side雅美-②
涼くんが顔を赤くして、眉を複雑そうな形に変えている。それを見た私は満足だった。
昨日もそうだし、今朝だって恥ずかしい思いをさせられたのだから、彼にもその気分を味合わせたかったのだ。
「ふふふ」
満足して笑っていたら、涼くんが後ろで拗ねた声を出す。何を言ったのかは聞こえなかったけど、意地悪をしすぎたかしら。そう思って振り返る。
「涼くん。ごめんね?」
「怒ってはないよ……」
涼くんはそう言って、前を歩く。
お店が沢山並んでいる通りに差し掛かると、涼くんが色々と紹介してくれた。
「この辺は商店街になってて、あそこの八百屋はスーパーと同じくらいの値段なんだけど、スーパーで買うよりも野菜が新鮮で美味しいよ。向こうの八百屋はたまにすっごい安くなってる時がある」
「そしたら、冬子にも今度教えてあげないと」
「そういえば……。雅美の家って日本食も食べる?」
「たまに食べるよ。でも、こっちに来てからはまだ。早く食べたいわ。日本料理って美味しいじゃない?」
「さっき食べた料理も美味しかったけどな」
うちの料理を褒められると嬉しい。冬子の料理は本当に美味しいから。
私は、自慢げに「でしょ!」と言って胸を張る。
「うん。あ、あそこの屋台はたい焼きが売ってるんだ。日本のおやつだよ」
「そうなの? たい焼きは食べたことがないわ。帰りに買ってみようかしら」
お昼を食べたばかりだから、おやつにはまだ早いかな。と思って、私はそう言った。涼くんも「是非」と言ってくれたから、帰りにみんなの分を買って帰ろうかな。
「向こうの屋台はクレープ。クレープは雅美が前にいた所にもあった?」
「ええ。クレープはフランス発祥だもの。もちろんあったわ」
甘いものが大好きな雅子お姉ちゃんと、よく食べに出かけていた。この商店街にも、雅子お姉ちゃんと一緒にまた来ようかしら。
「で、目的地の仕立て屋があそこのビルの二階。で、駅が商店街を抜けて左手にあるよ」
「そうなのね。教えてくれてありがとう!」
「どういたしまして。雅美に笑ってもらえると嬉しいよ」
「え?」
もう。この男はすぐにそういうことを言う。本当に女たらしなのかな? この人……。と、私は彼を疑った目で見てしまう。
「変なことを言ってないで、早く行こ!」
「嘘じゃないのに……」
なんて言いながらついてくるから、私は涼くんと顔を合わせられなくて、先を歩く。
涼くんが後ろで小さく笑っている声が聞こえるから、きっとからかっているんだわ。そう思って、私はまた悔しい気持ちになった。
エレベーターを昇って二階につくと、目の前にすぐ仕立て屋の入口があった。私たちは仕立て屋に入って、制服の確認のために、私だけ奥の部屋に通されることになった。
「ここで待ってるね」
「うん。ありがとう」
涼くんは仕立て屋のソファに座っている。私は奥の部屋で、一度制服に着替えた。うん。ぴったり。
「彼氏にも見てもらう?」
仕立て屋の店員さんはまだ若い。三十代前半くらいの女の人だった。にっこりと笑っているところを見ると、百パーセントの善意なのだろう。
「彼氏とかじゃないです……。引っ越したばかりだから、付き添いに来てもらっただけで」
と説明するけど、店員はにまにまと笑って微笑ましげに見つめてくる。絶対にまだ誤解されているわ。本当にそんなんじゃないのにっ!
「照れ屋さんなのね。でも、せっかく似合ってるんだから。彼氏もきっと見たいと思ってるよ」
「え? え、あっ……」
店員はそう言うと、ばっと扉を開いて、涼くんを呼ぶ。その時も「彼氏さん」なんて呼ぶから、私はまた顔を赤くしてしまったと思う。
「あの…何かありましたか?」
「ううん。ただ、彼氏さんにも見てもらおうと思って。どうですか?」
「涼くん……」
ただただ恥ずかしくて、私はもう何も言えなかった。
「凄く可愛いです」
彼が、追い打ちをかけるようにそんなことを言うものだから、私は混乱してしまって、もう何が何だかわからなかった。
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