第4話 獣人族の少女

 僅かに臭う肉の焼ける臭いと、少し前までは小鬼ゴブリンだった灰が残る森の中。

 

「……ねぇ、もしかして貴方って魔王?」


 俺は先ほど会った犬耳少女にそう聞かれていた。

 その瞬間、俺のどこかのスイッチがオンになった。


「魔王ではない。魔帝だ」


「は、はい?」


「ヴァルター・クルズ・オイゲンは魔王ではなく、魔皇帝、略して魔帝。ここ間違える奴が多くてうんざりするんだ。全ての魔王の国家で一定数以上勝利を収めることでプレイできる国家『魔帝国グリントリンゲン』の指導者だから、魔帝。普通の魔王とは違う。分かったな?」


「え? あ、う、うん。なんかごめんなさい……」


 俺を殺しそうになった時は謝らなかった少女が素直に謝ったことで落ち着きを取り戻す。 

 オタク特有の早口が出てしまったな。反省。


「……ここには魔王がいるのか?」


「いいえ。今はいないわ」


「……今は・・?」


「ええ。お母さんに聞いたことがあるんだけど、何百年かに一回魔王が召喚されて、人族の言う女神と戦うんだって。……って、魔族のあんたの方が詳しいんじゃないの?」


「そう言われてもな……」


 俺はついさっきこの世界に来たばっかりだしなぁ。


 もしかして、俺がその魔王でこの世界に召喚されたのか?

 でもそういうのって転生する前に謎の空間で女神とかに会ってなんか神託とかもらうんじゃないの?そういうの無かったよ?


 ……まぁ、いっか。

 せっかくヴァルターという退屈しなさそうな人間に転生したんだ。

 誰かのいいなりになる人生なんて二度とごめんだ。


「それより君は?」


「え?」


「我の名前を教えたのだ。君の名前も教わっていいだろう?」


 俺がそう言うと、犬耳少女はジトっと俺を睨んだ。


「……あんた、不審者とかじゃないわよね」


「……どういうことだ?」


「お母さんに言われたのよ、知らない怪しい人に名前を教えるなって」


「…………」


 不審者扱いに一瞬落ち込みそうになるが、これはあれだ、ヴァルターの悪人面のせいだ。決して俺の人間性が問題な訳ではない。決して。


「不審者ではない。むしろお前を助けてやっただろ」


「まあ、それは……確かに」


 少女はしばらくうーんうーんと唸っていたが、観念したのか、ようやく目を合わせ口を開いた。


「私はセレーズ。セレーズ・ワンダー・グラシアよ」


(名前に犬耳人ワンダーが入ってるのか。そんな設定ミレナリズムにあったっけな)


「そうか。時にセレーズよ。ここはどこだ?」


「はぁ? 何言ってんの?」


 セレーズは不機嫌そうな顔をして、ツインテールを揺らした。


「こんなとこ、どこか分からないのに来るわけないでしょ?」


「事情は長くなるんだが……簡潔に言えば迷子なんだ」


「迷子ぉ?」


 転生したと言っても意味わからないだろうからな、ここはお茶を濁すことにした。


「……まぁいいわ。ここはイェガランス大森林。大陸の中央にある森よ。その深さから『迷宮の森ラビリンスフォレスト』なんて呼ばれ方もするわね」


 聞いたことのない森だ。異世界だから当たり前だが。

 ……っていうか、森の二つ名かっこよくない?やばい、胸の中で眠る俺の中二心がさっきから暴れまわってるぞ。


「他にも、危険な魔物がいて普通はこんな奥地まで入らないわ?」


「……?」


 俺はその言葉に一つ疑問を感じた。


「……そんな危険な森に、何故セレーズはいるんだ?」


 セレーズの見た目は十代後半の少女。

 それに、服装は貧相な……中世の農民といった言葉が似合う服装だ。


 こんな薄暗く、危険な魔物がいるという森にいるにはあまりに不相応な人物だろう。


「それは……追われて」


「追われる? 一体、だれ――」


「見つけたぞ!」


「っ!?」


 突然、森の中から三つの人影が現れた。

 それらを一言で言うなら、騎士、だろうか。


 全員が全員、全身を覆う鎧に身を纏い、腰には剣を帯びている。

 

「ひっ!?」


 騎士たちを見たセレーズが悲鳴を上げた。見れば、その顔は真っ青だった。


「あ、あいつら! あいつらに追われてたの!」


 セレーズは騎士たちを指さす。

 しかし、その行動が癇に障ったのか、先頭に立つ騎士が声を荒げた。


「なんだと!? 真っ先に手を出したのは貴様だろう!」


 騎士の顔は怒りに染まっている。

 それは後ろの騎士たちもそのようで、警戒態勢に入っていた。


(まずい、全く状況が理解できん)


 こちとらやっとセレーズと自己紹介し合ったというのに、いきなりの急展開に頭の整理がつかない。


「むっ……? そこにいるのは魔族か?」


「ん?」


 そこでようやく俺に気付いたのか、先頭の騎士の表情が変わった。


「女神に見捨てられし魔族が何故ここに!? 南方へ逃げたのではなかったのか?」


「何の話だ?」


 いや、マジで何の話だよ。

 俺はついさっきここに来たばっかだっての。


「……本来魔族は見つけ次第殺す必要があるが、取引と行こうではないか、魔族よ」


「取引……だと?」


 騎士は悪代官のような口調で俺に語り掛けてくる。なんだかその表情も趣味の悪い笑みに見えてきた。


「その獣人族のガキをこっちに寄越せ。そうすれば貴様は見逃してやろう」


「……!?」


 騎士の言葉に、セレーズははっきりと狼狽える。


「……その前に、聞かせて欲しい。何故君たちは彼女を追っているんだ?」


「ふん、見ろ。この傷を」


「傷……?」


 騎士が指さす場所、彼の頬には、切り傷のような見るからに痛そうな傷があった。


「これは、先程そのガキにつけられたものだ。卑怯にも投石といった手段でな」


「……その報復だと?」


「いいや違う。我らと出くわすなり、そのガキは攻撃してきた。つまり、そいつは隣国ガリュンダ獣霊連邦の偵察兵ということだ」


 ガリュンダ獣霊連邦?聞いたことのない国名だ。ミレナリズムにもそんな国家はない。


「は、はぁ!? ふざけないで、私が兵隊なわけないでしょ!? そもそも先に襲ってきたのは、あんたたちシリースの連中じゃない!」


 セレーズははっきりと騎士の言葉に抗議する。その顔は真剣そのもので、とても嘘をついているようには見えない。


「ふん。我々シリース神聖王国と、貴様ら獣霊連邦は戦争中だろうが。先に手を出す出したといった話ではない。兵を見つけたら殺す。それが戦争だ」


「だから、私は兵隊じゃないって言ってるでしょ! 村に住む農民よ、の、う、み、ん! この森にも、ただ薬草を取りに来ただけで――」


「ぎゃあぎゃあ喚くガキだ。……ふむ、よく見れば顔は悪くないな。生け捕りにして、我らの士気・・を上げる手伝いをしてもらおうか」


「ははは! 相変わらず隊長の考えることは最高ですねぇ!」


「――!」


 下品な笑い声を上げる騎士たち。

 その下卑た笑顔を見て一層顔を青くさせるセレーズ。


「…………」


 はっきりと言おう。

 昨日までの俺なら、迷わずセレーズを騎士に引き渡していた。


 だってそうだろう?

 セレーズはどこからどう見ても貧しい農民。

 それに対して騎士たちはしっかりとした鎧に身を包み、国に従属するいわば兵隊だ。

 どっちの方が立場か上なんて火を見るよりも明らかだし、どっちの味方をした方が波を立てずに済むか、考えなくても分かる。


 情けない話だが、俺はそういう……長いものに巻かれる生き方しか知らなかった。

 だって、そうするしかなかったから。

 小さい頃から親の言う学校に文句も言わず進学し、就職先すら親が決め、職場でも上司の言いなりだ。

 そんな奴が、どうやって世間の流れってやつに逆らって生きていけるんだ?


「……はぁ」


「さっさと決めろ。……とはいえ、貴様のような矮小な魔族風情、今ここで我らに従わなければ、どうなるか分かるだろう?」


 だけど――。


 俺は、羨ましかったんだ。

 先生や親の言葉に逆らって、自分の夢を追うために上京した同級生が。

 上司の反対を振り払いプロジェクトを成功し、とんとん拍子で出世していった同僚が。




 ――周りに流される退屈な人生ではなく、自分の好きなように生きる、あの楽しそうな人生が。




「せっかくのご提案だが、お断りさせて頂こう」


「なんだと……?」


「あんた……」


 騎士たちの瞳に、明確に怒りの感情が宿る。一人の騎士は剣に手を伸ばしていた。


 セレーズは潤んだ瞳を懇願するように俺に向けていた。


 ――そうだ。今の俺は、あのつまらない俺ではない。

 ミレナリズムでも屈指の最強ユニット、全ての魔を統べる、魔の中の魔、魔帝ヴァルター・クルズ・オイゲンだ。

 

 今の俺なら、ラノベやアニメの主人公のように…――。


「貴様らのような下郎に、彼女は渡さないと言った」


「……魔族風情が! お前ら、剣を抜け!」


 隊長格の騎士の号令により、騎士たちが剣を抜く。

 博物館で見るような、立派な両刃剣だった。


(セレーズを連れて三人の騎士から逃げるのは不可能。……やるしかない)


「む、無理よ……。神聖王国の騎士と言えば、周辺国でも一、二位を争う実力者の集まりよ。……私のことはいいから、逃げて」


 セレーズは目を伏せ、体を震わせながらもそう言った。

 

 ……中々、肝が据わっている娘だ。


 しかし、今の俺は彼女の言葉に従う訳にはいかなかった。


 先ほどの騎士たちの口ぶりからして、もし俺がここから去った場合、セレーズの末路は想像に難くない。


 そんな未来、起こさせてなるものか。


「我の後ろに隠れていろ」


「あ、あんた……」


「……我は全ての魔を統べる者、魔帝ヴァルター・クルズ・オイゲン。……相手をしてやろう」

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