side新次-③

 俺は今、野球の強豪校である飛鷹ひだか高校のグラウンドにいる。今日は予選大会前、最後の練習試合の日。


 以前、社交辞令で飛鷹高校のマネージャーが「練習試合をしたいね」と言ってくれたが、まさか本当に実現するとは驚きだ。


「す、すげぇ。流石…強豪校の設備は違うなあ」


 俺もそうだが、他の部員達も飛鷹高校の充実した設備を見て興奮している。グラウンドの隅には倉庫にも見える丈夫そうな小屋があって、そこはトレーニング専用の設備なのだそうだ。


「来る途中にもトレーニング設備の教室、見かけたよな?」

「ああ。雨の日はそこで練習をしてるって言ってたな」


 俺は同じ1年生の部員達とコソコソ話しながら、監督の後をついていく。


「本日はよろしくお願い致します」

「いえいえ。こちらこそ。お互い大会前は最後の試合ですかな? 全力を尽くしましょう!」


 監督同士が挨拶を交わしたので、俺達も横1列に並び、飛鷹高校の野球部員達に挨拶をする。


 やっぱり、野球部の強豪校だけあって部員の数も半端ない。うちの野球部の何倍になるだろうか?


「桜井。今日は美江と一緒にスコア付け頼む」

「あ、はい!」


 俺はスコアブックを監督から受けとって、用意されたベンチに向かった。ベンチと言っても、そこにあるのはパイプ椅子だけなんだけどな。


 山田は、練習試合を整えてくれた白峰さんに挨拶に行ったみたいだ。緊張しているみたいだけど、強豪校のマネージャーが相手だからなのか、それとも好きだった先輩の彼女が相手だからなのか、俺にはわからない。


「桜井。あんまり見てると監督にドヤされるぞ?」

「わ」


 後ろから声をかけてきたのは、2年でレギュラーメンバーの戸部とべ先輩。ポジションはキャッチャーで、かなり大柄。今日はベンチ待機からのスタートのようだ。


「あはは。山田マネージャーとスコア付けって言われたから、探してたんですよ」

「ああ。だからスコアブック持ってるんだ?」

「はい」


 俺はそう返事を返すと、軽くスコアブックを掲げた。


「なあなあ、前から思ってたんだけど、桜井と山田ちゃんって仲良いよな?」

「そうですか?」


 周りからそう見えているのなら、嬉しい。


「ぶっちゃけ監督に内緒で付き合ってる……とかあったりすんの?」

「え?」


 そこまで言われるとは思っていなかった俺は、驚いて固まってしまった。恐らく、今額に滲んだ汗は暑さのせいではなくて、恥ずかしくて火照ったせいだと思う。


「付き合ってませんよ。そんな風に見えるんですか?」

「だーって、山田ちゃんの方から桜井にこう……寄っていってるって言うか? 楽しそうじゃん」


 多分それは、会話の内容だと思う。俺と山田って、結構共通の話題が多いから。


「ええ。そう見えてたんだ。なんか山田に申し訳ないな……」

「なんでだよ。卑下すんなって。まあ、でもそっか。付き合ってないんだ」


 先輩はそう言うと、俺に身を寄せて物凄い小声でこう聞いてきた。


「でも、ぶっちゃけ好きだろ?」

「うっ……」


 もしかして、俺の好意は顔に出ているのだろうか。図星をつかれて、更に顔が熱くなった。汗がじんわりと広がって、気持ちが悪い。


「やっぱり? 山田ちゃんに惚れてる奴、多いからわかるぜ。監督の前じゃそんな事言えねえけど」

「そんなに多いんですか?」

「多いよ。野球部うちの1年は大半が好きなんじゃねえかな?」


 俺もその1人って訳か……。と言うか、もしかしたら仲良くなった人全員が山田を好きって可能性もあるわけだ。


「あの子、よく周りに気ぃ配ってるし、ニコニコしてて可愛いし。恋愛感情抜きにしても人気だと思うぜ」

「確かに……」


 本当は甘えん坊の癖にね。自分よりも他人の事ばかりだ。そういう所も可愛いんだけど。


「ライバル多そうだけど、今一番あの子と距離が近いのは間違いなく桜井だぜー? 頑張れよ」


 と、先輩に背を叩かれて俺は苦笑で返した。頑張るには頑張るけど……。まだ、彼女は気持ちの整理がついていないだろうな。まだ要さんの事が好きみたいだし。


「桜井ー? うちの妹がどうかしたかあ?」


 俺が山田を見ていたら、いつからそこにいたのか監督が視線の先に割って入ってきて、俺を睨みつける。


「か、監督……!」

「何見てたんだ」

「あー…」


 俺は言い訳を考えて、あちこちに視線をさ迷わせる。後ろの戸部先輩は俺から視線を外して、知らんぷりをしていた。薄情者!


「と、戸部先輩が山田を褒めたので、見てただけです」

「おい! 桜井ぃ!?」

「ほーう……?」


 監督の睨みつける攻撃が俺から戸部先輩に移った。今度は先輩から睨まれているけど、助けてくれなかった薄情な先輩への報復だ。俺は無視を決め込んだ。


「お兄ちゃん? 何してるのよ」

「山田ちゃん、助けて!」


 先輩が山田に助けを求めると、山田はプクッと頬をふくらませて監督を叱り付ける。家族だからなのか、妹を溺愛しているからなのか、監督は山田に絞られてすぐにしゅんと大人しくなってしまうのだった。


 練習試合は順調に進み、今は6回の表だ。今回、こちらの野球部がお邪魔させてもらっているので、攻守順の決定権はあちらに譲った。飛鷹高校の余裕か優しさか、こちらは後攻となった


「うわあ。今のいい球だと思ったんだけど…。流石は飛鷹高校だな」

「悔しいけど、上位打順には手も足も出ないわね」

「下位打順を抑えられてるだけ凄いよ。今年の飛鷹高校は優勝候補だし」

「うん……」


 山田は相槌を打った後、バッターボックスに立つ要さんを見つめた。要さんは5番打者だ。今は一死ワンナウト二塁、三塁。ここは抑えたいところだ。


「あ……」


 でも、山田は俺とは違う理由で彼を見つめているのだろう。要さんが球を打ち上げた時、山田の瞳が少しだけ輝いたように見えた。


 犠飛犠牲フライで飛鷹高校に1点が入る。これで今の状況は4対0。こちらも1点くらいは欲しいなあ…。


「…………」


 山田の表情が曇ったのは、負けているからと言うより、要さんの応援をしそうになった事への罪悪感なのだろう。と、俺は勝手に推測した。


 山田は優しい子だから、気にしてしまっているのだろうな。大丈夫かな。俺は心配と同時に、やはり山田は、まだ要さんを想っているのだな。と言う嫉妬をしてしまって、心苦しくなった。


「なあ、桜井」


 7回の表。うちのレギュラーメンバー達がまた守りのためにグラウンドに向かった後、監督に声をかけられた。


「はい」

「お前、美江の事が好きなのか?」

「……はい?」


 試合中に聞くことか!? とか、本人の前で聞かないでくれ! とか、言いたいことは沢山あるが、まず声を大にして言いたいのは、この場で答えるのは無理じゃないか!? って事だった。


「ずっと美江を見てるだろう?」


 う。それはそうなんだけど……。山田が、うちの攻撃中もレフトにいる要先輩を見てるから…つい……。


 俺は何も答える事が出来なくて、俯いてしまった。

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