第3話 VSゴブリン五匹

「いくぞ! 暗黒核熱弾ダークネスアトミックフレア!」


 俺は自分がカッコいいと思える動きをシュババと行い、森中に響く大声で叫ぶ。


 ―――――シン。


 *しかし、なにもおこらなかった!


「ちょっと! そんな魔術聞いたことないんだけど!?」


「あ、あれ……無理だったか」


 暗黒核熱弾ダークアトミックフレアはミレナリズムに登場する魔術で、ゲーム後半で研究できる《核技術》の技術を研究済みであれば、闇属性の魔術に適性がある魔術師が使えるようになる魔術なのだが……どうやら無理らしい。


 もしかしたらここは、本当にミレナリズムの世界なのか?だから研究していない魔術は使えない?


「ちょっと、なにぼさっとしてるのよ!」


「おっと」


 少女の言葉で意識を目の前に戻す。

 

「ギャギャギャ」


 小鬼ゴブリンたちは腹を叩いて笑っていた。

 どうやら俺が魔術を使えなかったことを嘲笑っているらしい。


 元々イラつく顔をしているからか、その様子はとても癇に障った。


「なら、これならどうだ! 地獄の炎ヘルファイア!」


 地獄の炎ヘルファイアは、闇属性に適性があればゲーム開始から使える魔術――最初期魔術と呼ばれる魔術だ。

 これならどうだ……?


「ギャッ!?」


 予感は的中。

 俺が付き出す右手に真っ黒な炎の球体が浮かび上がる。

 大きさは……人間の頭くらいか。


 小鬼ゴブリンたちは笑顔から一転、顔を青ざめる。

 ……いや、今でも真緑だけど。


「今更遅い! その身を灰に変え、我を嗤ったことを後悔するがいい!」


 右手で獄炎の球を突き出すと、それは猛スピードで一匹の小鬼ゴブリンの方へ放出され、


「グギャアアア!」


 杖を持っていた小鬼ゴブリンに直撃。彼は悲痛な叫び声を上げたが、やがてその声も聞こえなくなる。

 

 十数秒燃え続けた火がようやく燃えると、そこに残っていたのは僅かな灰のみだった。


「す、すごい……」


「お、おぉ……」


 それを見た俺の口から、思わず声が漏れ出てしまう。


 使えた。使えちまったよ魔術。

 俺は震える右手を呆然と見つめる。


 正直言おう。

 心が高鳴る。楽しい。


 つまらない前世じゃ味わったことのない快感だった。

 もう俺は、ただ周りに流されるだけの退屈な人間じゃないんだ。


「グギャ……グギャ……?」


 仲間が燃やされるのを見た小鬼ゴブリンたちは困惑している。


「フハハハハ! これが我に逆らうということだ! 互いの力量差が分かったのなら潔く去るがいい!」


 小鬼ゴブリンに言葉が通じるのかは分からないが、とりあえずそう言ってみた。


「ギャギャ……ギャッ!」


「……え? わ、私?」


 しかし、一匹の小鬼ゴブリンが顔を憎悪に染めこちらに吶喊してくる。


(くっ……狙いは俺じゃない!)


 小鬼ゴブリンは俺には敵わないと判断したのか、俺の後ろに隠れる犬耳少女を狙っていた。

 少女は突然の出来事か、はたまた醜悪な小鬼ゴブリンがこちらに向かっていることから来る恐怖からか、動けないようだった。


(魔術は……間に合わないか!)


「……くそっ!」


「きゃっ!」


 俺は意を決して少女の元へ駆け寄り、彼女を抱き着くように庇う。

 

「ギャギャ!」


 直後、小鬼ゴブリンは俺のがら空きの背中目掛けて棍棒を振り下ろす。

 俺は目をつむり、来たる痛みに備えた。


「いたっ…………くねぇ!」


「ギャッ!?」


 しかし、予想していた痛みは来なかった。

 いや、全く痛みが無かった訳ではない。しかしそれは、幼稚園児に軽く殴られたかのような……ぽん、と軽い衝撃が伝わっただけだった。


「ちょ、ちょっと!? 大丈夫なの!? ……て、いうか離れて!」


「あ、ああ……」


 顔を真っ赤にした少女に突き飛ばされ、俺は彼女を解放する。

 しかし、俺の頭にあるのは今の出来事。


 俺は目の前で呆然と立つ小鬼ゴブリンが握る棍棒を見つめる。

 どう見たってあれで殴られれば無事じゃすまないだろう。位置的に、最悪頸椎が傷付けられてもおかしくなかった。


 だが、俺の背中にはもう痛覚は少しも残っていなかった。


(そうか、ヴァルター小鬼ゴブリンでは戦闘力の差が……!)


 戦闘力。

 それはミレナリズムにおいて、そのユニットがどれだけの力を持つかを示す簡易的な数値だ。


 ミレナリズムに登場するほとんどのユニットには、物理攻撃力、魔術攻撃力、治癒力……といった様々なパラメーターが設定されているが、それをひとまとめにし、一目でそのユニットの強さを示すものがある。それが戦闘力だ。


 俺――ヴァルター・クルズ・オイゲンの戦闘力は「60」であるのに対し、小鬼ゴブリンの戦闘力は「5」。


 ミレナリズムではこの戦闘力の差が50以上あると、片方の完封勝ちという処理がされる。

 つまり、ヴァルターとなった俺が小鬼ゴブリンに負ける、それどころか傷一つ付けられることさえ万に一つもないということだ。


 簡単に言うなら、ラスボス直前の勇者がそこらへんのスライムに攻撃されてもダメージを受けないのと一緒ってことだな。


「ギャギャギャー!」


 俺に敵わないと理解したのか、俺に殴りかかった小鬼ゴブリン以外の小鬼ゴブリンが慌てた様子で逃げ去ってしまう。

 味方に見捨てられた小鬼ゴブリンは、突然のことに状況を受け止められていない様子だ。


「丁度いい、我の実験相手になってもらうぞ」


「グギャッ!?」


 ミレナリズムにおける、最初期魔術。そのうち闇魔術に分類される魔術は、先程の地獄の炎ヘルファイアの他にもまだある。


闇の爪牙ダークエッジ


 それがこの闇の爪牙ダークエッジだ。

 先ほどの地獄の炎ヘルファイアが2マス先のユニットにも攻撃できる遠距離魔術なら、こちらは隣接しているユニットにしか攻撃できない短距離魔術。

 しかしその分、威力は地獄の炎ヘルファイアに勝る。


 魔術を唱えると、俺の右手に大きな漆黒の爪が生える。


(なにこれカッケェー!!)


 内心、そのあまりに中二心をくすぐる見た目に興奮していたが、犬耳少女がいる手前、表情には出さない。


「喰らえっ!」


「ギャッ!?」


 拳三つ分くらいの爪を振り下ろすと、小鬼ゴブリンは体を四つに割かれ、当然のように絶命した。

 

(……やっぱり、戦闘力60もあれば小鬼ゴブリンは一撃か。もしかすると、魔術師ユニットの俺の物理攻撃でも倒せるかも……)


「すごい……」


 思考の海に潜りかけた俺は、感嘆の声によって現実に引き戻される。


「え?」


「あ、あんたすごいじゃない! 小鬼ゴブリンが弱い魔物とは言え、こんな簡単に倒せるなんて!」


 犬耳少女だった。

 彼女は満面の笑顔で飛び跳ね、俺の事を褒めてくれる。


「……当然だ」


(まぁ俺の力じゃないんですけどね!)


 確かに小鬼ゴブリンを倒したのは俺だが、その力そのものは俺のものではなくヴァルターのものという事実が、俺を素直に喜ばせてくれない。


 しかし、褒められるのはいいものだ。

 思わず口角が上がってしまう。


「あ、背中は大丈夫なの?」


「ん? あぁ、大事ない。痛みもとうに消えたしな」


(多分、ヴァルターの物理防御力が小鬼ゴブリンの物理攻撃力を大幅に上回ってるんだろうなぁ)


「そ、そう……」


「?」


 それだけ言うと、犬耳少女は顔を赤らめさせ、もじもじとし始めた。

 な、なんだ?トイレだろうか?困ったな。女性をさりげなくトイレに誘導するスキルなんて持ってないぞ。


「そ、その、ありがとね。庇ってくれて……」


「……あぁ」


 どうやら、そういうことらしい。

 俺を突き飛ばしてしまった手前、素直に感謝を告げられづらかったと。

 いやぁ、でも結局ありがとうが言えたのだから、この子はいい子なんだろう。


「フ、問題ない」


(寛大な魔帝ムーヴ! 我ながら惚れ惚れするな……)


 俺って魔帝の適性あるんじゃねえかと思っていると、少女が口を開いた。


「ねぇ、もしかしてあんたって……あの・・魔王なの?」

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