これは始まりの物語

side新次

 暖かい日差しに、豊かな緑に包まれた澄んだ空気の、所謂田舎道を歩く団体。その中心にいる俺、桜井新次さくらいしんじはある場所で立ち止まると、口を開く。


「ここまで見送ってくれてありがとうな。」


 田舎故か、歳の近い者はみんなが友達で、家族のようなものだった。そんな彼らと、俺は今日別れなければならない。


 俺は今日、生まれ育ったこの故郷から離れ、東京に行くことになっているのだ。


「何言ってんだよ! 俺ら、離れてもずっと友達だからな!」

「また連絡するから!」

「たまには帰って来いよ」


 わっと一気に声が飛んでくる。本当にみんな、俺に良くしてくれた友達なんだ。少し寂しいな。


 そう思って、もう十六歳だと言うのに、泣きそうになってしまった。


 みんなの別れを惜しむ声を聞くと余計に寂しい気持ちになるが、これが永遠の別れという訳では無い。


「みんな。本当にありがとう。こっちに戻ってきたらまた会おうな。夏休みとか、絶対遊びに来るから!」


 俺は一人一人としっかり握手を交わして、そう言った。男子たちとはハグも交した。もう六月の終わりなので、少々暑苦しかったのだが、そんなことは些細なことだった。今日が真夏日だろうがなんだろうが、俺はきっと同じことをしただろう。


「ああ! 元気でな」

「絶対また遊ぼうね!」

「ばいばーい!」


 別れを惜しみつつも、丁度来たバスに乗らなければならない。俺はバスに乗り込み、窓から顔を覗かせると出発するその最後まで、みんなに手を振り続けた。


 女子なんかは泣いてくれている。それを見ると余計に寂しいと思ってしまって、俺は必死に涙を堪えた。


 遊びに来ようと思えばいつでも遊びに行ける距離。しかし、電車とバスを使って片道四時間だ。バイクや車があればもう少し早く着くのだが、残念ながら東京で免許を取る予定なので、まだバイクには乗れない。


 車は当然、運転できないしな。


 会いに来るにしても、もう少し時間がかかるだろう。それに、東京での生活に慣れるまでは教習所に通うのも難しいだろうな。俺はそんな事を考えながら、席に座り直す。


「ふぅ……」


 とっくに道を曲がってしまって、みんなの顔は見えなくなっているし、声も聞こえなくなった。


 俺はスマホを開いて、開いてもらったお別れ会の写真を見て余韻に浸ってから、東京で過ごす今後のことを考える。


 まずは東京で働いている父親の家に送られた荷物を整理しないと。転校手続きは終わってるけど…制服や教科書はまだだって言われてしまったんだっけ。


 俺の父親、桜井新太郎さくらいしんたろうは高倉署という警察署に勤めている警部で、仕事が忙しいのか食事もろくに取らない生活を送っていたらしい。


 俺が上京することになった理由の一つだ。父親の不摂生を正すために、監視として父親の借りているアパートに住むことにした。


「そうだ。あの子は元気かなあ……」


 今度はスマホではない、一つの写真を鞄の内ポケットから取り出して、眺める。そこに写るのは小学生の女の子だ。可愛らしい真っ赤なリボンをつけたポニーテールで、満面の笑みで写っている。


 幼い頃に一週間だけ、うちの実家で預かっていた子。この子も刑事の娘さんで、一時期この子の家が大変な時に預かっていた。


 これから俺が通う予定の高校に、彼女も通っているらしい。会えたら声をかけてみよう。俺のことを覚えているといいんだけど。そう思いつつ、また写真を鞄の内ポケットにしまう。


 彼女は俺の初恋の相手だった。笑顔が可愛らしい女の子。他人に言ったら顔で人を選ぶな。と言われそうだが、あの子が笑った姿は本当に可愛かった。夏のひまわりのような、むしろ綺麗なひまわりを咲かせる太陽のような、あの眩しい笑顔を思い出す。


 そんな笑顔を向けられたら、惚れてしまうのも仕方がないと思うんだ。俺は写真に写った顔を思い出して、誰に聞かせるでもない言い訳を考えた。


 まあ、それでも初恋は初恋…。もう終わったことだ。今はただ単純に、懐かしい友人との再会を求めている。


 それに、幼少期の姿からも予想がついた。恐らく彼女は美人に育っただろう…と。だから、きっと恋人もいるのではないか。もしそうなら、きっと彼氏もかっこいいんだろうな。なんて、つい想像をしてしまった。


「会うのが楽しみだ」


 小さな声でボソッと呟いてから目を伏せる。そのままバスを降りるまで、俺は大人しく仮眠を取った。

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