第6話 魔帝、小屋を建てる

「ちょっと、大丈夫!?」

 

 膝をついた俺のもとに、セレーズが駆けよってくる。

 その表情は心配一色だった。


「ああ、大丈夫……!? いってて……」


「大丈夫じゃないじゃない! ああ……包帯とか持ってくるべきだった」


 包帯。その単語とこの世界――魔術やら魔物があるファンタジーな――がつながった俺の口から、こんな言葉が漏れた。


「治癒ポーション、のようなものは持っていないのか?」


 治癒ポーション。

 それはファンタジー作品なら頻出されるものだし、もちろんミレナリズムにも登場する。

 使うと使った奴のHPを回復する、薬草的なアレだ。


「え? い、いや、流石にそんな高価なもの、村にも置いてないわよ……」


「そうか……」


 しかし、そういう事情らしい。

 まぁ確かに、ミレナリズムでも治癒ポーションの量産体制を整えるには結構準備いるしな……。


「ど、どうしよう。この傷結構深いように見えるし、早くなんとかしないと……」


 鼓動がするたびに、傷はズキズキと痛む。

 確かに、早いとこなんとかしないとまずいかもしれない。


 二度目の人生楽しもうと誓った直後に死ぬのは、なんともアレだ。


「あんた魔帝なんでしょ!? なんかよく分からないけど魔王よりすごいならその力でなんとかしなさいよ!」


「無茶苦茶いう、な……?」


 荒唐無稽に思えたセレーズの言葉だが、確かに、俺はヴァルターだった。

 ヴァルターが使える魔術が使えたと言うことは、他のこともできるのか……?


「……『緊急生産:診療所』」


 瞬間、体からなにかがすぅっと消えていく感覚を覚える。

 その直後、目の前に小屋が現れた・・・・・・


「え、ちょ、はぁ!? ど、どういうこと!?」


 ミレナリズムは、自分の国を発展させる戦略ゲームだ。

 自国の領土に施設を建てることもその一環。


 住宅や兵舎、研究所など、施設だけでもたくさんあるが、その中の一つに『診療所』がある。

 この施設の効果は、「この建物内にいるユニットを毎ターン最大HPの10%回復。『治癒魔術を使えるユニット』がいる場合更に10%」である。

 その効果ゆえに、名前の割りには戦争の最前線に置かれることが多かった施設だ。


「入ってみよう」


「え、これに!? いきなり森に現れたこれに!? ……ちょ、ちょっと、置いて行かないでよ!」


 この世界がミレナリズム、もしくはそれと共通する世界ならば、俺の推測は当たっているはずだ。


「綺麗な場所……」


 小屋の中は、THE・小屋であった。

 丸太で作った、ログハウスってやつだな。


 中にはベッドが四つと、薬を調合するための器具が置かれた作業机。その他には壁の窓がいくつかだけある、まぁ殺風景な小屋だ。


 中に入ったセレーズは物珍しそうに小屋を眺めている。


「……ん?」


 突然、セレーズの腕や足にあった切り傷が閉じられていく。

 

「あ、あれ? 何が起こってるの?」


 気付けば、俺の背中の痛みも若干だが和らいでいく。


 どうやら、俺の考えは正しかったようだ。


「ね、ねぇ! この小屋なんなの!? なんか私の傷が治って……って、あんたもじゃない! どういうことーー!?」


「まぁ、落ち着け。この小屋は我の力によるものだ」


「あんたの、力……?」


「そうだ。『緊急生産』。指導者にのみ許された特権だな」


「きんきゅう……せいさん……?」


 セレーズはぽかんとした表情で俺を見つめる。

 聞き馴染みのない言葉だろうからな。俺は説明するべく口を開いた。


「本来、施設を建てるには時間と労力が必要だが、『魔術』、『ゴールド』、『資材』。このどれか、もしくはこれらを組み合わせたものを一気に消費することで、本来数ターンかけて建てる施設を即席で建てることができるのだ」


「……?? …………。……?」


 しかし、俺が説明をすればするほど、セレーズの眉間の皺は深くなっていく。

 まぁ、俺の説明はあくまでミレナリズムのシステムについての説明だからな。ゲームなんて概念すらないだろうこんな世界でそんな話されても理解できないだろ。


「……取り敢えず、我の力の一端だと考えればよい」


「小屋を一瞬で建てる力って……なによ。……まぁ、助かったけど」


 そう言って、セレーズはぷいと視線を外す。

 相変わらず感謝を素直に言えない子らしい。

 

 妹ってこんな感じなのかな、なんて感想が浮かぶ。


「それにしても、あんた強いのね」


 不意に、セレーズがそう言った。


「そうだろうか」


「そうでしょ。確かに小鬼ゴブリンは最弱の魔物なんて言われてるけど、私みたいな非戦闘員なんてまるで歯が立たないし、一瞬であの数を倒せる人なんて見たことないわ」


 ふむ。

 一人の少女の意見を鵜呑みにするのは危険かもしれないが、どうやら俺――ヴァルターはこの世界では強者に部類されるらしい。

 まぁ、ミレナリズムでもそうだったんだから、この世界でもそうでなくちゃ困る。俺の都合的に。


「そ、その……ありがとね」


「え?」


 予想外の言葉に思わずセレーズを見ると、彼女は顔を真っ赤にしながらもこちらを真正面に見つめていた。


小鬼ゴブリンから庇ってくれたことも、騎士たちから守ってくれたことも、この不思議な小屋を建ててくれたことも……感謝してる。あんたがいなければ、きっと私は死んでた。だから……ありがとう」


「――――」


 きっと、セレーズは俺よりも一回り年下だ。

 だというのに、俺は一瞬だけとはいえ、彼女の可愛らしい笑顔に見惚れてしまった。


「いや、感謝を言うのはこちらだ」


「え?」


「君がいなければ、きっと俺はあの騎士に斬られて死んでいた。君のあの一喝があったからこそ、俺はこうして生きて、君を救えたんだ。だから君が今生きてるのは君のお陰、でもある」


 騎士を殺してしまい、呆然となっていた俺。

 あの時の俺は、人を殺した以上、殺されるのは仕方がないと考えていた。

 

 しかし、人を殺しても生きていいのだと、自分を守るためには戦わなければいけないんだと目の前の少女――セレーズは教えてくれた。

 だから、こうして感謝を伝えるのは当然だ。


「そ、そう……。仕方ないから、その感謝、受け取ってあげるわ!」

 

 そう言って、セレーズは少女らしい無邪気な屈託のない笑顔で笑った。


 異世界に来てしまって早々、命の恩人ができてしまった。

 二度目の人生を楽しむと誓ったものの、具体的な目的が未だない俺だ。しばらくは彼女に恩を返すために生きてもいいかもしれないと思ったのだった。


▼▼▼▼▼▼▼▼▼


 それから数十分後。

 窓の外は朱色に染まっていたが、俺の背中の傷は未だに健在で、痛みは和らいだとは言ったものの、完治には程遠い。


 しばらくここにいる必要があると考えた俺は、セレーズにこの世界について色々教わっていた。


「さっきの騎士たちは何者なんだ?」


「は? 知らないの? シリース神聖王国の騎士よ。見たことはないかもしれないけど、聞いたことはあるでしょ?」


(そう言えば、さっきもそんなことを言っていたか)


 しかし、俺はその国名にとんと心当たりがなかった。

 もちろん、世界中の全ての国を把握している訳ではないが、国名に『神聖』なんて入ってる中二ネームを知らないはずがないし、ミレナリズムにも実在しない国名だ。

 ミレナリズムに登場する国の名前は全て把握しているので間違いない。


「……いや、初耳だな」


「嘘でしょ? じゃあ私たちの国、ガリュンダ獣霊連邦は?」


「……寡聞にして存じないな」


「なによその口調……。っていうか、ガリュンダもシリースも知らない訳? なんか怪しいわね……」


 セレーズはジト目で俺を見つめてくる。

 しかし、馬鹿正直に異世界からやってきましたなんて言えない。まず理解してもらえないだろうし、よくても『妄想乙w』と笑われて終わりだろう。


(イェガランス大森林に、シリーズ神聖王国、ガリュンダ獣霊連邦……)


 この世界の地名を知れば知るほど、俺は本当に異世界転生してしまったのだと実感する。


(……だけど、なんで俺はこの世界に転生してしまったのだろうか。セレーズはこの世界には魔王が召喚されるなんて話していたが、俺は魔帝、だよなぁ……)


 そんなことを考えていると、


「え……? 嘘、でしょ……?」


 突如、セレーズの恐怖に染まった声が聞こえた。


「どうした?」


「あ、あれ……」


 セレーズは震える指で、窓の外を指さす。


「っ!?」


 そこにいたのは、先程も見た鎧に身を包んだ人影。

 それも、一つや二つではない。軽く二十は越えているだろう。


「さっきの逃げた騎士が増援を寄越したのか……!」


 考えれば当然のことだ。

 俺は騎士たちをまぁまぁの力量差で倒してしまった。

 そんなこと、逃げた騎士が報告しない訳がない。


 それに、騎士たちは魔族を敵視する言葉を多く吐いていた。

 きっと、どうにかして俺を殺しておきたいのだろう。


「仕方がない。怪我は完治していないが、ここは俺が……」


「待って」


 ベッドを立ち、ドアへ向かおうとした俺の右腕を、セレーズが力強く引き留めた。


「あの先頭を歩く人、聞いたことがある……」


「先頭……?」


 窓の外を見る。

 騎士の隊列の先頭を歩く人物。

 確かに、彼は他の騎士よりも違って見えた。


 まず、他の騎士と違い、その顔を露出していた。

 白髪がちらほらとだけ見える禿げ頭に、威厳たっぷりの彫が深い顔。

 着ている鎧は後ろを歩く騎士たちとは違い、白銀の輝きを有しており、豪奢な装飾もされている。

 しかし、最も目を引くのは、腰に下げる剣だろう。


 他の騎士たちのような無骨なそれではなく、神々しさすら感じる精緻な造りをしている剣。

 それはまるで、物語に登場する聖剣を想起させるものだった。


「間違いないわ、聖騎士・・・よ」


 セレーズは、顔を真っ青にして、小さい声でそう呟いた。

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