side沙江

 どうせ上手くできないだろうから、意地悪のつもりで髪を結んでもらった。


 後で「下手くそだー」って、からかうつもりだったのに。


「なあ、沙江。写真撮っていい? 後で涼たちに自慢しよ。」


 でも、学が楽しそうにしているからいいや。私も、そのまま直さないで帰れるし。


 私も後でお姉ちゃんに自慢しよっかな。学が結んでくれたんだよーって!


「いいよ。学、器用だよね」

「へへ。実は才能あったかもな」


 もう。調子に乗っちゃって……。笑った顔がちょっぴり可愛いから、私はドキドキしてしまった。


「じゃあ、学。今日はありがとう。次来る時までには完成させるね!」

「おう。あんま張り切りすぎるなよ? お前だって、大会あるんだから」

「うん!」


 私は競泳じゃなくて飛び込み。タイムで競うわけじゃないけど、姿勢とか、技の練度とか……私も大会の練習、頑張らないと。


「ただいまー!」


 家に帰ると、既にお姉ちゃん靴があったので、私は手を洗ったら速攻、お姉ちゃんの部屋に向かう。


「お姉ちゃん!」

「おかえり、沙江。どうしたのよ。そんなに慌てて……」

「見てみて。髪の毛!」


 私がポニーテールを見せると、お姉ちゃんがニコッと笑って手招きしてくれた。


 お姉ちゃんのお部屋のベッドに腰掛けて、二人で並ぶ。


「珍しいね。ポニーテール。私とお揃い」

「うん。学に結んでもらったの」


 そう言ったら、お姉ちゃんが驚いた顔をした。


「学くんって器用ねー。上手に結べてるじゃない」

「でしょ?」


 驚いた顔が見れて、私は満足だった。


「それにしても沙江ったら。帰って早々自慢しに部屋まで来るなんて。学くんのこと、大好きよねえ」

「え? えへへ…うん……好き」


 言葉にすると恥ずかしいけど、私は学が大好きだから、嘘はつけないの。


 学にもいつも好きだよって言ってるんだけどなあ。学はいつも誤魔化そうとするから、ちょっぴり寂しい。


「もう、可愛い妹ね。妬けちゃうわ」

「沙江、お姉ちゃんも大好きだよ?」

「ふふ。私も好きよ。学くんの話をしている時の沙江が一番可愛いもの」

「えへへ。ありがとぉ」


 私は、お姉ちゃんに褒められて照れてしまった。だって、お姉ちゃんは美人で優しくて、本当に大好きなの。


 お姉ちゃんは桜井先輩とどうなのかな? 仲良さそうだったけど……。そもそも、お姉ちゃんって誰か好きな人、いるのかなあ?


 お姉ちゃんのそういう恋愛の話、私は聞いたことがないんだよね。


「どうしたの?」


 私がじっとお姉ちゃんを見つめていたから、不思議そうな顔で見つめ返されてしまった。


「お姉ちゃん、美人さんなのに恋人いないなって……前から不思議だったの。なんで?」

「え? う、うーん……」

「沙江、転校生の桜井先輩、いいと思うなあ。かっこいいから、お姉ちゃんともお似合いだよ!」

「え? 桜井くん?」


 お姉ちゃんがまたきょとんとする。その後、ほんのりと頬を染めたから、もしかしたら本当にありなのかもしれない。私は急にドキドキしてきてしまった。


「ま、まずは自分の恋をどうにかしなさい」

「はーい……」

「あと、そろそろ大会もあるんでしょ? そっちも頑張ってね」

「うん! ありがとう! お姉ちゃんも野球部、そろそろ予選で忙しいんだよね? 頑張ってね!」

「ええ。ありがとう」


 私は部屋に戻ると、学に着てもらうラッシュガードの手直しを始める。


 一度始めると無心でやっちゃうから、ご飯に呼ばれても反応できなくて、お姉ちゃんにわざわざ呼びに来てもらっちゃったくらいだ。


 次の日。一限目から体育なのを忘れていて普通の髪型で来てしまったので、学校に着いて早々に髪ゴムを外した。


「……学? なあに?」


 じーっと学に見つめられていることに気がついて、私はちょっとだけ恥ずかしくなる。


「髪結ぶならやってやろうか?」


 学がわくわくした顔をしている。昨日上手に出来たから、また結びたくなったんだろうなあ。ちょっぴり子どもっぽい顔が可愛くて、私はドキドキしてしまった。


「うん。じゃあ、結んで?」


 私も、学に髪を触れてもらうのは嬉しい。教室でみんなに見られちゃうのは恥ずかしいけどね。


 いつもは学の方が嫌そうな顔をしたり、「恥ずかしいだろ」って怒る。でも、学は集中している時はこういうの、気にならない性格だから。今は私の髪を結ぶことしか見えてないみたいだ。


「あのね、ラッシュガード。昨日ちょっと手直ししたから、また試着してみてね」

「おう。ありがとな」

「できそー?」


 私はそう聞いてみるが、集中しているのか、学からの返事は著しくなかった。


「……あれ? もっかい結び直していい?」


 やっと返ってきたのは、その言葉だった。


「うん」

「んー……昨日は上手くできたんだけどなあ」


 今日はなかなか苦戦しているみたい。その分、長く学に触れていて貰えるから、私は満更でもないんだけど……。


 遅刻してしまうのはいけないから、名残惜しいけど、そろそろグラウンドに降りないと。


「学。結べてるから大丈夫だよ?」

「えー? でも……なんか昨日より下手だ。時間がある時に結び直して。ごめんな」

「ううん。学が結んでくれたのがいい!」


 確かに昨日よりは下手っぴだ。それでも、私はこのまま授業に出たくなった。ぐちゃぐちゃって程じゃないから尚更。


「あれ? 髪の毛、なんか曲がってるよ?」

「うん。知ってるけど、今日はいいの」


 整列の時にもクラスの子に指摘されたけど、それでも私はこのまま授業を受ける。


 学がしてくれた髪型だから、下手っぴでも、このままが良かったの。凄く嬉しかったから。


「えー? 珍しいね」

「なんか嬉しそう……」

「ふふ。私見てたから知ってるよー? 春山くんに結んでもらったからでしょ?」

「……うん!」


 私は嬉しくて、綻んだままの笑顔でそう答えた。


 普段は体育の授業もあんまり好きじゃないんだけど……。今日は学のおかげで頑張れそうだった。

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