〜君に慣れる物語〜

side雅美-①

 無事に自分の部屋の片付けを終えた次の日。


 日曜日で全員が家にいる間に、屋敷内の全部の部屋を整えたい。と考えた私たち家族は、何故か昨日出会った男の子と、そのお兄さんと庭で顔を合わせていた。


「本当にいいんですか? 手伝ってもらっちゃって」

「構いませんよ。ソファとか、重たい物は女性だけだと大変だと思いますし」


 と言ったのはお兄さんの方。多分、中学生。服装が半袖だからわかるけど、確かに腕ががっしりしている。


「俺も、見た目より力はある方なので」


 と言ったのが、昨日私を褒めてくれた彼。多分、私と同じ小学六年生。平均的な小学六年生の体をしているが、力はある…らしい。


 何故二人が私の家にいるのかと言うと、挨拶に言った母と春美が、春山さんのお宅の母親と意気投合してしまったらしく…世間話の折に、今は女性だけで暮らしていると話してしまったらしい。


 春山さんは、そういうことなら。と、息子二人を手伝いに寄越したのだと言う。


「片付けの前に自己紹介からさせてください。俺は春山学です。志野原学園の中学二年生です」

「俺は春山涼です……。志野原学園の小等部六年生です。よろしくお願いします」


 春山涼くん…と言うのが、昨日私を「可愛い」と褒めてくれた男の子の名前らしい。


 彼も昨日のことを気にしているようで、私を見ると気まずそうに目を逸らした。


 私たち家族も、順に自己紹介を済ませて、早速玄関ホールに散乱しているダンボール箱を運んでもらうことになった。


「うわ。広っ!」

「す、すげえ……。海外のでかい家って感じ」


 と、初めて屋敷に入った二人は圧倒されている。確かに、この屋敷は西洋風だ。赤いカーペットなんて敷かれているし、玄関ホールがパーティーもできるほどに広くて、真ん中に設置されている階段を登れば吹き抜けになっている。


「あの……。片付けの前にちょっといい?」


 私に話しかけてきた春山くんに、少しだけドキッとしてしまった。彼を見ていると、どうしても昨日のことを思い出してしまう。


「なあに?」

「昨日、急に変なことを言ってごめんね。そのことを謝りたくて」


 春山くんは恥ずかしそうに、しかし申し訳なさそうに眉を下げて、そう言った。


 昨日の印象通り、春山くんは優しい人みたい。それに、真面目な人なのかも。私はそう思って、首を横に振る。


「怒ってないわ。それに、褒めてくれたから……。嬉しかった」

「ありがとう……。あの、雅美ちゃんは何年生なの?」


 私はその言葉にぴくっと反応すると、大袈裟に怒った顔を作る。歳下に間違われることはよくあるからいいんだけれど、「雅美ちゃん」と呼ばれたのが恥ずかしかったから。照れ隠しのようなものだった。


「私、春山くんと同じ六年生」

「え!? ご、ごめんっ!」

「いいのよ。私が小柄なのが悪いんだわ」

「いや、そんなことは……」


 春山くんが面白いくらいにたじろぐから、私は少しだけ満足した。


「ま、雅美…さん? 市川さん?」

「好きに呼んでくれていいわよ。他の同級生に呼ぶみたいに」

「じゃあ、雅美」


 好きに呼んで。と言ったことを、私は後悔した。


 彼は、普段から女の子を名前呼びにする人だったらしい。急に名前を呼び捨てられて、また少しだけドキッとさせられたのが悔しかった。


「じ、じゃあ、私も名前で呼んでいいかしら」

「うん。もちろんいいよ」


 反撃のつもりだったのだけれど、彼は気にした様子もなく、あっけらかんと了承してくれた。やっぱりちょっと悔しい……。


 可愛いと言ってくれたのも、きっと女の子に言い慣れているんだわ。そう思ったら、昨日あれだけヤキモキさせられたことも悔しくなって……私は拗ねてしまった。


「涼くんのたらし」

「え?」


 私が呟いた声が小さかったので、聞こえなかったようだ。涼くんは首を傾げて不思議そうな顔をしている。


「何でもないわ。涼くん。電子レンジを運ぶの手伝って」

「う、うん。わかった」


 私は、誤魔化すように荷物運びを無理やり開始させ、この件は有耶無耶にすることにしたのだった。だって、やっぱり悔しいんだもの!

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