イヌミミと尻尾をつけた幼なじみがうちに来て「助けてもらった子犬です。恩返しに来ました」などと言い張っています。

くろばね

1.ピンポンが鳴ったのでドアを開けたら、コスプレ用の犬耳を着けた幼なじみが立っていた。

 ピンポーン。ぴんぽんぴんぽーん。


 ガチャ。


「こんにちは! 先日助けていただいたポメラニアンの子いぬです! あなたに恩を返すべく、こうしてはるばるやってまいりまし」


 バタン。


 ピンポーン。ぴぽぴぽぴぽぴーん! ぴんぽぴんぽぽぽぽーん!!


 ガチャ。


「……話を聞く前にドアを閉めてしまうなんて、さすがにひどすぎませんか? 雨の降りしきる先月の夜、捨てられ震えていたわたしを助けてくれた、優しいあなたはいったいどこに消えてしまったんですか?」


「いぬを飼うことのできないマンション住まいでありながら、ためらうことなくわたしを拾い、獣医さんへと連れて行き、保護団体に連絡まで」


「そこに引き取られるまでの間、数日間のあなたのお世話で弱ったわたしもすっかり回復、こうしてご挨拶にうかがえるまでになったというわけです」


「冗談はよせって? いえいえ、本気ですよ。ご家族に聞いていませんか? 海外出張のあいだ、家事をしてくれるお手伝いさんを頼んだって」


「なにを隠そう、それがこのわたしなのですから!」


「掃除洗濯、料理に耳かき、家事全般には自信があります! ご両親がいないこの一週間、大船に乗った気持ちでいていただければ!」


「……ちがう? そうじゃない? お前どう見ても犬君いぬきだろうって?」


「なんですかそれ。ひと、の、名前……?」


「ははあ、ご主人様には『犬君 まほめ』というお名前のご友人がいらっしゃるんですか。姓も名も変わった響きですが、わたしは嫌いじゃないですよ」


「その……まほめ……さん? とわたし、そんなによく似た顔をしています? 声もそっくり? わたしはいぬなので、人間の顔の区別とか、ちょっとよくわからないですね……」 


「いくら幼なじみだからって、変な冗談もたいがいにしろ? いえいえ、わたしは正真正銘、あのとき助けていただいた、いまだ名を持たぬ生後数十日の子いぬ……子メラニアンなのです」


「見てください、この耳こそがその証拠……え? コスプレ用のカチューシャ? 触って確かめる?」


「ふふ、だーめーでーすーよ。そこは敏感な部分なんですから、ね?」


「って、そんな話をしている場合ではありません! 買ってきた食材が傷んでしまうので、お部屋のほうに失礼します!」


「……はあぁー……これはまた……」


「まあ、高校生男子がひとりで暮らしていれば、お部屋がこうなってしまうのも仕方がありませんよ」


「今すぐにでも掃除洗濯フルスロットルと行きたいところですが、先にお食事をお求めですよね? ささっと作ってしまいますから、ご主人さまはテレビでも見ながらお待ちください」」


「え? いまなんて言ったか、って」


「ご主人さま、ですが?」


「ご主人さまにはとても感謝していますが、飼い主さまではありません。子メラニアンとはいえ立派ないぬなので、そのあたりの線引きはきちんとしているんですよ。このお部屋の主なのですし、ご主人さまと呼ばせていただこうかなと」


「ですが、気に入られないのでしたら……うーん……そうですね……そうだ、すこしお耳を貸してはいただけませんか? そうそう、こちらに来ていただいて……」


「あるじどの」


「うーん、これはちょっと違いますね……だったら……」


「だんなさま」


「仰々しすぎる? でしたら……」


「あなたさま」


「……ア、ナ、タ♪」


「くすくす、ふふっ。お顔が真っ赤ですよ? 近づきすぎ? 息がくすぐったかっただけ? そうですか……なら」


「ふーっ、ふふっー♪ もっと息、吹きかけちゃいますね……」


「この距離、わたしも好きですよ……ご存じの通り、いぬは匂いで相手を認識しますから……すんすんすん……あなたさまのにおいが感じられて……ふーっ、すぅー、ふぅーっ」


「こうしてくっついていると、わたしはとても安心します……あの夜わたしを抱き上げてくれた、あなたさまの体温を思い出すみたいで……」


「きゃっ!? 急に飛び退いて、どうしたんですか?」


「……当たってた? わたしの体が?」


「……はあ、胸、が。ぎゅーっとくっついていたからつい、ですか」


「胸……おっぱいって、赤ちゃんにお乳を与えるための場所ですよ? それが押しつけられるとつらい……? にんげんは変な生きものですねえ」


「ですが、そのお顔はつらいというよりは、耳をくすぐったときのように、恥ずかしがられているみたいで……どこか気持ちよさそうにも見えますし……」


「……あなたさまになら、いくら触られてもいいんですよ? わたしの……おっぱい」


「ふふふ、すみません。表情がころころ変わられるので、なんだか楽しくなってしまって。おつらいというのであれば、スキンシップはほどほどに止めておきますね」


「そんなことよりお腹がすいた? 早くごはんを? おっと、そうでした! すぐに取りかかりますね!」


「ですが……わたしはまだ、年端もいかない子いぬですので」


「急に飛びついてしまったり、においをかいでしまっても……怒らないで、くださいね? ふふっ」

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