第21話 祭りのあとに待つのは、あとの祭り

「ハナヨメ……私とともにフィオーレ王国に帰りましょう?」


 ルインの奥にいたはずの男性の声が、背後から聞こえた。

 私が弾かれたように振り返るのと、私の前にヤマトと鬼王が立ち塞がるのは、ほぼ同時だった。


「私の名はフィデス……フィオーレ王国より、あなたをお迎えにあがりました……ハナヨメ」


 彼は、こちらに手を伸ばし、微笑んだ。


――……ハレルヤ!!


 なんだぁ!フィデスさんったら!

 めっちゃイケメンですやん♪

 もし、イケメンじゃない奴に花嫁なんて言われてたら虫唾走りまくりだったけど、イケメンなら何もかも許しちゃう!

 イケメンは正義だからね!


「あら?ずいぶん浮気性なのねぇ?さっきはあたしに求婚していなかったかしら?」


 ヤタカさんが、小馬鹿にするように妖艶に微笑む。


「……!!誰が求婚などっ!」


「あら?大陸の方は忘れっぽいのかしらぁ?あたしに言ったのは忘れちゃったぁ?」


 たじろぎながらフィデスさんが、ヤタカさんを強くめつける。

 フィデスさん、ヤタカさんに求婚しちゃったの……めっちゃ嫌だったのかなぁ?

 めっちゃ動揺しながらも、ヤタカさんを睨むじゃん。

 ヤタカさんも煽っていくスタイルだし。

 まぁ、フィデスさんがヤタカさんに花嫁って言ってたシーンは、腐女子的にご褒美だったけど。

 インベさんに陰陽術で作ってもらったカメラで、そりゃあもう、激写しまくったけど。

 ……今度はズーム機能もお願いしよう!

 そんなことを考えていた私の横に立ったラスが、私の耳に口を当てて耳打ちした。


「ねぇ、御神姫みこひめサマ?あの髪飾りって本当に御神姫サマのものなの?」


 キュンッ!

 息遣いが……ラスの話す声に混じる彼の息遣いが、イケメンすぎる!

 一瞬、内容全部ぶっ飛んだけど、一生懸命拾い集めて脳内でパズルみたいに組み合わせる。

 あの髪飾りが私の物?ってことか。


「そうだよ。私の世界で、私が自分で買ったの」


「買ったのっていつ頃?」


「いつ頃?あれ買った日に、ここに戻ってきたから、本当に今からちょっとだけ前くらいだけど」


 ラスの声に合わせて小声で答えると、ラスは少し戸惑った様子を見せた。


「何か問題でも……」


 確かにあれ、インベさんから呪具認定されてたし。

 問題がないことはないかもしれないけど。

 とりあえず、何か知ってそうなラスに聞こうとしたところで、小さな私の声は、ヤマトの怒声によって掻き消された。


「いい加減にしてくれませんか!?さっきから黙って聞いていれば、求婚!?誰がお前の花嫁になるって!?寝言は寝て言いなさい!!」


「どうした?どうした?」


 ヤマトがプッツンしちゃってるじゃん。

 ちょーっと、ラスと話してただけの、そのほーんの少しの間に何があったのかな?


「あの男が、お前のお師匠さんには求婚してないだの、お前を花嫁だの言って引かないから、ヤマトがキレた」


 鬼王きおうが、前を向いたまま状況説明してくれた。


「御神姫は私と結婚するんです!!」


「「「「「「「「「そんな話は聞いたことがない!!」」」」」」」」」


 ヤマトの言葉にその場にいたみんながツッコむ。

 みんな、声が揃いすぎてない?

 たぶん、私とフィデスさん以外の全員の声が揃ってたよ?

 ほら、見てみなよ。

 みんなの声に、フィデスさんが圧倒されちゃって目をむいてるよ?


「ちょっとお前はとりあえず、黙っとけ……」


 鬼王が自身の頭を押さえながら、ヤマトを下げて前に出る。


「おい、あんた……」


 鬼王が何か言おうとしたが、今度はフィデスさんが言葉を遮って言う。


「私はおまえと話す、無駄な時間はない!持ち合わせていない!こちらにハナヨメを、フィオーレ王国に、こちらに返せばそれで良い!」


「…………」


 何も言わない鬼王の額に青筋が立つ。

 落ち着いてぇ!

 鬼王までプッツンしちゃったら収集がつかなくなっちゃう!


「あの王子サマは焦ってるんだよ☆……たぶん適応魔術てきおうまじゅつとかの効果も薄れてきてるんじゃないかな?」


 ラスの言葉に、どういうこと?と思い、横を見る。

 私の視線を受けて、ラスは言葉を続けた。


「彼は、このヒノモトに、長居はたぶん出来ない。魔力切れを起こしちゃうからね?言い回しや言葉の端々がおかしくなり始めてるのが、自分でわかってるんだよ」


「じゃあ、さっさとお帰りを?」


 ラスと私の会話が聞こえていたらしく、ヤマトはこれ幸いとフィデスさんを帰そうとする。


「ラス……適応魔術って何?」


 私がたずねると、ラスは簡単に説明してくれた。


「えっと、その土地に馴染むために体を変える魔術だよ☆言語とか、見た目とか」


 見た目!?

 ……もしかしてその適応魔術とやらでイケメンに見えてるだけなんじゃ……。


「じゃあ、見た目も全然違うの?フィデスさんは、ああいう顔じゃないってこと?」


 恐る恐る言葉にすると、ラスは首を小さく横に振った。


「いやいや、たぶん髪の色とか目の色とかを変えてるだけじゃないかな?顔の造作も変えられないこともないけど膨大な魔力が必要になるから、人間じゃそれだけで普通は魔力すっからかんだよ。ここに、立ってることすらできないと思う」


――……ハレルヤ!!!!


 マジでよかったぁ。

 髪の色とか目の色が違うくらい守備範囲内だわ!

 むしろ本当は何色なのぉ?ってめっちゃ楽しみだ!


「フィオーレ王国が、召喚、本来は、するはずだったのだ!それを奪った、この国がっ!!」


 必死に訴えるフィデスさんに、ヤマトは無情に手を振って帰そうとする。


「ほらほら、言語が崩壊しちゃう前にお帰りなさい、王子様?」


「こらこら、煽らないの」


 流石にイケメンのフィデスさんが可哀想に思い、ラスから離れてヤマトに駆け寄る。

 ヤマトのそばに走った私の後を、ラスがゆっくりとした足取りで追いながら、呟く。


「……たぶんだけどね?この王子サマの言ってることは正しいんだと思う……」


 みんなの視線がラスに集まる。


「この髪飾りは、フィオーレ王国の伝承にある髪飾りで間違いないよ。僕は見たことがあるからわかる☆それが何故か御神姫サマの世界にあって、それがきっかけでここに来たなら、たぶん……この髪飾りが、御神姫サマを選んで、この世界に呼んだんだ」


 ラスは私に微笑んでから、少し深刻そうに言った。


「伝承の髪飾りが白き乙女を選んだってことは、今現在いまげんざい、だいぶフィオーレ王国はヤバい状況なんだと思う。もともと白き乙女がフィオーレ王国に降り立つのって、王国が危険にさらされて、どうしょうもなくなった時なんだよ。なんていったって救国の聖女サマだからね。その場に行ったわけじゃないから詳しい状態はわからないけど、大体は……魔物の異常発生や暴走とか……魔王の復活とかだね」


 ラスは少し逡巡してから言った。


「……で、御神姫サマがフィオーレ王国に、召喚っていうのかな?される前に、僕たちがヒノモトで再会の儀をやっちゃったじゃない?それで間違ってこっちに召喚されちゃったんだよ」


 間違って……マジか……。


「ただ、どうしてそんな事になっちゃったのかはわからない……だって本来は、フィオーレ王国の人間の魔力に反応するはずなんだ……僕は人間じゃないし。今このヒノモトに、フィオーレ王国出身の人間なんていないよね?……あ、もちろん王子サマ以外でね」


 みんなが顔を見合わせて首を横に振る。

 何故か、鬼王だけ、目をそらしてる気がするけど気のせいかな?

 ルインは平然としてるし、心当たりはなさそうだけど。


「鬼王、大丈夫?」


「ん?ダイジョウブだぜ?」


「何か心当たりあんの?」


 鬼王がウィンクして、ちょっとだけ親指と人差し指の間を開ける。

 ちょっとだけ!って言ってんじゃん!

 確実に心当たりあるじゃん!

 コソコソとしている私と鬼王の様子を、ヤマトがちらりと横目で見やる。

 その視線にいち早く気づいた私と鬼王は、ヤマトに怪しまれないように、前を向いたまま、ピシッと直立不動になって姿勢を正した。


「その髪飾りが、本当に大陸の伝承の物である証拠はあるんですか?……おまえが、ちょっと見たことある程度で、それが本物だなんて言われても、御神姫も困るでしょう?」


 ピシャリと言い放つヤマトに、ラスは困り顔で答えた。


「証明ができないことはないよ?たぶん、今もその髪飾りは、フィオーレ王国の人間の魔力に反応する。人間じゃない僕は出来ないけど……王子サマがこの髪飾りに捜索魔術そうさくまじゅつをかければ、髪飾りが震えるから、本物かどうかわかる」


 伝承の髪飾りに、そんな贋作防止がんさくぼうしやら紛失防止ふんしつぼうし的なサービスがあるとは驚きだけど……。

 それやられたら、もう問答無用で私、連れていかれるんじゃない?

 ヤマトはコホンと咳払いを一つして、フィデスさんを睨みつける。


「……たとえ、この髪飾りが本物だとしても!御神姫を花嫁にする理由にはなりません」


「それもねぇ……たぶん勘違い☆」


 放たれた言葉にヤマトが振り返り、体ごとラスに向けてじっと言葉の続きを待つ。


「伝承にあるのは花嫁じゃなくて、白き乙女っていう聖女サマなんだよ」


 ふぅ、とため息を吐いてからラスは苦笑した。


「たぶん、適応魔術の弊害へいがい。意訳しすぎちゃってるんだよ。白き乙女=白い着物の女性→白無垢しろむくの花嫁サン的なかんじで♪」


 ……なるほど。異文化コミュニケーションって難しいね!ってかんじかな?

 だから、ヤタカさんが求婚したって言った時に、あんなにフィデスさん動揺したのかぁ。

 男性に求婚したことに驚いたのかと思ったけど。

 鬼王がこの時代の人、同性どうしも珍しくないって言ってたもんな。

 私は一人、納得していた。

 フィオーレ王国では、同性どうしは認められていないこと、鬼王がフィオーレ王国のことを一切合切知らなかったことを知ったのは、これよりももっと後のことだった。


 フィデスさんの目的や、彼の花嫁という発言が誤解だったことなど、現状がある程度、把握はあくができたこの状況。


「それで、どうするんですか?」


 ルインは冷静な声で言った。


「ラスが言っている事が全て正しいと仮定して、確かに御神姫は、白き乙女という聖女でもおかしくないほどに、清らかでお優しい女性です」


 ルイン!!好きっ!!

 ルインはわかってるなぁ!と勝ち誇っていると、横からの視線が、みょうに刺さって痛い。


「何?なにか言いたいことでもあるの?鬼王くん」


「べつに?」


 私の問いに鬼王は、さっと目をそらして答えた。

 なんだよ、言いたいことがあるなら言ったら?

 清らかでも聖女なんて器でもないって笑えよ。

 こちとら、アラサー腐女子だぞ!


「ラスの言う通り、大陸より先にヒノモトで儀を行ったことで大陸側に不都合が生じたというなら、多少、それなりに申し訳無さも感じますが……」


 ルインは言葉を続ける。


「だからといって、盗人猛々ぬすっとたけだけしい人間に、彼女を連れて行かれるのは我慢なりません。もし、ヒノモトの総意そういが彼女の送還そうかんを望むなら……」


 その先の言葉を言わないままのルインは、その表情だけで空気を冷たく凍らせ、その場にいる私たちは、その冷えた空気の中では声も出せないほど、のどをひりつかせた。


「そうだなぁ……俺も御神姫を連れてかれるのは反対だから、ルインを止められないと思うぞ?」


 鬼王がヘラヘラと笑って言った。

 シンジさんたちがホオリのそばで、何か話し合っている。

 ヒノモトの総意的には私が、フィデスさんと行くことに難色みたいだな。

 少し安心したけど、フィオーレ王国と浅からぬ関係を持っていそうなラスに目を向ける。


「ラスはどうしたいの?」


 たまらず私が聞くと、ラスはフィオーレ王国のことなど、まるで関心がないように答えた。


「ん?僕はべつに事実を話しただけ☆御神姫サマが狙われた理由とかわからないと、もやもやするかな?って思ってさ☆」


 そしてラスは小悪魔のように、あどけなく、でもとても妖艶に微笑った。

「僕は大陸出身って言ったでしょう?実はフィオーレ王国出身なんだぁ。でもぉ、あんな国べつに、どうだっていいんだよね☆今更、あんな国が、どうなろうが関係ないんだ……あんな、簡単に愛を……」


――簡単に愛を疑って、簡単に偽って、簡単に廃棄はいきしながら、繁殖と快楽のために簡単に量産りょうさんして、その身勝手な行為を簡単に愛なんて綺麗事きれいごとに捻じ曲げてうそぶいては、簡単にかなぐり捨てる……あんな国……どうでもいいよ……。


 最後の方は聞き取れなかった。

 こんなに近くにいるのに、そのか細い声を捉えられなかった。

 ラスはフィデスさんの国が故郷だと語った。

 だから、フィオーレ王国の伝承についても、フィデスさんたちの望みも、わかってた。

 それなのに、こんなにも無関心になれるものなのかな?

 確かに私も自分の世界から、このヒノモトに来ているけど、もし自分の世界とヒノモトが天秤にかけられたら簡単には選べない。

 どちらも助かる道を、どちらも悲しまない道を模索すると思う。

 それなのにラスは……。

 いや、むしろラスからは故郷に対して憎悪に似た感情を感じた気がした。

 そればっかりは、私の気のせいだといいけど。


「僕はね☆御神姫サマがいればそれでいいんだよ!御神姫サマがいて、あるじたちがいて、みんないて、たまにキラとかヤマトが暴走して、みんなで声を揃えてツッコんで。お菓子みたいに甘くて、お布団みたいにぬくくって、花の香のように優しい……」


 それだけでいいんだ、とラスは儚げに微笑んだ。

 なんだかその儚げな表情のまま溶けて消えてしまいそうな気がして。

 不安になった私は、つとめて明るく微笑わらった。


「そっか!わかった!ラス、私は今、ラスのそばにいるよ?……嬉しい?」


 少しだけ、いたずらっぽくラスに笑いかける。


「……すっごくね!」


 甘く蕩けるように微笑むラスに、私の胸は射抜かれそうだった。

 いや、むしろ射抜かれた。

 私の微笑みをみつめていたフィデスさんの熱い視線に気づけないほど、ラスに夢中にされた。

 その懸念けねん悲壮ひそうを帯びた熱い視線は私に、そしてたぎ憎悪ぞうおの視線はラスにそそがれていた。


「白き乙女……必ず私があなたを……」


 それだけ言い残して、フィデスさんは軽い身のこなしで、その場をあとにした。

 引き止める間も、与えてはくれなかった。

 祭りの後の余韻よいんもなく、私たちに残ったのは、いくばくかの申し訳無さと、大陸が白き乙女を求めているという事実だけ。


 私はヒノモトのみんなを置いてはいけない。

 ヒノモトのみんなを悲しませたくない。

 けれど……この広い海の向こうで誰かが苦しんでいて、私の助けを求めている。

 その声を、その事実を無視していいとも思えないんだよ。

 私は……御神姫で、乙女ゲームのヒロインみたいになりたくて。

 だから、思うんだ。

 こんな時、乙女ゲームの主人公だったらどうするのかなって……。

 だって、ただのご褒美の後日談ごじつだんイベントじゃなかったことを知ってしまったから。

 言うなれば、第二章が始まってしまったんだよね。

 私は、空をみつめてから、海の向こうに頷いた。

 私は、今、私の隣で柔らかく微笑うぬくもりに、ゆっくりと、だけど強く、手を伸ばした。


「聞いて!私ねっ!!」


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