side学-①
いつも思っていることだが、沙江は素直で可愛い。だから俺だって、好きだと言われれば嬉しい。俺も沙江のことが好きだから。
でも、沙江の言う〝幼なじみ〟の好きと、俺の〝恋をしている〟好きは別だ。
だから、あまりにも軽く言ってくるこいつに対する不満もかなり大きかったりする。
「ごちそうさまでした」
「学、次の授業は出るんだよ?」
「はいはい。次数学だっけ?」
「うん!」
俺が出ると言ったからか、沙江は嬉しそうに笑っている。
そんなに俺が好きか。と嬉しく思う反面、俺と同じ好きならいいのに……。と寂しくも思った。
そもそも、沙江は結構モテるのだ。
パッチリとした瞳に、長いまつ毛。鼻も口も、更に輪郭も小さくて、全てが整っている。
俺は『ザ・平凡』な顔立ちをしているので、並ぶと見劣りすることだろう。
そんな彼女とは、きっと幼なじみではなければ接点も無かったかもしれない。俺はそう思って、更に寂しくなってしまった。
「そろそろ俺らも戻るか」
「うん! あ、そう言えば…先生にも学からちゃんと謝っときなさいよ? 沙江が叱られたんだからね!」
「げぇ…」
俺が嫌そうな顔をしたから、沙江はまるで風船のように頬を膨らませて、ジト目で俺の顔を見つめてくる。
「わかったわかった」
その返事が悪いのか、なかなか疑いの目は消えなかった。
放課後にしっかりと監視までされて、俺は先生に反省文と課題を貰いに職員室まで行くはめになったのだった。
「ね、学」
「んー?」
職員室での用事が終わったので、俺たちは一緒に下校する。今はその帰り道だった。
「今日、学のお家に行ってもいい?」
「いいけど……」
「ありがとう! じゃあ、寄り道してドーナツ屋さんに寄っていこ?
早苗とは、俺の母親のことだ。
沙江は妙にうちの母親に懐いている。遊びに家に来たい。というのも、目的は母さんだ。
だからこそ、軽々しく家に来たいと言ってくる沙江を受け入れることが出来る。そうでなければ、意識してしまって家に入れることなんて出来ないし。
「あのね。今日も早苗さんに描いたデザインを見てもらいたいんだ……」
「ああ、最近よく描いてるよな」
沙江が休み時間に黙々と描いている服の絵。最近は本当にずっと、真剣に描いている。
俺の母親は服飾デザイナーをやっている。
俺がまだ小さい頃に、働いていたアパレル企業から独立したらしく、今は日本内ではそこそこ人気なブランドを持っている俺の母親に、沙江は憧れを抱いているそうだ。
沙江が母さんに懐いてるのもそれが理由なのかもしれない。
「沙江、大きくなったら早苗さんの会社で働きたいなあ。デザイナーになるの!」
「デザイナーねえ。結構厳しいらしいけど、泣き虫のお前にできるのかよ?」
俺がそう言うと、沙江はムッとして頬を膨らませる。
「今から頑張るんだもん。それに、最近は泣かなくなったでしょ!?」
確かに、小学生の頃に比べれば泣かなくなったと思う。
小学生の頃の沙江と言えば、人前に出るだけでも涙目になるほど弱々しくて、ずっと俺の影に隠れているような引っ込み思案な性格だったから。
今も根っこの部分は変わっていないのだろうが、大分マシになったと言える。クラスでも明るいし、友達も結構多いしな。
女子だけじゃなく、男子からの人気もあって困るんだけど…。
「ただいまー」
「お邪魔します……」
ドーナツ屋で土産を買って、俺の家に入る。沙江はこの家にかなり馴染んでいるので、勝手に家にあがったとしても何を言われることもないのだが…律儀に挨拶をした。
「おかえりー! …って、やだ! 沙江ちゃんじゃないっ! どうしよう、私今すっぴんだわあ!」
まるでアイドルにでも会ったかのような狼狽え様に、俺は苦笑する。
「沙江だからいいじゃん」
「沙江ちゃんだからだめなの! 私のこと嫌いになっちゃったらどうしてくれんのよっ!」
沙江も母さんのことを好きだが、母さんも沙江のことを自分の娘のように可愛がっている。
それこそ、俺や弟のことよりも可愛がっているのではないか。と言うくらいに甘い。
「沙江、早苗さんのこと大好きです」
「まあ、うれしい! 聞いた? 学!?」
「聞いた聞いた。ほら。これ、沙江がお土産ってさ。お茶入れてよ」
「まあ! レディードーナツ!」
母さんの好きなドーナツ屋の名前だ。特にここのストロベリーチョコレートのトッピングがされているドーナツが好きだった。
それを二つと、俺たちがそれぞれ好きな味を一つずつ買ってある。同じ味のうち一つは弟の
「同じの二つ入ってるけど、一つは涼のだからな!」
「はいはい。そこまで食い意地張ってないわよ」
と言いながらキッチンの方へ引っ込んでいこうとする母さんの後ろを、沙江がちょこちょこと追いかけた。
「沙江もお手伝いします」
「あら、座ってていいのに……。学と違って、沙江ちゃんはよく気がつくいい子よねえ」
「悪かったな」
単に沙江は母さんの傍にいたいだけだと思う。まあ、確かに…結構周りを見ているかもしれないけど。
ドーナツ屋でも、俺が選ぶより先に沙江が俺の好きな味を取っていた。「学はこれでいい?」と聞いてはいたが、確信しているかのように素早い手つきで取っていたので、俺の好みを把握済みなのは間違いない。
「まあ、手伝いなら俺がするからいいよ。沙江…見せたいものがあるんだろ? 準備しとけば?」
俺が沙江にそう耳打ちすると、沙江は面白いくらいに肩を跳ねさせる。緊張しているのだろう。と思ったが、沙江の顔を見たら赤くなっていたので、少し気まずかった。
きっとこれも緊張しているからなのだろうけど……。
本当に好きな相手にするみたいな顔、やめて欲しいなあ。と、俺は恨み言を心の中で唱える。
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