side涼-①

 キッチンで使う家電たちから運び込み、キッチン周りはなんとか整った。市川邸にいる使用人? たちが掃除をしている間、俺たちはまた別の部屋に荷物を運ぶ。


「うわあ。こんなに大きい本棚初めて見た」


 運んでいるのはダンボール箱いっぱいに入った本。本棚は元々家にあったものを使っているらしい。天井にまで届く大きさの本棚はスライド式で、奥行きもかなりある。


「秋奈に本の仕分け表をもらったから、これを見て本を分けてもらえるかしら。ららと雅美と涼くんは仕分け。私と雅子と学くんで、それぞれの本棚にしまっていきましょう?」


 市川家の長女である雅代さんがそう言った。


 確かに、俺たちでは大きな本棚には手が届かない場所も多い。兄さんもそこまで背が高い方では無いが、俺よりかはましだろう。


「じゃあ、私は書斎の方を整理しているわね」


 と、雅美の母親である弥白やしろおばさんが言う。肌ツヤがあってまだ若いと思っていたが、実はうちの母親よりも五つほど歳上らしい。聞いた時は衝撃だった。


 本を整理し終えたら、もう時刻は昼過ぎだった。冬子さんという使用人が俺たちの分までお昼を作ってくれたらしく、全員で綺麗になったダイニングに入る。当然、テーブルも大きかった。四人体制で苦労して運び込んだのだ。


「凄い。こんなに沢山…。」


 市川邸では、普段経験できないようなことばかり経験している。パンがいくつも並んでいて、マリネやグラタンスープ等、美味しそうな料理が沢山並んでいるので、俺のお腹は恥ずかしげもなく大きな音を立てて鳴る。


 西洋風の屋敷だし、出てくる料理も外国の物ばかりだった。こういう料理を食べるのは初めてなので、楽しみだ。俺たちは用意してもらった席に座って、家主である弥白おばさんを見た。


「本当に頂いていいんですか?」

「もちろん。手伝ってくださっているお礼だもの。沢山食べてね」

「「ありがとうございます!」」


 俺たちは早速手を合わせて、「いただきます」と挨拶をする。


 しかし、何故か俺たち二人は注目されてしまい、緊張してしまった。何か間違えてしまったのだろうか。


「日本の挨拶、初めてかも」

「雅美とららはそうかもね。いただきまーす!」

「「いただきます!」」


 詳しくは聞いていないけど、父親が外国の方で、以前まではそっちに住んでいたらしいから……そのせいだろう。


「そちらではなんて挨拶をしていたんですか?」

「給仕が声をかけてくれたり、お互いに召し上がれって挨拶をするのよ。」


 と雅代さんが言う。髪の色が茶髪で、顔立ちは雅美に似ているけど、後ろ姿を見比べると姉妹には見えないかもしれない。


「あとは、作ってくれた人にありがとうって伝えたりかしら。」


 と言ったのは雅子さんだ。こちらは雅美によく似た黒髪のロングヘア。


「どうかしら? お口に合います?」

「はい。美味しいです! このマリネとか特に好きかも」

「俺はグラタンスープが好きです。冬子さん、まだ若いのに凄く料理が上手なんですね!」

「あ、ありがとうございます……」


 冬子さんはそう言うと、恥ずかしそうにはにかんだ。


 料理をある程度楽しみ、お腹が膨れてきた頃、俺はつい気になる方向へ目を向ける。


 すると、雅美と目が合ってしまい照れくさくなってしまった。昨日も思ったことだが、雅美は人形みたいに端正な顔立ちをしていて、可愛らしい。


 俺はさっと視線を逸らすと、あと少しだけ残ったパンを口に入れ、食事を終える。


 食事の後は荷物整理の続きだろう。と思っていたのだが、重たいものはもう全て運びきったので、やることといえば掃除くらいだった。


「あの……。私、これから制服を受け取りに行くの。涼くん、ついてきてくれる?」


 雅美にそう言われたので、俺だけ雅美の手伝いで仕立て屋に行くことになった。


「雅代さんたちはいいんですか?」

「私たちの制服はもう受け取りが終わってるの」

「雅美の制服だけちょこっと直しが出来ちゃったのよね」


 雅美は小柄だし、裾上げとかかな。と、失礼だがそう思ってしまった。だって、本当に最初は歳下かと思ったし。


「仲良くなれるといいな?」


 出発の直前に兄にそう耳元で呟かれ、俺は顔が熱くなるのを感じた。昨日も散々からかわれたし……。恥ずかしい。今度、沙江さんのことでからかい返してやるのだ。と心に決めた。


「どうしたの?」

「いや…なんでもないよ。行こうか。仕立て屋の名前は?」

「えっと、伝票がここに……」


 雅美は財布から伝票を取り出し、名前を見せてくれる。予想通りだが、そのお店は、俺たちも入学時にお世話になった仕立て屋だった。


「駅の近くだね」

「ええ。でも、駅までの道がうろ覚えなの」

「引っ越してきたばかりだもんな」


 想像の中で、道が分からなくておろおろしている様子も、何だか小動物みたいで可愛いと俺は思った。


というか、もう全部が可愛く見えてしまって、俺はじっと雅美を見つめていた。


「な、何? そんなに見られると恥ずかしいわ」


 雅美の肌は白いから、照れるとすぐに頬が赤く染まる。それも、やっぱり可愛いのだ。


「ごめん。なんでもないよ」


 恋とかまだいいって、昨日兄さんに言ったばっかりなのに……。雅美を見ていると心臓が騒がしい。


 昨日のあれが、所謂一目惚れと言うやつなのだろうか。そう思ったら、俺は途端に恥ずかしくなった。


顔が熱いので、絶対に俺の顔も赤いな。そう思っていたら、雅美から反撃を受けた。


「涼くんも今、可愛い顔をしているわ。真っ赤」

「!!」


 自分だって赤いくせに……。でも、悪戯に笑った顔もやっぱり可愛いな。


 そう思ってしまった俺は、きっともう手遅れなのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る