだ。
ヴィルヘルミーネの初期忠誠度は『5』のはずだ。
だというのに、ヴィルヘルミーネは俺を見るなり抱き着いてきて、果てには俺に会えて感極まってしまったと言っていた。
「ん? どうした、ヴァルター様?」
現に今も、ニコニコとした人懐っこい笑みでこちらを見ているし、腰に生えた人の胴体程ある尻尾もぶんぶんと楽しそうに振られている。
こちらに忠誠心を持っている、とまではいかないが、明らかに好意を持っているのは間違いないだろう。
「……ヴィルヘルミーネ、だよな?」
「あぁ? ハハッ、もちろんだろ? それとも、
「いつもの……?」
ヴィルヘルミーネの言葉に小さい違和感を覚えたものの、ヴィルヘルミーネがかしこまった態度に改めたことでそちらに意識が向いてしまう。
「……我は、暴虐、残虐の魔王、ヴィルヘルミーネ・ノイラ・シッテンヘルム。この力、扱えるものなら扱って見せろ。相手が何であれ、粉砕する」
「ひぃ……!?」
先ほどまでの人懐っこい笑顔から一転、その顔は絶対零度を思わせる冷酷さに染まり、とてつもない威圧感を放っていた。
俺の後ろからセレーズの情けない声が聞こえる程だ。
俺もセレーズの前でかっこつけなければいけないという状況じゃなければ、思わずへたり込んでしまう程だろう。
流石は、魔王の貫録というべきか。
「……なんてな! アタシたちの付き合いだ、今更こんな口上いらないだろ?」
「はぇ……?」
だがそれも一瞬、ヴィルヘルミーネは再度天真爛漫な笑顔に戻り、先ほどまでの冷たい雰囲気は霧散した。
(『今更』……『アタシたちの付き合い』……?)
どうにも、ヴィルヘルミーネの言葉にはひっかかる所がある。
まるで、俺たちが古い付き合いのような、そんな言い方だ。
しかし、そんなことはありえないはずだ。
確かに、俺は『魔帝国グリントリンゲン』をプレイする際はヴィルヘルミーネを必ず最初に召喚すると決めているが、ミレナリズムというゲームはストラテジーゲーム。
昨今のRPGのような『二週目要素』といったシステムは存在しない。
例え俺がヴィルヘルミーネの忠誠度を頑張って100まで上げたところで、新しくゲームを始めれば、彼女の忠誠度は5からのスタートとなる。これは当たり前のことだ。
「どうした? ヴァルター様。貴方の命令ならこのヴィルヘルミーネ、なんだって壊してやるぜ?」
だというのに、目の前で楽しそうに武器をぶん回すヴィルヘルミーネは、明らかに好意的だ。
「……ヴィルヘルミーネ」
「お、なんだ?」
ヴィルヘルミーネの名を呼ぶ。すると彼女は分かりやすく顔をパァッと明るくさせると、一歩こちらへ近づいてきた。
俺は高鳴る鼓動を必死に抑えながらも、冷静に努める。
「お前は……我が分かるのか?」
「ん……? どういう意味だ? そりゃ、分かるだろ。何回ヴァルター様と世界を支配したと思ってるんだ」
ヴィルヘルミーネはケラケラと笑う。
間違いない。彼女は俺とのプレイ記録を有している。
彼女を指導者ではなくただの軍事ユニットとして扱えるのは『魔帝国グリントリンゲン』のみ。
そして、少なくとも俺が死ぬ時までは、その国家を扱えるのは俺だけだったはずだ。
(どういうことだ……? 彼女はただのゲームのキャラ、そのはずだ……。だというのにこの言動、まるで……)
「あ~……あ! なるほど、そういうことか!」
「……?」
「ちょっと、失礼するぜ」
俺がうんうんと唸っていると、ヴィルヘルミーネは何かを思いついた様子で更に顔の距離を近づける。
「な、なにを……」
俺の戸惑いの声にも構わず、ヴィルヘルミーネはその艶やかな唇を俺の右耳に近づける。
ちょ、ちょっと!? リアルタイムASMR!?
生前一度も経験したことのない異性との急接近に、俺の心臓はそのまま破裂するんじゃないかと思える程激しく鼓動していた。
しかし――
「……勿論、アタシは貴方のことを分かっているぜ。アタシ唯一の主、至高なる尊きお方……
――
「――――な、んで」
いつの間にか、俺の心臓は止まったかと思えるほど平静になっていた。
いや、もしかしたら本当に止まったのかもしれない。
今の俺の驚きは、そう表現するに相応しいものだった。
何故なら、彼女が囁いたその人名は、俺の前世のものだったからだ。
▼▼▼▼▼▼
「ハハッ! これで理解してもらえたか?」
一ノ瀬徹。
その名前の人物はとても退屈な性格で、周りに流されることしかできない滅茶苦茶つまらない奴だ。
……まぁ、俺なんだが。
ゲームのキャラであるヴィルヘルミーネが俺の名前を知っている理由は、相変わらず分からない。
しかし、納得するかどうかを脇に置いて、そういうものなのだと理解すると、色々辻褄が合う。
俺はヴィルヘルミーネが好きだ。
そのため、『魔帝国グリントリンゲン』でプレイする際は必ずと言って良いほどヴィルヘルミーネを使っているし、毎プレイ彼女の忠誠度はMAXにしていた。
これは自分に縛った縛りでもあり、自己満足に過ぎないが。
しかし俺のそのプレイスタイルのお陰で、この世界で俺によって召喚されたヴィルヘルミーネは最初から忠誠度が高い状態でこの世界に顕現した。
そう考えることができる。
……突飛な意見だと思えるが、そもそも異世界に転生している時点で俺の常識は無いようなもんだ。今はそうと考えておくしかできない。
「とりあえず、ヴィルヘルミーネ……。お前は今、俺に反旗を翻そうとか、そんなことは思ってないってことでいいか?」
「は? そんな訳ないだろ? アタシがトオ……いや、ヴァルター様を裏切るなんて……。考えるだけで寒気がする」
「そうか……」
ヴィルヘルミーネの顔を見る。
人を見る目に自信がある訳ではないが、恐らく彼女は嘘をついていない。
それに、現に彼女は俺の名前を的確に言ってみせたのだ。ここは彼女の言い分は信じるべきだろう。
……そう考えると、胸の奥が軽くなった。
ヴィルヘルミーネは、俺が最も信を置く軍事ユニットだ。とりあえずコイツがいれば戦争はどうにかなるとまで思っている。
そんな彼女がこういった形で召喚されたのは喜ばしいし、頼もしい。
……それに、本音を言えば、自分の好みドストライクな美女に好意を寄せられると言うのは、シンプルに心躍る。
前世では体験できなかったむずがゆい感情だ。
「ちょ、ちょっとあんた!」
「ん?」
心の中でヴィルヘルミーネについて一段落していると、裾をちょいちょいと惹かれる。
視線を後ろにやると、セレーズが何が起こっているのか分からない、と言った顔でこちらを見ていた。
「結局、どうなったの? 大丈夫なの?」
「ああ。ヴィルヘルミーネは我の忠実な配下……らしい」
「らしい……って。そうだって言ってんだろ? ……あぁ~、じゃあよ」
ヴィルヘルミーネはそこで言葉を止めると、人懐っこい笑みから一転、魔王のような威圧感たっぷりの表情へと変えた。
「至高なる魔帝、ヴァルター様を『あんた』呼ばわりするその小娘を殺しゃあ、アタシがヴァルター様に忠誠を誓っているって分かってくれるか?」
「――ひ、ぃ」
セレーズの口から、この世の終わりのような悲鳴が漏れ出る。
正直、俺も同じ気持ちだ。震えそうになる膝を全精神を使って必死に食い止めていた。
なんだか、部屋の温度が10度は下がったような気がする。
「ま、待て。ヴィルヘルミーネ、武器を下げろ」
「でもよぉ……さっきから聞いてればその娘、ヴァルター様に不敬極まりない態度を……」
「い、いいんだ。この者はセレーズ。我の命の恩人だ。だから彼女の無礼は許してやって欲しい」
誤魔化すように言った言葉だったが、それは俺の本心であった。
セレーズは俺の恩人。俺が魔帝だからといって変にへりくだったりしないで欲しい。対等な関係でいたいのだ。
「この娘が? ヴァルター様の命の恩人……?」
ヴィルヘルミーネはしばらく眉間に皺をよせ、セレーズをじろりと睨んでいたが――
「ハッハ! お前、ちっさいくせにやるじゃねえか!」
またもや無邪気な笑みを見せ、セレーズの背中をバンと叩いた。
「いったぁ~~~い! というか、ちっさくない!」
彼女の言う通り、セレーズは年相応の身長でそこまで低い訳ではないが、如何せんヴィルヘルミーネの身長は公式設定だと186cmだ。
ヴィルヘルミーネにとっては大体の人間は『ちっさい』だろう。
――ドンドン!
場の雰囲気が和らいだと思った瞬間、ドアが乱暴に叩かれる音が部屋に響く。
「あ? 来客か? ってか、なんでヴァルター様は診療所の中にいんだ? いつもの宮城じゃねえのか」
「あぁ……色々あってな」
「ああああ……! さっきの騎士たちよ! 私たちを殺しにきたんだわ……!」
「……そう言えば、そうだったな」
ヴィルヘルミーネとの濃密な邂逅シーンのせいで、今俺たちが騎士たちに囲まれているというのをすっかり忘れていた。
「騎士? 殺しにきた? 何の話だ?」
たった今召喚され、今の状況を理解していないヴィルヘルミーネが首を傾げる。
「建物の外にいる連中が、お前を召喚した理由だ、ヴィルヘルミーネ」
俺がそう言うと、ヴィルヘルミーネは一瞬ぽかんとした表情を作ったが、言葉の意味を理解したのか、獲物を見つけた肉食獣のような好戦的な笑みを見せた。
「ハッハ! いいぜ、アタシはヴァルター様の武器だ。貴方が殺せと言うのならこのヴィルヘルミーネ、どんな敵だって殺し尽くしてやろう」
世界を統べるは我らが魔帝~魔王が伝説とされる世界にそれを越える魔帝として転生した~ 水本隼乃亮 @mizzu0720
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