side新次-④
山田の表情がどことなく暗い感じがして、俺は思わず寄り道に誘ってしまった。
にしても、寄り道の先が公園って……。
子どもじゃあるまいし、遊具で遊んで気分転換。なんて、できないに決まってる。
俺はそんな事を考えて自己嫌悪しつつ、とりあえず何もしない訳にもいかないので、ベンチ横の自販機で飲み物を二つ買って、片方は山田に渡した。
「え? あっ! ごめんね。わざわざ…全然気が付かなかった」
差し出したレモンティーに驚いて、山田はわたわたしながら鞄から財布を取り出そうとしている。
「いらない。奢り。寄り道は俺の都合だしな」
「で、でも……」
「いいって。相変わらず遠慮しいだな」
俺はそう言ってから、思い出す。
昔の山田もこんな顔をしていた。「ありがとう」と笑っているが、罪悪感が隠しきれていない。ちょっぴり困ったような表情。
昔の彼女は、ずっと愛想笑いばっかりしてたから、俺はむきになって笑わせようと必死になっていたんだったな。
「白峰麗華さんと、どんな話してたんだ?」
俺は山田の隣に座ると、そう聞いた。
「え? 普通に…野球部のお話とか。桜井くんが言ってたように、要先輩が私を褒めてたよってことも、言ってたかな」
「そっか。要さん、話しやすい人だよな」
「うん。すごく優しい人よ」
そう言った山田の横顔がどこか切なくて、熱を持っている気がして、俺は何となく気づいてしまった。
好きだったの……? なんて聞けないけど。
……また思い出すのは、昔のこと。
俺は、山田の眩しいくらいの笑顔が好きだった。愛想笑いをしている山田のことは、どちらかと言えば嫌いだったなあ。と、ぼんやり考える。
今も辛そうにしているのに、無理に笑う山田を見ていると、我慢をしすぎて倒れた母親とつい重ねて考えてしまう。
泣きそうな気持ちが限界を迎えても、なお笑顔で居続ける姿は、こちらまで胸が痛む。
「美江ちゃんの我慢しすぎなところも変わってないね」
「え? えっ…今、名前……。それに……」
酷く戸惑った顔。照れているような、バレて焦っているような……バツの悪い顔。
彼女は視線を右往左往させて、おろおろしている。
「言いたくないならスルーしてもいいけど、なんかあの人たちに会ってから元気ないだろ」
「……そう見える?」
「見える」
「だから寄り道、誘ってくれたの?」
「…まあ、小さい頃と違って公園じゃ気分転換にもならないだろうけど」
少しだけ恥ずかしかった。もっと気の利いた所に連れて行けたらいいけど、この辺の地理には詳しくないし。
だから、話を聞いてあげることしか出来ないと思うけど、彼女が言いたくないのなら、しつこく聞く訳にも行かないとも思っている。
話してくれたら嬉しいって、ただそれだけ。
「優しいね。桜井くんの優しいところも、全然変わってくて安心した」
「そう言ってくれると、嬉しい」
「えへへ。多分、桜井くんには気づかれちゃったよね……」
山田はそう言うと、恥ずかしそうに長いポニーテールにくくられた後ろ髪を前に持ってきて、いじる。その横顔は物凄く切なくて、俺も悲しい気持ちになってしまった。
「好きだったの。中学生の時。要先輩のこと」
「うん」
「卒業式の日に、告白するのが怖くて出来なくって……それで諦めたつもりになってたんだ。……でも、会ってみたらまだ好きだった」
少しだけ、山田の声が震えた。俺は静かに相槌を打つ。
「白峰さんは本当に素敵な人。大人っぽくて、綺麗で…しっかりしてるし。私と真逆って思った」
山田もしっかりしてるように見えるんだけど、それはそうありたいと思って虚勢を貼った姿だろう。我慢強い彼女らしい。と俺は思った。
本当は無邪気で、可愛らしくて…涙脆い女の子。そう考えると、要さんの彼女とは本当に真逆だな。
「違いを見せつけられると、なんだか落ち着かなくて。そんな資格なんてないのに、ヤキモチ妬いちゃって。そんな自分が嫌…なの」
「うん」
「逃げたのは私なのにね。でもまあ、きっと告白しても、先輩のタイプじゃなかっただろうけど」
そう言うと、山田は泣きそうな表情で笑った。悲しくても笑っちゃうところが、山田だよな……。
「言わせてごめんね。でも、俺は山田に、全部吐き出してスッキリして欲しいって思う」
泣きたいならきちんと泣いて欲しいっていうのも、前から思ってたことだった。
俺がハンカチを渡したら、山田はポロポロと涙を流した。せっかく渡したハンカチは使わず、膝の上に全部、彼女の涙が零れ落ちている。
「懐かしいね……」
しばらく経って、彼女は落ち着いたのか、やっと涙を拭ってくれたけど、山田のワンピースには小さな染みがいくつかできている。今は暑い時期だし、すぐに乾くと思うけど、せっかく可愛いのに勿体ない。
「桜井くん、昔も慰めてくれたよね」
「慰めたって言うか…ただ笑って欲しくて必死だっただけなんだけど」
「ふふ。それが嬉しかったの。今も……そばで話を聞いてくれたことが、嬉しい」
あ……。まただ。
俺はまた、昔のことを思い出す。
「ありがとう! 桜井くん!」
昔と変わらない、ひまわりのような笑みを彼女から向けられて、俺は一瞬息を飲んだ。
俺が惚れた笑顔だ。と思った。あの時とまるっきり同じ、可愛くて……太陽よりも眩しい笑顔。
「う、うん……」
単純な俺は、自分でも呆れちゃうけど。あの時と全く同じ、美江ちゃんの可愛い笑顔に恋をした。
出来ることなら、ずっとこんな顔を見ていたいな……。そう思いながら、俺は熱くなった顔を冷ますように、買った飲み物で頬を冷やした。
※視点人物紹介も更新致しました。人物は増えていませんが、キャラクター達の情報が少しだけアップデートされています。
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