第7話 魔王召喚
「聖騎士……?」
セレーズが発した言葉を思わず反芻してしまう。
また中二っぽいフレーズが出てきたな。
「ええ。シリース神聖王国に伝わる希少な剣、聖剣。女神に選ばれた人間にしか使えない聖剣を扱うシリース神聖王国最大の戦力、それが聖騎士よ」
「ふーん……」
セレーズは真剣に説明してくれているのだが、俺の反応は思わず淡泊になってしまう。
だってよくある設定じゃんね。めちゃくちゃ強い聖剣が伝わっていて、それは神に選ばれし者しか扱えない。
大体そんな奴はRPGの主人公と相場は決まっているんだが。
(待てよ? じゃああの禿げ頭のもはやおじいちゃんが実は主人公だったのか……?)
「あの見た目。きっと、『不落』のゴリアザルよ」
「ふ、不落?」
で、出たー! 誰かつけたのか分からん中二っぽい二つ名ー!
アニメとかでもよく見るけどこの二つ名って誰がつけてんのってなるやつー!
「ええ。どの戦場でも負けたことがないらしいわ。確か、数十年前の南方の魔族殲滅作戦でも大活躍したんだとか」
「……詳しいな」
「え!? え、ええ! お母さんに教わったの!」
「……そうか」
セレーズの見た目からしてただの農民だと思っていたが、実は教養のある家庭で育ったのだろうか。
(おっと、今は目の前のことに集中しないとな)
俺は意識をセレーズから禿げ頭の聖騎士――ゴリアザルに向ける。
セレーズの言い分を信じるなら、ゴリアザルはとても強いらしい。
集中した方がいいだろう。
……具体的にはどれくらい強いのだろうか。
「聖騎士というのはどれ程の力を持つのだ?」
「騎士百人よりも強い……ってお母さんは言ってたわ」
(強すぎだろ!)
ミレナリズムにも『聖騎士』というユニットは登場する。
宗教色の強いユニットで、確かに騎士よりは強いユニットではあるのだが……。
騎士の戦闘力【20】に対して聖騎士の戦闘力は【30】。
確かに騎士よりは強いが、百倍強いかと言われるとNOと言わざるを得ない。
とはいえ、聖騎士を除いても騎士は二十人以上はいる。
俺の魔術一撃で倒せるとはいえ、数の暴力に屈しないとは限らない。
しかし――。
騎士たちは、森の中にぽつんと建ってある明らかに怪しいこの小屋にとっくに気付いているだろう。
セレーズを守るために、ここは戦いは不可避だ。
「俺が行く。お前は隙を見て逃げ出せ」
俺は立ち上がり、小屋を出ようとして――
「ま、待ちなさいよ!」
再度セレーズに腕を引っ張られた。
「時間がない。きっと騎士たちはすぐにでもこの小屋へ突入してくるぞ。そうなるとお前を守り切れるか分からない」
「だ、だけど! 相手はあんなにいるのよ!? それにあんたの傷、完治してないじゃない! 自殺行為だわ!」
確かに、未だに背中からはズキズキと痛みが訴えかけている。
だが、ここで待っていてもいいことはない。
「うーんうーん……あっ!」
どうしたものかと悩んでいると、唸っていたセレーズがおもむろに顔を上げた。
「ど、どうした」
「聞いたことあるわ。この地に現れた魔王は強力な配下を召喚したって。あんたもそれ、できないの?」
「配下を、召喚……? ――! なるほど、それがあったか!」
セレーズの言葉で、俺はヴァルターとしての力を一つ思い出す。
きっとセレーズが言っているのは【魔将召喚】のことだ。
これはミレナリズムで魔王として登場する指導者ユニットが行えるスキルで、魔将と呼ばれる強力なユニットを召喚できるスキルだ。
「……面白くなってきたじゃないか」
しかし、魔帝たるヴァルターが行う召喚は一味違う。
それは、【
本来、他の国の指導者である魔王を召喚することが出来る力。
『魔王が指導者である全ての国で10回以上勝利する』ことで解放される魔帝国グリントリンゲン指導者、ヴァルター・クルズ・オイゲンらしい力だ。
「で、できるの?」
「ああ。今から魔王を召喚する」
「は!? え!? あ、あんた今魔王を召喚するって言った!?」
セレーズが心底驚いた顔で問い詰めてくるものの、今それに相手している時間はない。
本来、【魔王召喚】のためには『魔力』や『資材』などが必要だが、今の俺にあるのは魔力だけなので、普段より多くの魔力を使うことで資材の分をカバーする。
ミレナリズムでも時折使うテクニックだな。
「【魔王召喚】……!」
俺がそう唱えると、小屋の床に、不気味な真っ黒な魔法陣が現れる。
召喚するユニットはもう決まっていた。
俺の一番のお気に入りの魔王で、『魔帝国グリントリンゲン』をプレイする時にはいつも最初に召喚していた軍事ユニット。
「ひ、人が……!」
やがて、魔法陣から一人の人間が生えるように現れた。
右目を隠す緋色の髪はツーサイドアップに結ばれており、腰に届くほど伸びている。
跪く体勢でも分かるほどの長身で、豊かな双丘が曲げられている脚により形を歪ませていた。
身にまとうのは黒と赤を基調にした軍服のような装いで、その見た目は俺の中二心を大きくくすぐる。手には白い手袋、足には膝の上まであるサイハイブーツ。
こめかみからは角ばったツノが生えており、背中にはドラゴンのような翼、腰からは爬虫類のような尻尾が生えており、彼女がただの人間ではないことが分かる。
傍に置かれる獲物は、真っ黒い無骨なハルバードだ。一定間隔で光る血のような赤色の紋様が、彼女の狂暴性を表していた。
「こ、これが、魔王……?」
「ああ、そうだ。彼女こそ『軍事国家ラリュゲン魔王国』の魔王、ヴィルヘルミーネ・ノイラ・シッテンヘルム。我が使役できる魔王の中でも最も高い戦闘能力を持つ魔王だ。その力は凄まじく、彼女単騎だけでも中小国家なら滅ぼせる力を有している。上手くやれば大国相手でも一人でやり合える力を持ち、『魔帝国グリントリンゲン』だけでなく、ミレナリズム全体でも一、二位を争う程の軍事ユニットだ。それだけでなく――」
「――わかった、もういい。もういいから!」
「……す、すまん」
いかん。好きな事となると早口になるオタクムーヴをかましてしまった。
今の俺は魔帝ヴァルターなんだ。魔帝らしく振舞わないと。
「でも、それだけ聞くと、すごい人じゃない……。まるで欠点なんてないみたい」
「いや、欠点ならあるぞ」
「え?」
「ヴィルヘルミーネは、全ユニットの中で忠誠度が一番低い状態から始まるし、上げるのにも苦労するんだ」
「ちゅうせいど……って、なに?」
「ん、すまない。忠誠度はミレナリズム特有のステータスだったな……。あー……分かりやすくいうと、そのユニット、ここでいうヴィルヘルミーネだな。それがどれだけ俺に忠誠心を抱いているか、ということだな。これが低いと俺の命令を聞かなかったり戦闘力が下がったりするし、最悪反旗を翻すこともある。それにヴィルヘルミーネは自国が戦争状態じゃなければ忠誠度が上がらない厄介な性格でな。中々俺も苦労したもんだ」
「え、じゃあ、今って結構まずいんじゃ……」
「は?」
「だって、このヴィルヘルミーネ……? って魔王はその忠誠度が低いんでしょ? いきなりあんたに襲い掛かることもあるんじゃないの……?」
「…………。…………あ」
やっべえ! そうじゃん!
忠誠度。
それはミレナリズムに登場する指導者ユニット以外の全ユニットに存在するパラメーターで、字の如く、従う指導者にどれだけの忠誠を抱いているかを表すパラメーターだ。
これが高ければこちらの命令を寸分たがえずに実行するし、戦闘力にもバフが付く。
しかし、これが低ければ戦闘力は下がるし、さっき言ったように最悪反乱を起こす、ミレナリズムにおいて超大事な数字だ。
そして、ヴィルヘルミーネの召喚直後の忠誠度は、0~100まである中の『5』。
つまり、反乱寸前の状態で召喚される訳である。
(ヴィルヘルミーネは設定では戦闘が大好きな戦闘狂で自由奔放な性格だ。そんな性格を表した忠誠度なんだろう)
「んぅ……」
(って、そんなこと考えてる場合じゃねえ!)
ヴィルヘルミーネが女性にしては低い音で、まるで寝起きの人間のような声を出す。
閉じられていた目が開き、爬虫類のように縦に割れた瞳孔でこちらを見つめた。
「ひぃ……!?」
黄色の瞳に捕らえられたセレーズが思わず声を上げてしまう。
まぁ、気持ちは分からんでもない。
ヴィルヘルミーネの顔はとても整っている。
切れ長の目に、高い鼻。
しかし、視線を合わせた瞬間、分かってしまうのだ。彼女の肉食獣が如き獰猛性が。
「――――」
だが、俺は違った。
これまで何度もディスプレイ越しに見てきた美貌だが、こうして対面するのはもちろん初めてだ。俺はその顔に見惚れてしまう。
(ヴィルヘルミーネだ、ヴィルヘルミーネだよ……。彼女が指導者の国、『軍事国家ラリュゲン魔王国』は何度もプレイしたし、『魔帝国グリントリンゲン』をプレイする時は毎回最初に召喚していた、あの、ヴィルヘルミーネだ……)
ミレナリズムの中で、いや、俺のオタク人生の中でも一番惹かれていたキャラ、それがヴィルヘルミーネ。
実寸大の彼女と対面したことで、俺は思わず呆けてしまった。
「ちょ、ちょっと、いきなり襲い掛かってきたりとかしないでしょうね!?」
セレーズはとても怯えた様子で、俺の後ろに隠れる。
「あぁ……?」
ヴィルヘルミーネは不機嫌そうな声で唸りながら、ハルバードを手に取り、緩慢とした動きで立ち上がる。
ブーツの影響もあるだろうが、軽く180を越えている俺の身長よりも高い背丈。俺は思わず圧倒されてしまう。
「……大丈夫だ。我の後ろにいろ」
「え、ええ……。頼んだわよ」
しかし、今目の前にいるヴィルヘルミーネは召喚直後のヴィルヘルミーネ。
忠誠心が『5』とかいう普通のユニットならまず到達しないだろうふざけた忠誠度を持つ爆発寸前の超強力な軍事ユニットである。
具体的に言うならば、ヴィルヘルミーネの戦闘力は『55』。俺と5しか違わない、対面で戦って勝てるかどうか分からない相手だ。
5だけでも上回っているならば勝てるんじゃないとか思えるが、俺は魔術師ユニットであり彼女は物理ユニット。
こうなるとどちらが勝つかはその時の状況次第でもあるのだ。
ここは落ち着いて対処しなければ……。
「…………」
ゆっくりと立ち上がったヴィルヘルミーネは、まずセレーズを観察していた。
彼女の頭から足までをじっくりと見つめたヴィルヘルミーネは、まるで興味を失ったかのように視線を外し、今度は俺と視線を合わせる。
(来るか……!?)
俺は猛禽類を思わせる彼女の眼差しに当てられ、思わず臨戦態勢を取ってしまう。
ヴィルヘルミーネは俺のお気に入りのキャラで、戦うことは憚られるが、今は守るべき恩人がいる身だ。そんなことを言っている場合ではない。
「おぉ……!」
「……?」
しかし、予想に反してヴィルヘルミーネは俺を見るなり奇怪な呻き声のような声を出した。
俺がその反応に疑問を持った瞬間――
「ヴァルター様じゃねえか!」
「おわっ!?」
ヴィルヘルミーネの熱い抱擁を食らった。
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