side美江-②

 朝のホームルームが終わった後、私は彼に話しかけていた。


「こっちに来てそうそう試験なんてついてないね」

「時期が時期だから仕方ないよ」


 桜井くんは私のことを覚えているのかな? それが気になってしまって、この後の会話の内容が思いつかない。


 思い切って聞いてみようか。そう思って口を開いたはいいが、いつの間にか周りに来ていた生徒達が彼に声をかけていたので、空振りとなってしまった。


「ねえ、舟秀ってどこにあるの?」

「なんでこの時期の転校?」

「チャットアプリ、やってる?」


 彼は忙しそうに返答していて、私が声をかけるタイミングは消えてしまった。そこで慰めるように、かおりがポンと私の肩を叩いてきた。


「転校生の運命よね」

「そ、そうね」


 桜井くんは苦笑しながらもきちんと対応していて、優しいところは何も変わっていなかった。


 次の機会こそ、聞いてみたいなあ。


「彼女いますか?」


 と、ふと誰かが言ったから、女子の甲高い叫び声が聞こえてきた。


「それは私も気になるなあ。美江も行こ」

「えっ、かおり!」


 情報通のかおりにとって、転校生の情報は大好物だ。私は無理やり席を立たされて、輪の中に入っていく。


「今はいないよ」

「今はって事は前はいたんだ? 今までの交際人数は?」

「え…その、二人…だけど。」


 流石にその手の話は照れくさいようで、声が小さいし俯きがちになっている。大丈夫かしら。私は彼を見つめ…目が合う。すると困った笑みを向けられた。


「そ、そう言えば。桜井くんって前の学校で部活とかしてたの?」


 恋愛から話を逸らそうと、私は質問を投げかけてみる。


「うん。野球部だった。志野原って結構強いよね。野球部」

「都立の中では設備もしっかりしてるから」

「片付けとか…色々と落ち着いたら見学しようと思ってるんだ」


 と言って彼は笑う。恋愛の話をしているよりか表情も柔らかい。冷静になれたようでよかった。と私は思った。


「そん時も山田に連れて行ってもらえば?」

「え?」


 ある男子生徒がそう言った。桜井くんがその方向を不思議そうに見るから、私から説明をする。


「私、野球部のマネージャーなの。兄が監督してて…やりたい部活もなかったし、頼まれてそのまま」

「え? お兄さんって警察だろ?」


 そっか。彼は私の兄弟について知らないものね。


 刑事なのは三番目の兄で、野球部の監督をやっているのは二番目の兄だった。


「警察なのは三番目のお兄ちゃんなの」

「そんなに兄弟多かったんだ。妹もいなかったっけ?」

「うん。中等部に通ってる妹がいるわ」


 やっぱり覚えていてくれていた。私はそれが嬉しくて、つい会話が楽しくなってしまう。かおりに肩を叩かれなければそのまま話し込んでしまったかもしれない。


「あ、ごめんなさい。みんなも話したいのよね」

「それもあるけど、そろそろ授業が始まるからさ」


 と言われ、私は時計を見る。確かに、もうすぐ授業が始まってしまう時間だった。まだ教科書の準備が出来ていない…。


「また話聞かせてね」

「これからよろしくな!」


 と、一気にみんなが離れ、周りが広々とする。


「机…つけようか」

「え」

「教科書見るでしょ?」

「ああ。うん。ありがとう。えっと…山田」


 小さい頃は『美江ちゃん』と呼ばれていたが、流石にこの年齢で呼ぶのは恥ずかしかったらしい。私も多分、ちゃん付けで呼ばれるのは照れてしまう。だから、私はこくりと頷いた。


「どういたしまして。校内案内は、してもらった?」

「先生に軽く。広いよな。小、中、高の一貫校なんだからさ」

「そっか。お昼はお弁当かしら? 食堂なら改めて案内するわ」

「ありがとう。今朝コンビニで買ってきたから食堂には行かなくて大丈夫」

「コンビニ? たまにならいいけど体に悪いよ?」


 兄に聞いた話だと父親と二人で暮らすらしい。やはり男二人では料理もしないのだろうか。コンビニばかりでは体を壊してしまうかもしれない。と私は心配になった。


「うん。初めて買ったよ。うち田舎だからコンビニとか近くになかったし。普段は自炊なんだ。引越したばっかでバタバタしてたから、今日は初めてコンビニ弁当に挑戦してみた」


 美味しいのかな? と笑って、彼はかけてある鞄に視線を落とした。


「料理、するのね」


 なんとなく意外で、聞いてしまった。聞いてから思ったけど、最近は男女関係なく家事をこなすものだし…失礼だったかしら。でも、彼は気にした様子はなかった。


「うん。親父がからきしだから俺が作るよ。結構得意なんだぜ。ばあちゃん仕込みなんだ」

「ふふ。そうなの? あのおばあちゃん、元気?」


 遊びに行った時に私も可愛がってもらった。背の少し丸まった可愛らしいおばあちゃんだったっけ? 思い出したら懐かしくて、ほっこりしてしまう。


「うん。腰はもっと曲がってるけど、物凄い元気だよ。庭で野菜とか育ててる」

「いいね。家庭菜園」

「……良かった」


 彼がふと、そんな事を言う。何の話だろう。


「忘れられてるかもってちょっと不安だったんだ」

「あ…私も。なんて声掛けていいかわからなくて、ドキドキしちゃった」


 桜井くんからそう言って貰えて、私はほっとする。


「改めて、これからよろしくね」

「こちらこそ。また仲良くしてね?」

「ああ。」


 改めて再会を果たせた私たちは、授業担当の先生が入ってくるまで昔話に花を咲かせるのだった。

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