side雅美-③
私の家で働いている使用人、冬子がお菓子をたくさん作ってくれたから、お隣の春山さんのお家にもお裾分けに来た。
そしたら、出てきてくれた涼くんのお兄さん……学さんに誘われて、一緒にお茶をすることになった。リビングに通されると、そこには涼くんともう一人、二人の幼なじみだと言う美人な中学生の人が座っていた。
「雅美ちゃんはなんのケーキが好き? 沢山あるんだよ!」
「あ、ありがとうございます……」
名前は山田沙江さんと言うみたい。彼女が勧めてくれるケーキは、どれも美味しそうだった。ガトーショコラにショートケーキ。タルトもあるし、ゼリーケーキやフルーツケーキもある。
「どれも美味しそうで、迷っちゃいますね」
「みーんな美味しいよ! 沙江、ここのケーキ屋さん大好きなの」
私は少し迷ったが、定番のガトーショコラを頂くことにした。
「こちらのお菓子も是非食べてください」
冬子が作ってくれたのは、フランとマドレーヌだ。どちらもフランスでは定番のお菓子である。
「わあ。可愛いマドレーヌ! こっちはプリンのケーキ……?」
沙江さんがそう言って目を輝かせる。コロコロと表情が変わって、なんだか年上なのに可愛らしいと思ってしまう人だなあ。
「これはフランって言う、フランスのお菓子です。カスタードプリンにも、とっても似ているお菓子なんですよ」
「美味しそう。沙江、ここの子じゃないのに食べてもいいの?」
「はい。是非!」
「ありがとう!」
沙江さんは満面の笑みでそう言った。この人、学校では絶対にモテるんだろうな。なんて、私は彼女の笑顔を見てそう思った。
「涼くんと学さんも、是非召し上がってくださいね!」
「ありがとう。俺、飲み物入れてくるよ。みんなと同じオレンジジュースでいいかな?」
「あ、ありがとうございます」
学さんはそう言って、奥の部屋に行ってしまった。
「雅美ちゃんは、お引越しの前はどこにいたの?」
「あ、私はフランスにいたんです」
「えー!? フランス!? お、美味しいスイーツがいっぱいの国だあ……いいなあ……」
沙江さんはよっぽどお菓子が好きなのだろう。キラキラと目を輝かせて、私を見つめてくる。
「雅美ちゃんは、日本人だよね? お父さんかお母さんの転勤で?」
「父がフランス人なので……。その父が日本の本社の方で働くことになったので、家族で越してきたんです」
お父さんはまだフランスから出てこれていないけど……。引き継ぎって、そんなに時間がかかるものなのかしら?
「そっか。雅美ちゃんはハーフなんだね」
沙江さんはそう言うと、私の顔をじーっと見つめてきた。よく見ると、まつ毛が凄く長い。瞳も大きいし。本当に可愛らしい人だなあ……。
「確かに、雅美ちゃんの目、グレーなんだね。綺麗……」
「えっ? あ、ありがとうございます……」
私の方も沙江さんに見とれてしまっていたから、私は急に褒められて驚いた。可愛いなあ。なんて思っていた相手から褒められてしまったので、なんだか照れくさくなってしまう。
「雅美ちゃんって、すっごく可愛いね。肌白いし……白雪姫みたい」
「し、白雪姫……」
白雪姫って言ったら、フランスにもある童話のブランシュネージュの事よね? 真っ白な肌で、真っ赤なほっぺ。真っ黒い髪の綺麗な女の子のお話……。
「確かに……」
涼くんがボソッと小さな声で呟いたのが私の耳にも入り、本当に血のように頬が赤くなっていくのを熱で感じた。
「ごめ「お待たせー」
涼くんが口を開いて何かを言いかけていたが、帰ってきた学さんに遮られて、大人しくなってしまった。
やっぱり、今日の涼くんはなんだかおかしい気がする。この前は、こちらが照れてしまうほど積極的で、すぐに「可愛い」だなんて、褒めちぎってきたのに。
「はい。オレンジジュース」
「ありがとうございます」
「何話してたんだ? 沙江の声、キッチンまで聞こえてきてたぞ」
「えっ!? 嘘っ!?」
沙江さんは口を押さえて、頬をほんのりと染めた。
悪戯に笑う学さんと、照れた表情でむくれる沙江さんは、本当にお付き合いされていないのが不思議なくらいにお似合いだと思う。
「ねえ、涼くん。本当にあの二人ってお付き合いしてないの?」
「え? ああ、うん。昔から距離が近いから、兄さん、沙江さんの気持ちに全然気づいてないんだよね……。ずっと一緒にいるのも、幼なじみだからだと思ってる節あるし」
「まあ……。でも、想いあってはいるのね」
「うん」
私が二人のやり取りを見つめていると、涼くんが後ろから、小さな声で呟くように言う。
「また、急にあんな事言ってごめんな」
「え?」
私が振り返ると、涼くんは眉を下げて困ったように小さな笑みを作っていた。少しだけ寂しそうな顔だ。
あんなことって、どんなことだろう? さっき何かを言いかけていたのも、私に謝るためだったとしたら、白雪姫みたいって思ったことかしら? 褒めてくれているのだから、謝ることはないのに……。と私は思う。
「お前が雅美ちゃんを気に入ったのわかったけど、あんまり困らせたりするなよ?」
「わ、わかってるもん」
と言う学さんの言葉を最後に、二人は仲良く並んで座って、ケーキをつついた。
「二人も食べよ?」
沙江さんに促されて、私も涼くんも、フォークでケーキを食べ始める。
沙江さんの言った通り、とっても美味しいケーキだった。
「あの、学さん。今日の涼くん、その……」
ケーキを食べている涼くんをチラッと見ると、何となく落ち込んで見えた。だから、私は思わず傍にいた学さんに声をかける。
「ああ、あれは雅美ちゃんのせいじゃないから、大丈夫だよ」
「でも……」
「こんなに優しい子に心配かけるとか、あいつも酷い男だねえ」
「そんなことは……」
「会話を続けてたら、きっといつものあいつに戻るから。安心して」
学さんはそう言うと、また沙江さんと談笑し始める。なので、私も言われた通りに、涼くんと話してみようかな。と思った。
「ね?」
「ああ……」
後ろでコソコソと何かを話している沙江さんと学さんを置いておいて、私は涼くんに声をかける。
「涼くんはショートケーキが好きなの?」
「ん? ああ、うん。ケーキの中だと割と好きなほうかな」
「沙江さんの言う通り、美味しいケーキだね」
「ああ。沙江さんは甘いものが好きみたいで、よく兄さんやクラスの友達とカフェとか、ケーキ屋さんに行ってるみたいだよ」
涼くんがそう言って、沙江さんの座っている方向を見る。
「あれ?」
しかし、沙江さんと学さんはいつの間にか、席を立っていなくなっていた。
さっきコソコソ話してたのって、もしかして逢い引きのためだったのかしら。私は能天気にそう考えてから、涼くんに視線を戻す。
涼くんは、なんだか気まずそうな表情を浮かべていた。だから、私はつい聞いてしまったのだ。
「今日、どうしたの?」
と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます