side新次-②

 歓迎会中、暫くは同じ一年生の部員や先輩達と話していたのだが、途中で主将と監督が席を入れ替わり、監督が俺の空いたコップにコーラを注いでくれた。


「わわっ。ありがとうございます」

「ああ、気にするな。……にしても、随分大きくなったよなあ。桜井は覚えてないかもしれないけど、俺、赤ちゃんだったお前を抱っこしたことがあるんだぜ」

「ええっ!?」


 そんなの初耳だ。そもそも、俺は山田のお兄さんは、警察をしているいつきさん一人しかいないものだと思いこんでいたし、そんな人が赤ちゃんの俺を抱っこしたことがあるだなんて思わない。


「私も初めて聞いたわ。そうなの?」

「ああ、俺がまだ小学生の頃だったかな。結構大人しい赤ん坊だったよ。こーんな小さかったのに、今じゃ俺より背ぇ高ぇんだもんな」


 監督が手で示したのは、手のひらに収まるサイズだった。流石に赤ちゃんでもそこまで小さくはない。俺は思わず苦笑してしまった。


「じゃあ、もしかして私と桜井くんの初対面も、小学生の時じゃなくて赤ちゃんの時だったりするのかなあ?」

「ああ。そのはずだよ」


 それも初耳だった。俺も、山田との初対面は小学校一年生の夏休みだと思い込んでいた。赤ちゃんの頃に既に顔を合わせていただなんて、なんだか不思議な気分だ。


「だからと言って、妹はやらんからな」

「えっ? あ、はい……?」


 監督に睨まれて、俺は反射でそう答えてしまった。しかし、俺はこちらに引っ越して来て、また山田美江に惚れてしまったのだ。「はい」と返事をしてしまったが、彼女を手に入れるために努力はしたいと思っている。


「もうっ! お兄ちゃんったら、またそんな事言って!」


 山田の咎めるような声が聞こえてきたら、部員達がみんなクスクスと笑い始める。


「山田ちゃんがマネージャーとして入部してくれた時に、部員全員に釘刺してるんだぜ。監督」


 と、二年生の先輩が大きな声で笑った。それを聞いて俺も、監督ならやりそうだ。と思った。山田は兄に随分と可愛がられているらしい。歳も離れているし、山田は美人でいい子だし、変な男に引っかからないか心配になる気持ちもわかる。


「ふふふ」


 部員全員が「また始まった」と笑っているから、俺も段々楽しくなって、つられて笑みが零れるのだった。


 あれから一週間ほどが経った。部活にもすっかり慣れて、凄く楽しい。ただ、今は予選大会に向けてレギュラーメンバーを中心に強化練習をしているため、俺はサポートの方が多かったりする。それも役に立てているのならいいんだけど。やっぱり俺も試合がやりたい。なんて、思う事もある。今年は応援に徹するけど、今から来年を楽しみにしてしまうのは許して欲しい……。


 俺は心の中でおかしな言い訳を考えつつ、目の前の手紙とにらめっこをする。手紙の隣には便箋とペンが置いてあって、俺はその便箋に書く内容を迷っている最中だった。


「うーん……」


 しかし、筆が思った以上に進まない。余計な事を考えてしまったのも、そのせいである。


「んー……」

「さっきから何を唸ってるのよ?」


 悩む俺のつむじを押すのは、隣の山田の席に座った澤田である。山田は学級委員の仕事があるらしく、今はいなかった。


「手紙の返事に悩んでる」

「あら。ラブレター?」


 澤田はニヤニヤとからかうような表情で、俺の机に置いてある手紙を見つめた。手紙は可愛らしいハート柄の便箋が使われているので、確かにラブレターと勘違いしてもおかしくはない。


「妹からだよ。今は離れて暮らしてるから、手紙でやり取りをしてるんだ。それで、妹に出す手紙の返事に悩んでいる、というわけです」


 可愛い2人の妹は、片方は小学3年生で、もう片方は1年生である。幼い2人に合わせて手紙を書くのは、思っていたよりも難しい。野球の事は書こうと思っているけど、勉強の事とか友達と話した内容とか、小学生には理解が難しい事の方が多い。


「へえ、手紙かー。今どきメールやチャットじゃないんだね」

「うん。俺の家は、中学まではスマホを持たせない方針だから」


 うちの場合、町が比較的安全だからキッズケータイとかも持たせてないし、妹達との連絡手段は、手紙か実家に直接連絡をするしかない。

 

「へえ……」

「桜井ー! なんか女子が呼んでるー!」


 と教室の入口からクラスメイトの男子に呼ばれ、俺はまた澤田のニヤニヤとしたからかい顔を見る羽目になった。


 教室を出ると、そこには見覚えのない女子生徒。同じクラスの人は流石にもう覚えたが、他クラスの生徒まではちょっと……知らない。


「えっと、君が呼んだので合ってる?」

「あ、はいっ…! あの…えっと……」

「何?」


 随分とモジモジしている。顔も赤い。それを見れば、何となくなのでは無いかと邪推してしまう。俺はなるべく刺激しないよう、できるだけ優しい声で用件を聞いた。


「あのっ! これっ……!」

「え」


 直接では無く、手紙を貰ってしまった。彼女は廊下を全速力で走り去っていくので、俺は彼女を引き止めるタイミングも完全に見失ってしまった。


 今度こそ、本物のラブレターだ。周囲のクラスメイト達もはやし立ててくるし、席に戻ったら澤田にもからかわれるんだろうなあ。


「よっ。色男!」

「ああ、もう。予想通りだよ」


 案の定、俺は席に戻った途端に澤田にからかわれた。


「遠目で見てたけど、結構可愛い子だったじゃない。確かF組の子よ。茶道部の。成績もかなりいいみたい」


 澤田は情報通と言われるだけあって、他クラスの彼女の事も知っているようだ。


「あの子には悪いけど、断るよ」

「あら、勿体ない。せめてもう少し彼女を知ってから返事を出すのでもいいんじゃない? 今は恋愛、してないんでしょ?」


 ああ、そういえば……。澤田にそんな事を聞かれた記憶がある。情報集めなのかなんなのか、根掘り葉掘りとそれはもう色々な事を聞かれた。


「……俺、山田と再会してまた好きになった」


 俺が正直にそう伝えると、澤田は一瞬驚いた顔をして、しかしすぐにまたニヤケ顔になって、パシパシと俺の肩を叩いてくる。


「やっぱり? やっぱりねえー! そうだと思ったのよ!」

「なんだよ、やっぱりって……」

「あんたはあの子の良さがわかる男だと思ったのよ」


 澤田は物凄く上機嫌にそう言って笑った。山田は、彼女にとても大事にされているんだな。そう思ったら、俺もなんだか気分がいい。


「言っとくけど、言いふらすなよ?」

「そりゃ、私は噂好きではあるけど…。そこまで非常識な女じゃないわよ。誰にも言わない」


 まあ、彼女の口から人の秘密を聞いた事はない。食堂のメニューがどうとか、抜き打ちのはずの小テストの情報とか。そういうのが多い。稀に聞く人の噂と言えば、あの人のお兄さんがモデルと親友だったみたい。とか、とある先生がもうすぐ産休に入るらしい。とかその程度だ。


「まあ、そこは友人を信用するよ」

「任せてよ。なんなら、協力するわ。新次くんなら美江を大事にしてくれそうだし! まずはね……野球部ならあの監督がとりあえず今一番の障壁ね」


 澤田から聞いた話によると、山田の兄はかなりのシスコンらしい。まあ、過保護なのは知ってるけど。牽制されたし。


「でも、野球が上手い人には優しいわ」


 要約すると、美江との恋を認めてもらうには、まず野球部を頑張れということだろうか。最初からそのつもりだが、まさか野球と恋愛が繋がるとは思わなかった……。


「何にせよ、美江を落とすにも部活を頑張るのは必須ね。美江が今まで好きになった男共を見るに、ひたむきに頑張ってる人を好きになると思う」

「わかった。ありがとうな」


 俺は澤田のアドバイスを元に、今日の部活も、恋愛も、頑張ろうと心に誓った。

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