〜心が揺れる物語〜
side新次-①
「今日からよろくお願いします!」
俺、桜井新次はそう言って頭を下げた。
場所は、志野原学園高等部、野球部の部室前。相手は野球部員と、この学校の野球部で監督をしている
監督もこの学校の出身で、野球部のエースだったらしい。二年前までは補助監督だったが、前任の監督が病気で引退してしまい、そのまま彼が監督になったのだと言う。
「何度か見学には来てくれてたが、本日より、正式に野球部のメンバーになってくれた。という事で、明日、土曜日の活動では歓迎会を行う!」
え? 歓迎会は初耳だ。凄く嬉しいけど、時期的にはもうすぐ予選大会が始まるし、俺のために時間を使ってもらっていいのかな?
「やったあ! 山田ちゃんオススメのケーキ屋、めちゃくちゃ美味いんだよなあっ!」
「ユニフォームとかも届くの明日なんですよね?」
「いっぱい話そうなー! 前いた学校の話とか、聞かせてよ」
部員達は思いのほかノリノリだ。楽しそうに俺に絡んできてくれる。先輩後輩の壁もなんだか薄い気がするし、上下関係というより、全体でチームって感じが強い。
「わざわざ俺のために、ありがとうございます」
「ホールケーキは大きめのを二つ買うとして……。飲み物は五本くらいで足りるかしら?」
山田が顎に手を当てて、監督を振り返る。監督は少しだけ考える素振りを見せてから、こくりと頷いた。
「ケーキはそれで大丈夫だろう。飲み物なら、足りなくなっても近くにコンビニがあるしな」
高等部の野球部員数は、今日入部した俺を含めて十七人。監督と山田、それから先輩のマネージャー一人を入れて丁度二十人になる。
確かに、そのくらいの量あれば何とかなりそうだな。部員のみんなは優しいし、嬉しそうに笑っているし、俺も明日の歓迎会が楽しみだ。
俺は楽しみな気持ちのまま、今日は学校指定のジャージ姿で球拾いだけを行った。
部活動が終わったその帰り、部室で着替えて出ると、山田が待っていてくれたようで、ニコニコと俺に手を振ってくれた。最近好きだと自覚したばかりだから、思わずドキドキと胸を高鳴らせてしまう。
「一緒に帰らない?」
「もちろんいいよ。待たせてごめんな」
「いいのよ。私が勝手に待ってたんだもん」
山田を待たせているって分かってたら、絶対にもっと急いだのに……! 俺はそう思いながら、可愛らしい笑顔を浮かべている山田に、内心で悶える。
「美江。遅くならないうちに帰るんだぞ? 真っ直ぐ帰るんだぞ?」
と、山田の兄でもある監督が俺を睨むように見つめながらそう言った。初めて見学に来た時からそうだが、俺は監督に警戒されてしまっている。
そりゃあ、山田みたいに可愛らしい妹が男と下校するって言うのなら、兄として心配にもなるだろう。
「平気よ。桜井くんも一緒だもん」
当の本人は嬉しいことに俺を信頼してくれているようだが、監督があまりにも不憫に思えたので、俺はつい口を挟んでしまう。
「俺と一緒だから心配されてるんだと思うよ……」
と。
当然、俺は好きな異性と二人きりだからと言って、変な気を起こすつもりは無い。彼女には今もまだ忘れられない男性がいるようだし、暫くは気持ちを隠すつもりだ。
「どうして? 桜井くんは身長もあるし身体も引き締まってるし、頼りになりそうじゃない。変な人だって、彼がいてくれたら寄り付かないわ」
「うん。信頼してくれてありがとう……」
俺は説明を諦めて、素直にお礼を伝えた。監督が微妙そうな顔でこちらを見ている。正直、視線が痛い。
「じゃ、帰ろ」
「う、うん……。それじゃあ、監督。お先に失礼します」
俺達は監督に挨拶をすると、そのまま学校の門を抜けていき、山田の家の方向へ歩く。
「頼りにしてくれてるみたいだし、家まで送るよ」
「え? あっ、た、頼りになりそうって、送ってくれって意味じゃないのよ? 催促したように聞こえたのならごめんなさい」
「あはは。気にしないでいいよ。俺も、暗くなってくると一人で帰すのが心配になっちゃうし、迷惑じゃなければ、ついて行ってもいいかな?」
俺がそう言うと、山田は本当に可愛らしい笑顔で、弾むような声でお礼を言ってくれる。俺がドキリと胸を高鳴らせてしまったのは、言うまでもない。
「それにしてもお兄ちゃんったら、こんなに優しい桜井くんが変な事する訳ないじゃないの。ね?」
それを聞いて、俺は一瞬足を止めてしまった。山田が先を歩くので、置いていかれないように、またすぐに歩き始める。
「監督の言ってる意味、気づいてたのか」
「ええ。私、そこまで鈍感じゃないわ」
山田は少しだけ唇の先を尖らせて、拗ねるようにそう言った。俺も妹がいるので、監督の気持ちも分からなくはない。けれど、山田が監督の言葉よりも俺を信頼してくれた事は、素直に嬉しいと思ってしまう。ちょっとした優越感だ。
「大体、お兄ちゃんは心配しすぎなのよ。私、中学の頃も野球部のマネージャーやってたんだけど、そっちは大反対されたの」
「え? なんで?」
「お兄ちゃんは高等部の監督だから。俺の目が届かないところで男共の世話なんてさせられない。って」
山田の監督のモノマネがあまりにも似ていなかったから、俺はつい笑ってしまう。そのせいで山田が恥ずかしそうにしていたので、慌てて笑うのをやめて誤魔化した。
「か、監督なら言いそうだよな」
「結局、お兄ちゃんの意見は無視して中等部でもマネージャーやってたんだけどね。自分からマネージャーになってくれって頼んできたのに、経験は積ませて貰えないなんて変じゃない?」
そういえば、山田は監督に言われてマネージャーになったんだったな。
「……でもまあ、私はお兄ちゃんになんと言われようが、桜井くんとも、野球部のみんなとも仲良くしたいって思ってるけどね!」
そう言って笑った山田が眩しく見えたから、俺はつい心の中で、俺とだけ仲良くして、他の男とは仲良くしないで欲しい。なんて我儘な独占欲を考えてしまうのだった。
歓迎会の土曜日。俺は今日、山田に言われて一時間ほど遅い時刻に部室前にやって来た。
「お。来たきた!」
部室の前で待っていてくれたのは、野球部の
「おはようございます。主将」
「おはよう! ほら、みんな待ってるから入って入って」
「あ、ありがとうございます……」
主将は俺を先に部室に入るよう誘導してくる。なので、誘導された通りに俺は部室の扉を開けた。
「お疲れ様です」
扉を開けたら部員達が全員、扉の方…つまり、俺の方を向いて整列していた。
「せーの!」
「「野球部へようこそ!!」」
主将の音頭で、部員達が俺に歓迎の言葉をかけてくれる。こういう場の主役って、何度やっても慣れない。転校前に開いてもらった送別会の時と同じくらい、俺は緊張していた。
「あ、ありがとうございます! これからは部員の一人として、精一杯頑張ります。改めて、よろしくお願いします!」
俺は無難な挨拶とお礼しか言えなかったけど、それでもみんなは拍手を送ってくれた。
「ほら。主役は真ん中の席な」
「あ、はい。それじゃあ、失礼します」
俺が座ると、主将も俺の隣に座る。そうしたら、最初から用意してあったケーキを山田ともう一人、先輩マネージャーが切り分けてくれた。
「はい、どうぞ。飲み物は何種類か買ったんだけど、何がいい?」
テーブルに置いてあるのは、コーラとオレンジジュースと、烏龍茶の三種類のようだ。
「じゃあ、コーラ」
普段はあまり炭酸飲料を飲まないのだが、今日は何となく、パーティーっぽいからコーラにしてみることにした。
山田が用意されたプラスチックのコップにコーラを注いでくれる。
「ありがとう」
ケーキや飲み物を用意してから、山田は俺の隣に座って監督を一瞥した。
「それじゃ、監督から一言貰って乾杯しましょう?」
監督が飲み物を軽く上に掲げて、「ゴホン」とひとつ咳払いをする。
「改めて、野球部にようこそ。同じ一年よりも少しの遅れはあるが、何度も見学に来てくれていたし、あー…そうだな。既に馴染んできているように思う。今年の予選には間に合わないが、来年、再来年に向けて、一緒に練習も頑張っていこう。それじゃあ、乾杯」
監督の合図で、俺達もみんなコップを掲げて乾杯をする。その後はもちろん、好きに食べて飲んで、お喋りを楽しんだ。
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