side美江-①

 東京の都立志野原しのはら学園高等部の廊下を歩いている私、山田美江やまだみえは、突然後ろから大きな声をかけてきた黒髪ロングの親友に驚いて、悲鳴にも似た声を上げてしまう。


「ちょっと! 驚かせないでよ!」

「ごめんごめん」


 なんて軽く笑っている彼女は、澤田さわだかおり。私の一番仲のいい友達。彼女が私に声をかけてきた理由はよくわかっている。どうせ、いつもと同じパターンなのだ。


「どうせまた何かニュースだって言うんでしょ?」

「そうそう。今日、うちのクラスに転校生が来るんだってさ!」

「転校生?」


 かおりは学内では有名な情報通で、どこからか学園内の色々な噂を集めてくる。しかもそれが的を得た噂なので、評判もそこそこいい。


 私も、いつもついつい気になって、驚かされたことなんて忘れて聞き入ってしまうのだ。


「うちのクラスに?」

「そうよ。職員室の先生が噂してたんだけど、かっこいい男の子らしいわよ!」

「そっか。桜井くん…うちのクラスになるんだ」


 私は一人納得した顔で頷く。


 時期は知らなかったが、幼い頃にお世話になった家の子どもが転校してくる。と事前に兄から聞いていた。桜井新次くん…元気かなあ。


 そんなことを考えていたら、かおりにじとーっと半目で見つめられてしまった。情報通である彼女よりも先に、私の方が転校生のことを知っていたからだろう。


「なんで知ってるの? そんなこと」


 不貞腐れた表情でかおりは言う。いつもはかおりの情報に驚かされる側だから、ちょっとだけ優越感を感じてしまう。私は思わず笑みを零した。


「ふふ。あのね、彼の父親がうちの三番目のお兄ちゃんの上司なの。お兄ちゃんから桜井くんが志野原に入るって言うのは聞いてたんだ」


 私には三人の兄と一人の妹、それから弟も一人いる。そのうちの、私と一番歳の近い兄、いつきは所轄の刑事なのだ。その上司が桜井新次くんの父親。彼の父親は警部なんだとか。


「教えてくれればよかったのに!」


 かおりが膨れた顔で、やはりジト目で私を見てくる。


 ちょっとドキッとした。だって、かおりの目ってなんだかこちらを見透かすみたいなんだもの。


「転校時期とかは聞いてなかったのよ。近いうちに来るよってだけ。だから言えなくて……」


 私がそう言い訳をしたら、かおりはくすっと笑ってくれた。私はそれを見ると、ほっと胸を撫で下ろした。


「どんな男の子なの?」

「私は一度しか会ったことないから…。でも、優しい子だったよ。小さい頃、彼の実家に遊びに行ったことがあるんだけど…その時の私、すごく落ち込んでて…桜井くんが励ましてくれたり、笑わせてくれようとしたり。楽しかったわ」

「へーえ。ホームルームが楽しみねえ」

「私の事、覚えててくれてるかな?」


 いつまでも廊下にはいられないので、二人で会話をしながら私たちの所属する一年A組に入っていく。


 教室に入った途端に、かおりがみんなにも「ニュースだニュースだ」と転校生の事を話しているので、みんなの桜井くんへの期待は膨らんでいった。


キーンコーンカーンコーン


 チャイムが鳴り、騒いでいた生徒達が席に戻る。転校生はかっこいい。という噂なので、特に女子たちは気合を入れて期待の表情で着席していた。


「はーい。ホームルームを始めまーす! 情報伝達の前に、転校生がいるので紹介しますねー!」


 先生がそう言いながら教室に入ってくるその後ろを、背の高い男子生徒が歩いて教卓の横に立った。


 確かに彼だ。十年近く前に会ったきりだったが、癖のある髪と優しそうな表情は何一つ変わっていなかった。


「えーっと。はい」


 カカカッとチョークで『桜井新次』と名前を書いて、彼に挨拶を促す。


「千葉の舟秀せんしゅう高校から転校して来ました、桜井新次と言います。よろしくお願いします」


 ぺこりとお辞儀をした桜井くんは、志野原のものでは無い制服を身にまとっていてなんだか新鮮な気持ちになった。


「制服が届くのは来週だそうです。暫くは向こうの制服で通うことになるし、教科書もまだ届いていないようなので、隣の席…美江の隣が空いてるわね。美江が見せてあげて! ちょうど学級委員だし、色々とサポートしてあげて下さいね」

「はい」


 桜井くんの顔は、見れば見るほど懐かしい気持ちになる。随分と背が伸びて、可愛らしかった顔立ちも、かおりが言っていたようにかっこよくなっていたのだが、面影はあるのだ。


「じゃあ、桜井も席に着いてね。質問なんかは個人的にやって頂戴。授業には遅れないように。それじゃあ、桜井が席に着いたところで伝達事項を言うわよー」


 持っていた名簿に貼ってあるメモを読み上げると、先生は教室を出ていく。伝達事項はそろそろ始まる中間考査の事だった。

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