〜願いと進歩の物語〜〖更新中〗
said学-①〖最新〗
七月の初め頃。今日は林間学校で、とある半島に来ている。半島の歴史と、生態系を学ぶのが目的だそうだ。
俺達学生は海とか水族館とか、学習と関係ないところに意識が向いているけどな。
現に、移動中のバスの中は、つい先程にやっと見えてきた海の話で盛り上がっている。俺の隣に座る幼なじみの沙江だって、大はしゃぎである。
「ねえ、学。学ぅ! 海綺麗だね!」
「そんなに呼ばなくても聞こえてるし……。ってか、お前なあ。そんなに海を見たがるんだったら、最初から窓際に座ればよかっただろ」
沙江は今、窓際に座る俺の方へ身を乗り出して海を指さしているのだ。好きな相手にそんなに引っ付かれると色々な意味で困るし、文句のひとつも言いたくなる。
「だって」
沙江は自分の席に座り直すと、唇を尖らせて言い訳をする前置きの言葉を呟いた。
「友達とお菓子の交換したかったし」
海が見える前までは、確かに沙江は通路を挟んだ隣に座っている班員の女子達とお菓子を交換していた。俺はつい納得してしまったので、ちょっと悔しい。
「ねえ、学。学もお菓子食べようよ。見て見て?」
沙江がそう言ってリュックサックから取り出したのは、夏限定と書いてあるグミだった。夏みかん味だそうだ。
「学が好きそうだから買ったの。夏みかん味だって」
わざわざ言われなくても、沙江が俺の目の前に見せびらかすように掲げているのだから、見れば分かる。わざわざそんな事、言わないけど……。
沙江は、いつも俺の好きな味だとか、好きそうだから。という理由で物を買って分けてくれる。その度に、俺はいつも「お前はそっちの味の方が好きだろう」とか、「それはお前の好みじゃないだろう」とか、「俺じゃなくて、自分の好きな物を買え」と言いたくなる。俺の可愛い幼なじみは、俺の事を何かと優先しすぎるのだ。
でも、俺が「気を遣わなくていいよ」と言うことが出来ないのは、沙江の気持ちが嬉しいのと、言ったところで沙江が笑って誤魔化すのが目に見えているからだった。
「俺、さっき自分の分食ったから、返せねえぞ」
「沙江が学と食べたくて買っただけだから、いいの」
沙江はそう言って、笑顔でお菓子の袋を開封した。みかんの匂いが俺の鼻先まで漂ってくる。
「沙江、学と食べるの大好きだから」
そんな風に可愛らしい事を言われてしまった俺の顔が、熱を帯びる。赤くなっているかもしれない。と思ったら更に照れくさかった。
「じゃ、もらう」
俺は沙江が差し出してくれた袋からグミを一粒とって、口に入れる。甘酸っぱいみかんの味がした。どちらかと言えば酸味が強いが、嫌いでは無い。むしろ好きな味だったから、沙江の俺への理解度はかなり高い。
「美味しい?」
「ああ。サンキュー」
俺がお礼を言えば、沙江は元々笑顔だったのがもっと嬉しそうな表情になる。本当に、こいつは可愛いな。本人にも、そう素直に言えたら良いのに。と、俺は思わずにはいられない。
宿泊施設に着くと、俺達は班ごとに部屋に入って、荷物を整理する。整理して、必要なものを持ったら、班行動だ。今日は水族館で生態系を学ぶ予定なのである。
「なあ、学」
荷物を分けていると、普段から俺と一緒に行動する事が多い
「何?」
「お前と山田って、何で付き合ってないんだ?」
「はあっ!?」
急になんて事を聞くんだ。こいつは! 俺は驚いて、持っていた学習ノートとペンケースを床に落としてしまった。
「何だよ。急に」
「だって。いつもの事ながら、お前と山田が両想いなのは明白じゃん?」
俺は落としたノートやペンケースを拾いながら、辰巳を睨む。沙江の言う「好き」と俺の「好き」は別物だ。
「沙江が俺に懐いてるのは俺もわかってるけど、そういう好きじゃないから」
「それ言ってるのお前だけだぜ?」
「ガキの頃のあいつを知らないからそう言うんだよ。あいつ、昔と全く変わらないんだから」
小さい頃と同じように無邪気に、全く変わらないトーンで「好きだよ」と言ってくる。あいつのアレは恋愛感情じゃなくて、幼なじみで仲良しの友達に対する気持ちなのだ。
「バスの中であんなにくっついたり、仲良さそうにお菓子交換してたのに?」
「一方的に貰っただけだけどな」
俺がそう言うと、辰巳は面白くなさそうに唇を尖らせた。
「好きでもない男にあんなにくっつく?」
「幼なじみだからな」
「山田は学のためにお菓子を買ってきたんだろ?」
「昔っからそうだよ。自分の好きな物を買えばいいのにな」
俺がことごとく反論するから、辰巳はやっぱり面白くなさそうに唇を尖らせていた。
「でもさ、春山は山田さんの事が好きなんだな」
「え……?」
準備を終えたからなのか、いつの間にか背後にいた同じ班の班長、
「……まあ、好きだけど」
照れくさいけど、沙江に本心を言えない分、他の人の前では嘘をつきたくない。沙江は可愛いから尚更だ。俺が沙江をそういう目で見てない。なんて言ったら、他の男子がチャンスと言わんばかりにこぞって沙江に愛を囁くだろう。
俺は男子達に言い寄られる沙江を想像して、嫌な気分になる。
「やっぱりそうなんだ」
「前からそうなんじゃないかと思ってたけど、いざ本人の口から聞くとこっちまで照れるね」
言わされた俺の方が照れている。そう言いたかったけど、からかい目で見てくる辰巳が更に俺をからかってきそうだから、口を噤んだ。
「絶対両想いだと思うんだよなあ。早く告って付き合っちゃえよ!」
黙っていたのに。結局俺は辰巳に肩を組まれて、からかうようにそう言われてしまったのだった。
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