side雅美

 私の名前は市川雅美いちかわまさみ。引っ越し作業で、自分に与えられた部屋を片付けている最中なんだけれど……。


 どうしてもさっきのことを思い出してしまう。凄く驚いたから。


 向かいの家に住んでいるという男の子に、いきなり「可愛い」なんて言われるんだもの。初対面なのに……。凄く恥ずかしかった。


「確か向かいは春山…さん」


 私はそう呟いて、窓から外を覗く。残念ながら、私の部屋からは春山宅は見えないみたいだ。


 そもそも、目が合った時も驚いてしまったのに……。私は、彼の言ったあの言葉を思い出してしまい、また恥ずかしくなってしまった。


 『私と歳近そうだなあ……。優しそうな人だけど…どうなのかしら』。あの時の私は、そう思いながら彼を見つめていた。そうしたら、彼と目が合ったのだ。彼は、やっぱり優しそうな顔をしていた。


 私は小柄だから、彼とはそこそこ身長差があったっけ。でも、彼が平均的な身長だと言うなら、きっと私と同い歳くらいのはずだ。


「……」


 私が彼のことを思い出していると、急に部屋がノックされる。私は思わずビクッと肩を揺らしてしまい、声が上擦った。


「は、はい! 今開ける!」


 扉を開けたら、出てきたのは一番上の私の姉、雅代まさよだった。


 私の家族構成は、まず母親と父親。父は現在はフランス在住。


 お母さんの家はお金持ちで、フランスにも支社を持っていた。その支社から日本に研修に来ている父と恋に落ちて、お父さんとお母さんは結婚したんだったと思う。


 そんなお父さんが、日本の本社の方で仕事をすることになった。だから、家族でこっちに引っ越してきたのだけれど……。お父さんは仕事の引き継ぎに少し時間がかかっているみたいだ。主にストライキのせいで。


 姉妹は、二番目が雅子まさこ。三番目が私、雅美で、末っ子がららの四人姉妹。


 本当はららの名前をみやびにしたかったみたいなんだけど…赤ちゃんの頃のあの子、「ら」の音にしか反応しなかったから、名前が『らら』になったらしいのよね。私はその頃のことはあまり覚えていないのだけど。


「なあに? 雅代お姉ちゃん」

「私のDVDプレイヤーこっちに紛れてない? 見当たらなくってさ」

「ちょっと待って……」


 探してみると、それは案外すぐに見つかった。雅代お姉ちゃんの私物には赤で名前が書かれているから、わかりやすいのだ。


「あったわ。はい……。?」


 箱を渡したのだけど、雅代お姉ちゃんは何故か部屋に戻ろうとしない。私が首を傾げると、にまっと口元をいやらしく緩ませた。


「さっきの男の子。雅美に可愛いって言ってたわね?」

「お、お姉ちゃん!!」


 私はまた恥ずかしくなって、扉を閉めようとする。でも、雅代お姉ちゃんと私とでは、年齢差が六つもあるのだ。力ではかなわなかった。


「あの子なら、雅美を虐めたりもしないんじゃない? 結構優しそうな子だったよ」


 と言って、にやにやとこちらを見てくる。


 私は…というか、うちの家族はみんな肌が白い。だから顔色の変化が顕著に現れるのだ。それもまた恥ずかしくて、嫌になるわ。


「もう! 片付けの邪魔よ。雅代お姉ちゃん!」


 私は、なんとか無理やり姉を追い出して、扉を閉める。


 確かに、彼は優しそうな人だったけど。と、また彼のことを思い出してしまった。


 私は、昔からよく男の子に虐められていた。と言っても、ただ好きな子に対するちょっかいのようなものだったのだけど……。それでも、私は嫌な思いをたくさんしてきたから、彼に「可愛い」だなんて面と向かって言われたことに驚いたのだ。


 今まで、そんなに真っ直ぐに言葉にしてくれる人はいなかったから……。


「お姉ちゃんのせいだわ」


 私は顔が熱いのを姉のせいにして、片付けに没頭する。


 片付けがある程度終わってから、私は空気を入れ替えるために窓を開いた。


 庭にはちょうど、うちで働いてくれている織部四姉妹がいた。まだ外に残っている荷物を運んでくれているみたいだ。


 織部四姉妹の長女は春美はるみ。ちゃんと春生まれ。二十四歳とまだ若いが、しっかりしていて働き者だ。お客様対応が上手なので、主に接待の準備等をしてくれている。


 次女は夏乃なつの。夏生まれ。二十一歳。元気で、庭仕事が大好きらしい。前の屋敷でも庭仕事を主に担当していた。


 三女は秋奈あきな。名前は秋っぽいけど、春生まれ。十八歳で高校三年生。ちなみに、雅代お姉ちゃんと同い歳。だから、雅代お姉ちゃんの付き人みたいな感じで、学校に編入するのかな? 多分。秋奈は頭がいいので、主に金銭管理や予定を組んだりしてくれている。


 最後に、四女は冬子ふゆこ。十六歳で高校二年生。こちらは秋生まれ。多分、彼女たちの親は名前にとりあえず春夏秋冬を入れたかっただけなのね。冬子は料理がとても上手で、我が家のお料理担当をしてくれている。


 私はそんな彼女たちを眺めながら、少しの間休憩をした。そして、外に出てきたらしい彼を見つけて、私はまたもや顔の熱を感じるのだった。

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