side美江-③

 私達はほとんど無言でアイスを食べ終えた。私は恥ずかしいからだけど、桜井くんはなんで何も言ってくれないの! 余計に照れちゃうじゃないっ!


 そんな事を考えていても、気まずさは増すばかりだ。


「山田。アイス、本当にありがとう」


 桜井くんはそう言って、いつもの表情で微笑んだ。意識してしまっているのは私だけのようだ。


 やっぱりそうよね。私ったら……。もしかして、お兄ちゃんの言う通り、桜井くんは私の事が好きなのかもしれない。なんて考えちゃった。恥ずかしい。


「ううん。お礼のアイスだもん。気にしないで」


 私は恥ずかしい気持ちが一気に無くなって、逆に嬉しくなってしまう。私が笑ったら、桜井くんがまた一瞬だけ固まったように見えた。


 もしかして、私の顔が何か変!? もしそうならショックだわ。


「あの、山田?」

「あっ。な、なあに?」


 ショックで、思わず自分の頬を触ってしまっていた。桜井くんに声をかけられて、私はハッとする。


「まだ明るいとはいえ、あんまり遅くなると監督が心配するだろ? 近くまで送るから、そろそろ帰ろう」


 桜井くんは私とお兄ちゃんに仲直りして欲しいんだろうな。桜井くんは野球部員で、お兄ちゃんにもお世話になってるって考えてるだろうし、自分にも妹がいるから、兄妹喧嘩をよく思っていないのもわかる。


「……桜井くんはお兄ちゃんの肩持つんだ?」


 桜井くんの気持ちもわかるけど、でも私はまだお兄ちゃんを許していない。少しだけ意地悪のつもりで、私は桜井くんを責めてみる。


「いや、そんなつもりは無いけどさ……」

「本当に?」

「えっ……あの……」


 桜井くんが面白いくらい戸惑っている。あんまり意地悪しても可哀想だけど、桜井くんは元々かっこいい顔をしているから。色々な表情を見るのが楽しいと思ってしまう。最近気づいたけど、私はかなり性格の悪い子みたい。


「ふふ。冗談だよ。帰ろっか」


 帰る途中、私はやっぱりお兄ちゃんの態度にムカついていて、文句を言いながら歩いている。


「まあまあ」

「あ、やっぱりお兄ちゃんの肩持ってる」

「だって、監督の気持ちもわかるし。山田はさ、愛されてるんだよ」

「度が過ぎると思うんだけど。それに、桜井くんは私の大事な友達なんだから!」


 だから、やっぱりお兄ちゃんが桜井くんを睨んだりするのは嫌。だからって、せっかく仲良くなれたのに距離を置くのも嫌よ。


「そう言ってくれて嬉しいよ。ありがとう」


 桜井くんはそう言って、優しい表情で笑ってくれた。綺麗で、つい見蕩れちゃうような……。素敵な笑顔だった。


 お別れするのが寂しくなっちゃう。お兄ちゃんに会うのが憂鬱だから、今日はついそんなことを考えしまうんだ。


「やっぱり帰りたくないなあ」

「え」


 気づかないうちに口に出してしまっていたみたいで、桜井くんが目の前で困惑した顔をした。


「嘘だよー? お兄ちゃんの事はまだ怒ってるけど、ちゃんと仲直りするから……。大丈夫」

「仲直りはちゃんとしてよ? 俺のせいで兄妹喧嘩なんて、やっぱり悲しいし」


 桜井くんはそう言うと、続けて「でも」と口にした。


「もう少しだけなら、寄り道する?」

「いいの?」

「寄り道って言ってもそこの公園くらいだけど。山田の家にも近いし」


 もうあと数メートル歩いたところにある、うちの近所の公園。私と桜井くんはいつもこの辺りで別れている。


「ベンチに座って話す? アイスは奢ってもらったし、飲み物は俺が買うよ」

「あのね。私、ずっとやりたかったことがあるの」


 私は自動販売機の前に立つ桜井くんの裾を引いて、こちらを向いてもらう。


「やりたかったこと?」

「まだ明るいし、今日なら出来ると思って」


 私には、ずっとずっと桜井くんとしてみたいと思っていたことがある。


「何がしたいの?」

「キャッチボール!」

「え」

「お兄ちゃんとしかしたことないんだもん」


 かおりは野球にはあんまり興味無いみたいだし、沙江はボール遊びがあまり得意じゃない。一番下の義弟、大輝くんはまだ幼稚園生だから、こんなに硬いボールでのキャッチボールには誘えない。


「別にいいけど……。硬式ボールを素手は危ないぞ?」


 ふふふん。実は、私は鞄の中にグローブを入れている。本当は今日の帰り、お兄ちゃんとキャッチボールをするはずだったんだけどね。私はお兄ちゃんを怒っているから、付き合ってあげない!


「グローブ持ってるから、大丈夫よ」

「なんで持ってるんだよ」


 私が鞄から取り出したグローブを見て、桜井くんは苦笑する。


「たまにお兄ちゃんとキャッチボールしてるから」


 と説明したら、桜井くんの表情は苦笑から、優しい微笑みに変わった。


「なんだ。仲良いじゃん」

「そりゃ、まあ……。兄妹だし」


 生暖かい目で見られて少しだけ照れくさかったから、私は桜井くんから距離を取り、グローブを構える。


「暗くならないうちに、しよ?」


 桜井くんはクスッと笑った後、硬式ボールをふんわりと投げてくれる。もう少し強くても捕れるけど、桜井くんは私とのキャッチボールは初めてだもんね。加減を考えてくれているみたい。


「いくよー!」

「おー」


 パシっ


「へえ。山田、意外と力あるんだ」

「えへへ。小さい頃からお兄ちゃんに付き合わされてるからね!」


 何度か繰り返していくと、桜井くんの投げる力も少しずつ強くなって言って、いつもお兄ちゃんとしているキャッチボールみたいになってきた。


「あっ」

「悪い! ちょっと強く投げすぎた!」


 グローブから零れたボールが私の後方に転がる。私は桜井くんに「大丈夫」と返事をして、すぐにボールを拾いに走った。


「山田」

「んっ?」


 桜井くんはいつの間にか私のそばに来ていたみたいで、振り返ったら近くてビックリしてしまった。


「そろそろ暗くなってくるから……。どう? 気分転換になった?」


 そうやって首を傾げた桜井くんは、ものすごく優しい顔をしていた。まるで子どもを諭す時みたい。同い歳なのにね。


「うん。最近ずっと、お兄ちゃんがごめんね」

「気にしてないって。俺もきっと、妹に近づく男がいたら警戒しちゃうし」


 桜井くんもだもんね。


「でも、桜井くんは結局その人にも優しいと思うな」

「そう?」

「桜井くんなら、妹の気持ちに寄り添ってくれそうだもん」


 崇お兄ちゃんも、私の事をもっと信用してくれてもいいと思うの。だって、私が選んだ友達なのよ? あんな風に睨まれたり、失礼な態度を取られたら、私だって悲しいんだから。


「あーあ。桜井くんみたいなお兄ちゃんなら良かったのにな」


 私はわざとらしくそう言って、桜井くんの手のひらの上にボールを乗せる。どんな反応を見せてくれるのか桜井くんを見上げてみると、桜井くんはやっぱり、優しい顔をしていた。少しだけ寂しそうなのは、同じとしての同情心からだろうか。


「もしも美江ちゃんが妹なら、いい子すぎて心配になるね」


 桜井くんの大きな手が、ボールと一緒にに私の手を包む。つい、ドキッとしちゃった。私は触れた手を急いで避難させると、まだ感触の残った指をスリスリと擦り合わせる。なんだかものすごく照れくさかった。


「やっぱりちょっと暗くなってきたし、家の前まで送るよ」

「あ、うん……。ありがとう」


 家に着いて桜井くんと別れたあとも、まだ私の胸はドキドキしている。


 桜井くんが急に下の名前を呼んだからなのか、桜井くんの大きな手に触れたからなのか、理由は分からない。もしかして恋なのかな。なんて考えたりもしたけど、私は今日1日、ずっと要先輩を見てしまっていた。


「まさか……」


 二股なんて、私そんな酷い女じゃないよね!? つい心配になってしまって、私は悶々としたまま夜を過ごしたのでした。

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