side沙江-②

「…ねえ、学くんも、沙江ちゃんのこと可愛いと思うよね?」


 私が学を見つめていたら、桜井先輩がふとそんなことを言った。


 私は思わず肩を跳ねさせてしまう。ドキドキと胸が鳴るのを感じて、顔も段々熱くなってきた。


「あれ?」


 学が手を止めて驚いているから、桜井先輩は戸惑っているみたい。


「ま、まあ……どちらかと言えば可愛いんじゃないすか」


 曖昧な言葉だけど、私は嬉しくて…恥ずかしくて……でもやっぱり嬉しいから、思わず顔がにやけてしまった。


「う、うん…。あれ?」

「何ですか?」


 桜井先輩は何故か戸惑っていて、学が首を傾げてから「なんでもない」と首を振る。


「えへへ」


 私は今もにやにやが止まらなくて、桜井先輩が戸惑っていることに気がついても、何も反応できなかった。


「学、ありがとう!」


 嬉しくてお礼を言うと、何故か学の顔が赤くなっていることに気がついた。嬉しいことを言ってもらって、浮かれていたせいで今まで全然気が付かなかったのだ。


 きっと、四限の間ずーっとこんな所にいたから、風邪をひいてしまったのだろう。


「授業サボってこんな所で寝てるから風邪ひくんだよ?」

「風邪じゃねえよ。ばか」


 ばかと言われ、私はムッとしてしまう。


「何よお。サボる方がおばかさんなんだから」

「試験結果は俺のが上ですー!」

「サボり魔のくせにー!」


 私は憤るが、学は飄々とそれを躱してくる。悔しい。


「学くん。サボるの?」

「あ」


 桜井先輩の言葉に、学はピタッと動きを止めた。お姉ちゃんも困ったように笑っている。


「いつか沙江の後輩にならないといいわね」

「来年は気をつけますよ」


 と学は頭をかいた。私は幼なじみまなぶのサボりのせいでさっき先生に小言を言われたことを思い出す。


 思い出したせいで、もう少しだけ学に対して文句を言いたくなってしまった。


「いっつも沙江のことパシリにするんだから!」

「お礼にハンバーグあげただろ」

「そういう問題じゃないもん」

「はいはい。ほら。お前の好きなじゃがバター」


 学が私の口にじゃがバターを詰め込んでくる。私は口に押し付けられたそれをぱくっと食べた。


「んぐ。美味しい」


ああ。また誤魔化されてしまう。学がテキトーにあしらおうとしているのは分かっているのに。私は学に弱いのだ。


「あんまり餌付けされると太るよー?」

「太るのはやだ」


 お姉ちゃんにくすくすと笑われてしまい、私は恥ずかしくなってお腹を押える。


「たまにぽよってるけどな」

「あー! 酷いっ! 学のばかあ!!」


 横から学がからかってくる。私はムッとして、学を睨んだ。


「仲がいいんだね」


 仲がいいと言われるのは嬉しいけど、学は時々意地悪だ。くすくすと笑った顔がなんだか可愛いから、私はきっとまた許してしまう。惚れた弱みだった。


「そういえば、先輩はどうして転校を?」


 学がそう聞くと、桜井先輩が少し恥ずかしそうに頭をかいた。


「警察やってるうちの親父。忙しいのか食生活の方がちょっと……ね」

「そうでしたか…なんか、すみません」

「ううん。ずっと田舎育ちだったから、緊張もするけどちょっと楽しみなんだよね。都会の生活ってやつ」

「今度、街の案内もしてあげるね」


 とお姉ちゃんが言った。お姉ちゃんは友達のかおり先輩とよく出かけている。かおり先輩が色々なお店とかに詳しいから、お姉ちゃんも詳しいの。美味しいケーキ屋さんとか……!


「ありがとう。本当、同じクラスに山田がいて良かったよ」

「え?」


 突然の告白に、お姉ちゃんは驚いた顔をした。


「誰も知らない環境よりかはちょっと気が楽だし。さっきも言ったけど…俺が前にいたとこ田舎だから、学生の数も少なくてさ。知らないことばっかりだから、知り合いが近くにいてくれて嬉しい」

「ふふ。学校のこともなんでも聞いてよね。私、これでも学級委員なんだから!」

「頼りにしてるよ。ありがとう」


 二人の笑い会う姿を見て、私はやっぱりドキドキしてしまう。桜井先輩もかっこいいけど、お姉ちゃんも美人だから、お似合いだな。って思ってしまうのだ。


「あ、そうだ。次、早速移動教室なのよ。案内するね」

「うん。お願いします」

「じゃ、私たちは戻るわ。二人ともごゆっくり。急がずよく噛むのよ?」

「はーい」

「それじゃあ、また」

「うん。学くん、沙江の事よろしくね」

「えっと…はい」


 二人がいなくなると、急に静かになる。


「お姉ちゃんと桜井先輩、仲良しだったね」

「そうだな」

「いいなあ」


 私も学とそんな風に仲良くなりたい。ついそう思ってしまう。学は最近、意地悪ばっかりだから……。


「桜井先輩が好みなんだ?」


 学がふとそんなことを言った。


 桜井先輩はかっこいいけど、お姉ちゃんとお似合いだなって思っていただけだ。


 それに…私が好きで、あんな風に仲良くなりたいと思うのは、学だから。


「先輩、かっこいいけど…沙江は学が一番好きだよ」

「…あほ。早く食え」


 私はいつも気持ちをちゃんと伝えているのに、学は誤魔化すの。やっぱり最近の学は意地悪だと思う。


「嘘じゃないもん」

「わかってるから」


 学がそう言うので、私はちょっぴり不満だけど、今日のところは勘弁してあげる。


 昼休みももうすぐ終わるので、私たちは会話もそこまでにして、お弁当の中身を頬張った。

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