〜俺が作る物語〜

side涼

 土曜日の休日。俺はリビングでまったりと、スポーツ雑誌を読んでいた。兄さんに借りた水泳特集がメインの雑誌である。持ち主の兄さんは部活の午前練習が終わった帰りに遊びに行く。と言っていたので、まだ家には帰っていなかった。


ピンポーン


「あら、お客さんだわ」


 母もリビングでファッション誌を読んでいたので、その雑誌を閉じ、玄関へと向かった。


 リビングに戻ってきた母さんは、ランチボックスを持っている。


「また冬子ちゃんが作ったお菓子をおすそ分けしてもらったの」

「もしかして、雅美?」

「残念。今日は雅子ちゃんよ」


 本当に少しだけ残念だ。来てくれたのが雅美なら、会いたかった。母さんもそれを知っているから、落ち込む俺を微笑ましげに慰めてくれる。


「今日持ってきてくれたのはタルトなんですって。ほら、これでも食べて元気だしなさいよ。雅美ちゃんとは学校でも会えるでしょ?」

「まあ、そうだけど」


 最近は特に、雅美と学校で会う機会が増えた。雅美とクラスメイトで、俺の気持ちを知っている由香がちょこちょこ雅美を連れて俺に声をかけるようになったからだ。雅美の方も、俺に随分慣れてくれたのか、廊下で会えば声をかけてくれるようになった。


「たい焼きでも買って雅美に渡そうかな……」


 雅美もたい焼きを気に入っているが、雅美の話では家族全員がたい焼きを好んで食べているらしい。俺は雅美に会いたかったし、いつもお菓子を作ってくれる冬子さんにも、何かお礼をしたいと思った。


「あら! それなら、手作りの方が気持ちが籠ってていいんじゃない?」


 手作り。と母さんは言うけど、俺は料理がほとんど出来ない。兄さんみたいに器用でもないし、手伝いだって、鍋を掻き回すくらいしか経験がないのだ。


「でも、お菓子って普通の料理より難しいんだろ? 俺に作れるか……」

「そんなの、気持ちの問題でしょ! 好きな女の子にいいとこ見せたくないの?」


 そりゃあ、好きな子にはよく見られたいに決まっている。「美味しい」なんて言って食べえ貰えたら、とんでもなく嬉しいだろうし。俺が作ったお菓子で笑顔になる彼女が見てみたい。


「見せたい……」

「じゃあ、明日のおやつは餡子を使ったお菓子でも作ろっか。小豆ならあるし」


 次の日の。約束通り、俺と母さんはキッチンでお菓子作りをする。


 母さんが調理器具を見繕っているのを横目に、俺は棚から小豆を出した。


 それにしても、何を作るんだろう。


 たい焼きみたいな味のお菓子って考えたら今川焼きだと思うけど、今川焼きも綺麗な丸型まし、型がいるはずだ。なんて考えていたら、母さんが丸い形のシリコン型を取り出して、台の上に乗せた。やっぱり今川焼きなのかな?


「今川焼き?」

「正解。小豆、茹でちゃおっか」


 俺は母さんが小豆を火にかけるのをじっと見つめた。餡子の作り方なんて知らないし、ここから小豆がどうやって餡子になっていくのか、俺には想像も出来なかった。


「俺、何すればいいの?」

「そこの秤で砂糖を量って」

「わかった」


 俺は母さんに必要な量を聞いて、砂糖を用意する。


 餡子が出来たのは、あれから二時間後だった。火にかけていただけなのに、こんなに大変だなんて思わなかった。


「よし、それじゃあお手本を見せるから、よく見ててね」

「うん」


 小豆を茹でている途中で作った今川焼きの生地を、母さんがフライパンのシリコン型に向かって流し込む。


「サンドするから、こっちにも」


 あ、いい匂いがしてきた……。甘くて香ばしい匂いが漂ってくる。


「こうやって表面にぶつぶつが出てきたら、片方の生地をひっくり返して……。で、もう片方に餡子を乗せて、ひっくり返した生地でサンド!」


 おお。形がもう今川焼きだ。


「焼き目が綺麗につくまで弱火でもう少し焼きましょうか」


 美味しそう。それに、そんなに難しい工程はなかった。俺にもできるかも!


 と、数分前までの俺はそう思っていた。


「ひ、ひっくり返すの……結構難しっ……」


 油をしっかり引いてるはずなのに、裏が引っ付いてしまっていたり。型があるのに、ひっくり返す時にぐちゃっと形を崩してしまったり……。中々上手くいかない。


「俺、マジで料理下手じゃん……」

「練習すればすぐに上手くなるわよ」


 母さんはお手本として作った今川焼きをラッピングの袋に入れている。


「なあ、何作ってるの?」


 自室でゲームをしていた兄さんが降りてきた。多分、匂いにつられてきたんだと思う。


「何それ、小さいパンケーキ?」

「今川焼きよ」

「ああ。だから餡子があるんだ」


 学は涼の傍に近寄ると、フライパンを覗く。


「それ、もうひっくり返せるんじゃない?」

「う。そうなんだけど……。上手く出来なくて」


 兄さんも俺と一緒で普段は料理をしない。でも、器用だから。レシピをちょっと見ただけで何でも作れちゃうんだ。多分。


「貸してみ」


 兄さんは俺からフライ返しを奪うと、サッと綺麗にひっくり返した。


「ほら。もうすぐ出来るぞ」


 兄さんはそう言って、俺の頭を撫でる。善意でしてくれた事なんだろうけど、俺はつい意地になってしまった。


 それに、だって。雅美に食べてもらうなら、自分で作ったものがいい。俺が作った物を食べてもらいたいから頑張っているのだ。

 

「もう一回やる」


 俺がそう言うと、兄さんは少しだけ寂しそうな顔をした。


「俺が作ったのは食いたくねえ?」


 俺はそれに反応する余裕もなかった。子どもみたいに拗ねている自覚はあるけど、俺は兄さんと比べたら本当に不出来なんだもん。劣等感に苛まれて、俺は兄さんに「うるさい」って八つ当たりしてしまった。


「……ごめん」


 兄さんが驚いた顔をしていたから、俺はすぐに罪悪感でいっぱいになる。俺が謝ると、兄さんはぽんぽんとまた頭を撫でくれた。


「自分で作りたいんだな。頑張れ」


 兄さんはそう言って俺から離れると、今度は母さんの元へと近寄った。


「母さんは何やってんの?」


 兄さんと母さんの会話を聞き流しつつ、俺はまた挑戦する。……そして、また失敗した。


「雅美ちゃんにあげたくて作ってるんだって?」


 いつの間にか俺の背後にいた兄さんが、からかい顔でそう言った。俺の顔は一気に熱を帯びる。


「う、うるさいっ。悪い!?」

「いやあ? いいと思うよ」

「ああっ!」


 兄さんが失敗作の今川焼きを口に入れて、ニヤッと笑う。


「失敗作は全部食ってやるから、頑張って綺麗なの作りな」


 ……兄さんのそういうところ、かっこよくてムカつくなあ。俺はそう思いながら、再挑戦した。


「頑張れ、頑張れ。雅美ちゃんが待ってるぞー?」


 兄さんはからかいつつも、本当に失敗した今川焼きを全部食べてくれた。その間に母さんが作った綺麗な今川焼きは、全てラッピングされてランチボックスの中にある。


 俺の今川焼きが完成したら、すぐに渡しに行ける状態になっていた。


「今度こそ」

「お」


 兄さんがおどけた声を上げる。


「それ、上手くできてるじゃん」

「本当?」


 確かに、今までで一番の出来栄えだ。しかし、やはり母さんのと比べると、型から少しだけはみ出て歪に見えた。


「これくらいなら、後で削れるでしょ。ほら、餡子のせろ。早くしないと焦げるぞ」


 俺は兄さんに急かされながら、餡子を乗せてひっくり返した少しだけ歪な形の生地を乗せる。


「美味そうじゃん」

「……本当に?」


 俺はつい不安になって、兄さんを見つめる。兄さんはクスッと優しく笑うと、また俺の頭を撫でる。


「本当」


 それが嬉しくて、とても安心して、気を抜いていたんだ。


「愛が篭ってるよねえ」


 そう言った兄さんの顔は意地悪だった。せっかく感動していたのに、台無しだ。結局最後にはからかうんだから!


 俺は母さんに雅美の分もラッピングしてもらって、市川邸へと赴く。ランチボックスを返すのと、そのランチボックスに入ったそれぞれ名前付きのラッピングがされた今川焼きを渡すのだ。


「涼さん。いらっしゃいませ」


 使用人の春美さんが出てくれた。そして、上に上がろうとしていたのか、エントランスにいた雅美が近寄ってきてくれた。正直、会えたことがものすごく嬉しい。


「どうしたの?」

「あ、これ。ランチボックスと、中にいつもお菓子をお裾分けしてくれるお礼。今川焼きって言う、日本のお菓子が入ってるから。良かったら食べて」

「まあ。日本のお菓子は美味しいから、嬉しい!」


 雅美は食べる前からとても喜んでくれた。それがとても嬉しい。


「それぞれ名前が書いてあるから、良かったら後でみんなで食べて」


 俺は今川焼きを渡して暫くの間、美味しく食べて貰えたのかが気になって悶々としていた。


 すると、雅美からチャットで「とっても美味しいお菓子だね! ありがとう!」と届いた。


 それが嬉しくて、頑張った甲斐があったなあ。と思った。兄さんの胃袋にも感謝である。からかったので、兄さん自体には感謝してやらないが。いや、ちょっとは感謝してるけど……。言ってやらないんだ。


 とにかく喜んでもらえてよかった。と、俺はスマホを見つめながら暫くニヤニヤしてしまっていたのだった。

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side X〜これは誰かの物語〜 朱空てぃ @ake_sora_

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