side美江-①

 桜井くんに駅ビルの中を案内して周って、だいぶ足も疲れてきてしまった。


「そろそろ昼時だし、上の階のレストラン街に行こうぜ」


 休憩したいなあ。と思っていた丁度その時に、三須くんがそう提案してくれたから、私たちはお昼を食べるために上のフロアへ移動した。


「何か食べたいものある?」

「俺、何でも食べれるよ。みんなの食べたいものは?」


 桜井くんがそう言った。桜井くんへの案内だし、このビルで人気なお店がいいかな? そう思ったけど…やっぱり人気なお店だとお昼時は混んでいるのよね。


 私は行列を見てうんざりしてしまった。みんな次第で並んでもいいのだけど……自分一人の時は絶対に並ばないだろうな。と思う。


「新次くんって、確かカレーが好物なのよね?」


 流石、情報通のかおりだわ。桜井くんの好みまでリサーチ済みだったなんて、知らなかった。


「なら向こうのヒーヒーカレーって店にしようぜ」

「あ。知ってる。辛いカレーが人気のとこだろ?」


 ヒーヒーカレーの『ヒーヒー』って部分は、辛さでヒーヒー言ってしまうって意味で付けられたくらい、辛さに定評のあるカレー屋さんだ。


 有名なのは辛いカレーだけど、メニューは豊富なので甘口ももちろんある。


「辛さは選べるし、トッピングもかなりの種類があるんだよ。そこにする?」

「いいの? 俺の好みに合わせてもらって」

「うん! 私もカレー好きだし」


 私が頷くと、二人も同じように頷いて肯定してくれた。だから、私たちはヒーヒーカレーに行くことにした。


 幸い、ヒーヒーカレーはそこまで混んでいなかった。このお店が混むのはどちらかと言うと夜の方だから、お昼は土日でも空いていることが多いの。


「メニューがお決まりになりましたらそちらのベルでお呼びください」


 お冷を置いてくれた店員さんがそう言って頭を下げ、桜井くんの顔をちらっと見て頬を赤らめながらそそくさと去っていく。


 この短時間で女の子にモテるなんて、桜井くんは凄い。私は思わず感心してしまった。


 当の本人は気がついていないみたいだけど…他の二人は私と同じように感心しているか、苦笑している。


「本当に色々な種類あるんだね。迷うな……」


 一人呑気にメニュー表を眺めているので、私も思わず苦笑してしまった。


 昔は可愛らしい顔をしていたと思うんだけど…本当にかっこよくなっちゃったなあ。そう思って新次くんの顔を見ていると、隣の席のかおりから机の下でちょんっと肘をつつかれて、からかい顔で見られてしまった。


「う……」


 私は恥ずかしくなって、カレーをまだ注文していないのにお冷のお水を飲み干してしまうのだった。


 頼んだカレーが全員分届いたので、私たちはそれぞれ手を合わせて食事の挨拶を交わすと、まずは一口。口に含む。


「美味しいー」

「久しぶりにお店のカレー食べたけど、やっぱりちょっと辛いね」


 私が頼んだのは辛さレベルで言うところの二。なんだけど…普通に辛口程度の辛さがある。


「んーっ…! 美味ぁ……!」


 カレーを食べている桜井くんは本当に幸せそうな顔をしていて、相当好きなのだということが窺える。


 思わず私も…かおりと三須くんも、桜井くんに注目してしまっていた。


「本当に好きなのね」

「うん! 大好き!」


 無邪気に笑った顔に、更に自分に言われた訳では無いのに、と言う言葉に反応してしまって、私はやっぱりドキドキしてしまう。


 桜井くんってちょっと…いや、かなり心臓に悪いかもしれない。かっこいいのに可愛いなんて……。なんだか悔しい。


 カレーを食べ終えた後、私たちは少し休憩をした。ベンチに四人で並んで座り、フロアガイドをスマホで調べて見つめている。


「どこか気になる店があったらそこを案内するよ」

「んー…。洋品店は結構色々教えてもらったからな。雑貨も広いところ教えてもらったし」


 洋品店に関しては、三須くんがおすすめの所を三店舗くらい紹介していた。雑貨屋は全国に展開している大きなチェーン店。学生にも優しいお値段なの。


「あ。スポーツ用品店見てみたいかも」


 三須くんが持っているスマホを覗き込んで、桜井くんは画面に指をさす。


「おっけー。ちょっと休憩したら行くか」


 お腹が重いので、私たちはもう少し休憩してから行くことにした。


「そう言えば…カレー食べ終えたあともメニュー表見てたけど、何を見てたの?」


 会話がないのもつまらないので、私はカレー屋さんでのことを思い出して聞いた。


 桜井くんは一番最初にカレーを食べ終えて、私たちが食べている間もずっとメニュー表を見つめていた。


 デザートでも頼むのかと思ったら何も頼まないで、私たちが食べ終えたのと同時にメニュー表をしまっていたっけ。


「ああ……。簡単な説明文がついてたから、何が入ってるのかなって思って」

「シーフードならタコとかイカとかそう言うの?」


 三須くんがそう聞くと、桜井くんはこくんと頷いた。その後、少しだけ恥ずかしそうに頬をかいて、言う。


「俺、料理するの好きだから。美味しかったら真似したいし、気になっちゃって」

「この前の弁当も美味そうだったしな」

「ありがとう…。あれは手抜きな方だけど、褒めて貰えると嬉しい」


 桜井くんはそう言ってはにかむ。同じ男子の三須くんが頬を染めるくらいの綺麗な表情で……。


「本当に好きなのね」


 かおりの言葉に、桜井くんは更に照れた顔をした。


「実は…俺、将来自分の店を持つのが夢なんだよね」


 照れくさそうにしているけど、すごく優しい表情。なんだかキラキラしていて、眩しく見える。


 もう夢を持っているんだ……。と、私はそう思った。私にはやりたいこととか、まだ無いから。ちょっぴり羨ましいな。


「それなら、今度うちのお父さんが働いてるレストランに行ってみたら? 結構いいとこだから、学生には高いかもしれないけど。ドレスコードがあるような本格的な高級店では無いからさ」

「澤田の親父さんって料理人なの!?」


 桜井くんとかおりが盛り上がる。三須くんも、食べる専門だけど楽しそうに盛り上げている。私は……。


 なんだか会話しているみんなが眩しくて、入っていけなかった。凄いなあ。と思いながら、ただ相槌を打っているだけ。


「まだまだ趣味の域を出ないんだけど…いつかちゃんと勉強したいんだ」

「しっかりしてんな。お前って」

「本当にね…。凄いよ……」


 本心だ。まだ夢を持っているってだけの段階でも…私はまだそのラインにすら立てていないから、凄く立派に見える。


 私にもいつか夢ができるかな。そう思いながら、私は眩しい桜井くんを見つめた。

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