side雅美-②
朝、私が教室に入ると、いつも通り由香ちゃんが一番最初に声をかけてくれた。
「おはよう! 雅美ちゃん!」
「おはよう。由香ちゃん」
いつも通りの挨拶を交わしたあと、由香ちゃんは私の席まで来て、こう言った。
「今日の放課後、空いてる?」
「え? うん。空いてるけど……」
遊びの誘いかしら。日本に来てから、まだ友達と遊びに行ったことは無い。私は期待もあって、少しだけドキドキしてしまう。
「そしたら、レクの練習も兼ねて遊ばない? 昨日、涼くんの話してたから、涼くんも誘ってさ」
「え? 涼くんも?」
彼の話題が出ると、私は別の意味でドキドキしてしまう。だって、まだ涼くんと直接話すのは緊張しちゃうし。
一瞬躊躇ってしまったけれど、きっと昨日は気を遣わせちゃったと思うし、涼くんを意識しないためにも、友達として仲良く出来たらいいよね?
私はそう思って、由香ちゃんに了承の返事をする。
「昨日も言ったけど、涼くんって結構モテるの。雅美ちゃんは涼くんのこと、どう思う?」
「え? えっと……。優しい、とは思うよ。由香ちゃんから聞いた話だと、真面目な人なんだろうな。とも思うし」
「恋愛は?」
「そ、それはっ…まだ、何とも……」
あれ? もしかして……由香ちゃんは私と涼くんをくっつけようとしてない?
私は由香ちゃんをじっと見つめると、こちらから質問してみることにした。
「涼くんから、何か聞いたりしたの?」
「えっ……あー……えーっと……」
聞いたのね。由香ちゃんが目を泳がせるから、すぐに気づいた。涼くんが素直な性格なのは分かってるけど、お喋りだと思うわ。
「涼くんって、物凄くわかりやすいのよね」
「…私も、彼と気まずいままなのは嫌だし。せっかく一緒に遊ぶのなら、慣れないとね」
私がため息混じりにそう言うと、由香ちゃんはほっとしたような顔をして、力強く頷いた。
「うん!」
表情から察するに、由香ちゃんは私と涼くんが付き合うことを期待しているみたいだけど……。今はまだ、涼くんと友達にすらなりきれてないと思うし。もう少し彼のことを知ってからじゃないと、返事を考えることも出来ない。
今日遊ぶ目的は、まず涼くんを変に意識しないように慣れることと、友達として仲良くなること……かな。
放課後、私は由香ちゃんに連れられて、駅の近くにある駄菓子屋にやってきた。
由香ちゃんは涼くんとチャットでやり取りをしていたみたいで、駄菓子屋の前で待ち合わせることになったのだとか。
涼くんだけじゃなく、涼くんの友達も一緒に来るそうだから、私は少しだけ緊張していた。
「これが日本の駄菓子屋!」
しかし、私の緊張は駄菓子屋を前に完全に消え去っていた。
「フランスでも人気なんだよ! 日本の駄菓子!」
結構ごちゃごちゃとしているのね。小さなお菓子が箱に詰められておいてある。それに、フランスでも見た事のあるお菓子が並んでいる。
そしてなにより、お店の中が和風だ。カウンターの奥に、チラッと畳が見えるんだもの。
私は興奮してしまっていて、由香ちゃんを困らせていることに、涼くんと涼くんの友達が合流してくるまで、全く気づかなかったのだった。
「……ごめんなさい」
「う、ううん。いいの」
とても恥ずかしい。私は駄菓子屋の前で、由香ちゃんに謝罪する。そして、合流してきた初対面の男子生徒にもだ。初対面であんな恥ずかしいところを見せてしまったことを、謝った。
「気にしないで」
「駄菓子が好きなら、色々買って公園で食べようぜ。ってか、最初からそのつもりだったし」
彼らはそう言って、快く私を許してくれた。
「買い物の前に、私は市川雅美です。由香ちゃんと同じクラスで……えっと、涼くんともお友達。です」
「うん。涼から聞いたよ。お向いさんに住んでるんだよね?」
そう言ったあと、二人も自己紹介をしてくれた。先に声をかけてくれた、少し髪が長い男の子が三田川充くん。その隣にいる坊主頭の男の子が、宮本申くんと言うらしい。
私達は、駄菓子屋で買った駄菓子を持って、少し広めの公園に入る。公園には、砂場で遊ぶ小さい子達が数人と、その親がいるくらいで、かなり広々とした空間が空いていた。
「大縄の練習だし、家にあったの持ってきた」
私達も、一人用の縄跳びを持参してきたのだけれど、涼くんは大縄を持ってきてくれたみたい。
「その前に菓子食おうぜー。せっかく買ったし」
「お前、それ休憩用じゃねえのかよ」
涼くん達三人は、随分と仲がいいみたい。涼くんが友達と話しているところを見るのは、初めてだった。チャットでの喋り口調や、私と接する時の口調と全然違う感じ。なんだか不思議だ。
「まあ、練習だけじゃなくて、転校したての雅美ちゃんと沢山お喋りするっていうのも目的のひとつだから。食べながら話そ」
そんな意図もあっただなんて、知らなかった。なんだか嬉しいなあ。こそばゆいかも。
由香ちゃんの提案通り、私たちは買った駄菓子をみんなでシェアしながら、木でできた大きいベンチに腰掛けて、お喋りをしている。
「これも美味しいよ。俺のおすすめ」
「ありがとう」
日本の駄菓子に詳しくないから、私はみんなから少しずつおすすめを聞いて、食べている。
今食べたのは、グミみたい。もちもちしていて美味しい。
「俺はこれが好き。砂糖菓子」
「これ、綺麗だね」
お菓子でできた富士山とか、紅葉の葉っぱとか。すごく可愛い。それなのに、とっても甘くて美味しいお菓子だった。
「日本の料理も、日本のお菓子も、みんな美味しいよね!」
私の最近のお気に入りは、たい焼き。この前涼くんに教えてもらって、私はすっかりハマってしまった。
「日本の料理だと、何が好きなの?」
「たくさんあるけど、やっぱり日本って言ったらお寿司かな」
フランスで食べるお寿司と、日本で食べるお寿司は全然違った。フランスで育った私だけど、日本のお寿司の方が好きである。
「お寿司は日本人も大好きだよね」
「そりゃあね」
「俺達にとっても、日本は寿司、刺身って感じだもんな」
口に食べ物を含んでいるからか、話題も食べ物が多かった。他には、学校に慣れたかどうかだったり、日本の暮らしはどうかだったり、みんなが気を回してくれているのか、私への質問が多かった。
「じゃあ、また明日な」
「涼くんがいるから大丈夫だと思うけど、気をつけて帰ってね?」
お喋りも、大縄の練習も凄く楽しかった。あっという間に夕方になってしまったから、もう解散しなければならない。こんなに遊んだのは初めてだから、まだ名残おしいと思ってしまう。
それでも、遅くなってはいけないので、私達は別れた。当然、家が向かいにある涼くんと私は、一緒に並んで歩いている。
「今日、凄く楽しかった」
涼くんと話すのも、もう緊張したりしない。由香ちゃんや、新しく出来たお友達の申くんと充くんと、同じように会話ができる。
「それは良かった」
「私、フランスではあんまりお友達いなかったから、こうやって遊ぶの初めてだったの」
「そっか。由香って面倒見いいし、あの感じは雅美のことも気に入ってるから、誘えばいつでも遊んでくれそうだな」
「うん!」
私は大きく頷いた。
「申くんと充くんも、優しくていい人だよね」
涼くんがいい人だから、自然と似た系統の人が集まったのかな。二人とも仲良くなれて、嬉しい。
「うん。申はたまに調子に乗ったりするし、ふざけすぎて怒られることも多いけど、友達想いで熱いやつなんだ。充はおっとりしてるように見えるけど、しっかり者だし。そういや怒ったりしたところ、見たことないなあ」
そう言って二人を褒める涼くんも、とてもいい人だ。すごく優しい顔をしていて、きっと、あの二人が大好きなんだろうなって思う。
「ねえ、また遊ぼうね!」
こうやって、少しずつ涼くんのことも知れたらいいな。距離が縮まったら、嬉しい……。
「……うん。みんなで遊ぼう」
涼くんは一瞬驚いたけど、すぐに頷いてそう言ってくれた。
でも、なんだか少しだけ、ほんの少しだけ、涼くんの顔が複雑そうに歪んだ気がして、私はそれが気になってしまった。
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