side涼-②

 家の前で雅美と別れ、俺も自宅に入る。リビングに顔を出したら、兄さんと、幼なじみの沙江さんがケーキを頬張っていた。


「おひゃえい」

「……ごくん。お邪魔してます。今日はケーキ

たくさん買ってきたの。涼くんも一緒に食べよ」


 沙江さんはそう言って立ち上がる。彼女はよくうちに来るし、手伝いもしてくれる。いつも通りと言えばいつも通りなんだけど、こういう時って、普通は兄さんが動くものじゃないか?


「いいですよ。座ってて。冷蔵庫ですか?」

「あ、うん!」

「ついでに飲み物も用意します。沙江さん、おかわりするでしょ?」

「涼ー。俺のも」

「はいはい」


 まったく……。本当にいつか愛想つかされても知らねえぞ。俺は心の中でそう思いつつ、二人のグラスを持ってキッチンに入った。


「はー……」


 そして、思わずため息を吐く。


 思い浮かんだのは、雅美の顔だった。今日のあの子は、本当に楽しそうに笑っていた。


 今までの俺の言動が、どれだけ彼女を困らせていたのかがわかって、俺はつい凹んでしまう。彼女に悪いことをした。


 告白しなければよかった……。早すぎたことくらい、最初からわかっていたんだけど、今日の雅美を見ていると、もっと強く思い知らされた。


 別れ際に「また遊ぼう」と言ってくれた時は嬉しかったのに、少し寂しくも思ったのは、対象が俺だけだったら、誘ってなんてくれないだろう。と思ったからだ。


 この期に及んで、二人で遊んでみたいだなんて、愚かなことを考えてしまう自分にも、またため息が出てしまう。


「涼ー。大丈夫かー?」

「あ、うん。平気」


 俺がなかなか戻らなかったからだろう。兄さんが様子を見にキッチンに入ってきた。


「なんだよ。全然用意できてねえじゃん」


 兄さんはそう言うと、冷蔵庫から箱を取りだして、俺の分のショートケーキを皿に移してくれた。沙江さんのことも待たせてしまっているし、俺は急いでグラスに、さっきまで二人が飲んでいたであろうオレンジジュースを注ぐ。


「涼。何かあった?」

「いや、なんも」

「……そ。じゃ、先行ってるから」


 兄さんは勘が鋭い。多分、俺に悩みがあることにも気づいている。自分がわかりやすい自覚もあるしな。


 それでも、何も聞いてこない兄さんは、他人には気づかれないことの方が多いけど、俺よりもずっとしっかりしていて、優しくて、かっこいい。


 俺も兄さんみたいな男なら、雅美を困らせたりしないで済んだんだろうな。


「すみません。お待たせしました」

「ううん。ありがとう! 涼くん!」

「今日のケーキ、沙江が選んでくれたんだぞ」

「いつもありがとうございます」


 沙江さんはうちに来る時に、よくお菓子を買ってきてくれる。母さんの好きなドーナツだったり、俺や兄さんの好きな和菓子だったり、買ってくるものは様々だ。


 今日のケーキは、多分沙江さんのお気に入りのケーキ屋のものだろう。


「今日は会員限定のクーポンがあったから、お得に買えたんだよ」


 沙江さんがそう言って無邪気に笑う。それを横目に見ていた兄さんが何となく甘い顔をしているから、俺は早く食べ終えて、部屋に戻ろうと思った。


 邪魔しちゃ悪いのと、いたたまれない気持ちになるからだ。


ピンポーン


 食べ始めようと思ったところで、インターホンが鳴った。俺はチラッと兄さんを見つめて、出るように促す。


 そして数分後、兄さんが何故か、雅美を連れてリビングに戻ってきた。


「雅美、どうかしたの?」

「えっと、冬子がお菓子を作りすぎたものだから、お裾分けにと思ったんだけど……」


 そこまで言うと、雅美は後ろでニコニコと笑っている兄さんを振り返った。


「女の子を無理やり連れ込むのはどうかと思うんだけど」

「人聞きの悪い! 俺は、せっかくなら雅美ちゃんも一緒に食べないかって誘っただけだし!」

「冗談だよ」


 うちの兄さんは、沙江さん以外の女の子には興味が無いだろうしな。そう思って沙江さんの方を見てみると、沙江さんは雅美の顔を見てプルプルと震えていた。


 俺はそれを見て焦った。兄さんが雅美を連れてきたものだから、もしかしたら沙江さんが勘違いをして、妬いてしまっているのかもしれない。そう思った。


「か、かかかっ……可愛いーっ!」


 しかし、沙江さんのその声で、勘違いは俺の方だったと気づく。


 雅美がビクッと肩を揺らして、戸惑った表情で沙江さんを見つめている。小動物みたいで少し可愛い。


「ま、学っ……この子だあれ?」


 雅美と目が合ってしまった沙江さんも、人見知りゆえか兄さんにひっついて、影から雅美を見つめていた。


「お前、年下の子にまで人見知りしてんなよ」

「だって……。そ、それより、あの可愛い子は誰なのよ」

「涼のガールフレンド?」


 兄さんがそう言うと、雅美はまたビクッと肩を揺らす。俺も焦った。告白を後悔したばかりなのに、そういうことを言われると困る。


「嘘を教えるな! 同い年の、隣のクラスの友達です! 向かいの家に引っ越してきた子なんです!」

「え、えっと……。市川雅美です。涼くんの、友達っ……です」


 雅美は白い肌をほんのりと染めて、戸惑う様子でそう言った。


「お向いさん……。あ、あの、沙江…じゃなくて、わ、私は山田沙江です。学のクラスメイトで……幼なじみなの」

「え? 幼なじみ……?」


 雅美は首を傾げて聞き返した。雅美が言いたいことが、何となくこちらまで伝わってくる。


 いつもながら、兄さんと沙江さんの距離は近すぎるのだ。今だって、沙江さんは兄さんの腕に自分の腕を絡めて立っている。ただの幼なじみを越えた距離感なので、初対面で見た人が恋人同士だと思ってもおかしくはない。


「あ、あのね。沙江、今日ケーキたくさん買ったから、雅美ちゃんにもあげる……」

「ありがとうございます。あの、私の家の人が作ったお菓子も、良かったら召し上がってください」


 雅美がはにかんでそう言うと、沙江さんはまたプルプルと震えて、雅美の可愛さに悶えた。


 正直、俺も可愛くてドキドキしてしまっているのだが、沙江さんのように素直に表現するわけにもいかない。


 俺は、少しだけ沙江さんが羨ましいと思ってしまった。

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